氷上の悪役令嬢

Estella

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第一章 『前皇帝と北境の主』

第一章8 『喧噪下の空虚』

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 エルムライト皇帝の誕生日宴会が北境で行われるという知らせは、その新鮮さから人々の好奇心を刺激し、帝国宮廷のなかで失われて久しい『活力』を生み出していた。
 議事堂の中は、ノアリデアートが皇帝であった時のような厳粛で針の落ちる音さえ響くほどの静けさとは一転して、喧噪と熱気に満ち満ちていた。エルムライトはあたかも聖人君子かのような笑顔を浮かべつつ、上座に座りおもねる貴族の賞賛を満足そうに一身に浴びていた。

「陛下、素晴らしい選択にございます。陛下こそ帝国史上最も聡明な皇帝であせられるに違いない!」

「しかし北部がまともなもてなしなどできるのかね。陛下に相応しい宴会が北部などに開けるか疑わしいね」

「フン、まだまだだね財務大臣。やれるかやれないかじゃない、やるのさ。陛下のために開く宴会なんだ、全てを費やしてでも歴史上で最も華やかに開くべきだろう? 税金でも何でも取ればいいじゃないか」

「さすがは宰相閣下。御見それしました……私が余計なことを言ったようですねえ」

「いや! 財務大臣、君が私のことを想って発言してくれたのは分かるぞ、私は名君だからな、耳良い言葉ばかり聞いてはよろしくない。私の臣下に君のような思慮深い人間が居て、嬉しいよ!」

 エルムライトが金髪をかきあげながらそう語ると、拍手が一斉に上がる。もはや当たり前になったその賞賛に溺れる彼は、もっと甘く輝かしい未来を想い描いて口角を吊り上げた。
 北境を手中に収め、どこかへ逃げた兄を今度こそこの手で殺す。そんな鮮やかな情景が目に浮かぶようで、エルムライトは小さく笑い声を上げた。

(いいさ、ノアリデアート。蛮族の地で逃げまどっていればいいさ。貴様を見つけさえすれば、また跪かせてやる。そして私の帝国を見せてから殺してやる!)

「……最初はレオンハルトの息子が本当に錬金術の才能でもあるのかと思ったが……ハッ、結局は借金を抱えて私に下るしかないボンクラだったとは。情けない奴だ!」

 そう過去の栄光を語るのは、現在の皇室騎士団団長である。ノアリデアートの親衛隊は解散し、今や皇室騎士団が最も地位の高い軍団である。

「ローレンスも焼きが回ったなァ。皇后陛下のご機転で帳簿を抜き取られるとは。ちびったらしいじゃないか?」

「らしいな! 何せ皇后陛下と皇帝陛下のご聡明さは皆が知るところだ、ほらあの伝説の一幕……あの父殺しの男、お二人が居なければあのような人間に支配されてしまうところでしたなぁ」

「おお、あのような兄がいては陛下もおつらかったでしょうに、いやしかし、ようやく幸福をつかみとることができたわけですな!」

「当然のことだ!」

 エルムライトの自信満々な宣言を前に、一堂に会する貴族たちが一斉に歓声を上げた。同時に、酒杯のぶつかり合う音が途切れることなく響き渡る。
 かつてのノアリデアートの部下たち、そして廃位された彼本人を嘲笑しつつ、時間は過ぎていった。



「……ねえ、これはどう? 綺麗でしょ? でも華やか過ぎる気もするんだよね。『陛下』は好きになってくれるかな?」

 アメリアの寝室にて、彼女は巨大な水晶でできた鏡を前に、侍女たちの手によって一着また一着と豪奢で華美なドレスを試着していた。
 紫の髪と桃色の瞳を持つ彼女の姿は、確かに可憐で美しく、見る者の心を震わす佇まいを持っていた。
 長いスカートをつまんでクルリと回った彼女の質問に、侍女が深々と頭を下げて答える。

「陛下は、何を着ても美しくおいでです。もちろん前皇帝陛下も、皇后陛下の美貌に傾倒されることでしょう。その清らかなお心がおありなのですから」

「そうだよねっ」

 ふふふ、と微笑んだアメリアの頬が、ほんのり赤く染まる。彼女の手伝いをする三人の侍女は、いっそエルムライトより信頼しているアメリアの腹心だった。

(きっとそうだよね。だって今、あの人は全てを失ったのだもの。それに比べて、私は尊き帝国の皇后。私が彼に手を差し伸べて救えば、絶対に私を愛してくれる。そうなったら……ふふふっ)

 アメリアの頭には、既に彼女だけを愛し彼女のために跪く黒髪の青年の姿が想い描かれていた。
 主人公と悪役、双方に愛され慈しまれる。何と正しい『ヒロイン』の姿であろうか。
 鏡の前で自分の姿を確かめながら、アメリアは来る誕生日宴会に思いをはせるのだった。
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