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第一章 『前皇帝と北境の主』
第一章10 『三年の努力』
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雪原の上に立つ銀髪碧眼の少女が、ずらりと並んだ部下たちをじっと見つめている。吹きすさぶ雪も、数日前と比べたら収まりを見せつつあった。
見渡す限りの銀色に同化しそうな髪色だが、彼女の凄まじい存在感がそうはさせない。
原作曰く、悪役令嬢マルガリータの両親は厳しい冬の寒さに耐えられず、早々に息絶えてしまっていたらしい。だから残り少ない親族に何も言わず南を目指したのは、その親族たちがそのような体力を持ち合わせていなかったからなのではないかと、今なら思える。
だから、この三年、医療に力を入れた。レガード医師とマルガリータの指揮の下で、ただでさえ怪我と病気の蔓延する北境の生存率は、前と比べて目を見張るほどに上がった。
原作曰く、マルガリータ一同は食べることもままならず、貴族としての威厳はここでは通用しないため、労働もできない彼らは常にその日暮らしを強いられていたらしい。
だから、転生者たるヴァイスの知恵のもと、彼女は農地改革を断行し、北部の糧食事情を大いに改善した。それと同時に、闇市や物価の高騰が蔓延し混乱に陥っていた市場も、マルガリータの手で整備された。
原作曰く、北境は魔獣と盗賊、そして荒くれ者の傭兵たちの手によって無法地帯と化しており、指導者もおらず、シャトーブラン家は幾度も死と隣り合わせになる目に遭った。彼女の妹は、盗賊によって惨殺されているらしい。
だからマルガリータは傭兵達を教育し従わせ、盗賊を駆逐あるいは更生させ、軍体系を北部に築き上げ秩序を造り上げた。
生命力、財力、武力。
どれをとっても、もはや今の北部は昔のような風前の灯火を弱々しく掲げる蛮族の地ではない。
「――そうでしょう?」
「サマになってきましたね、女王が。初めて会った時はモヤシにしか見えませんでしたが」
「ひどくない??」
「ソフィアは変わんねぇなァ……」
少しだけ格好つけた問いだったが、内政官ソフィア・ヴァノルテによって無惨にもぶった切られてしまう。彼女はマルガリータが勢力を付ける前からの長い付き合い、物言いも遠慮がないものだ。
そんなソフィアの無遠慮さにため息を吐いた、巨大な金槌を背中に担いだ男の名はグランツ・クロフォード。凄腕の工業者、設計士、建築士、鍛冶職人であり、マルガリータはこの三年幾度となく彼を頼ってきた。
「カゲロウ、ほーこくに参りましたです。そこまでいっぱい兵士が来るわけでもなさそーです。皇室騎士団全員くらいですかねー」
「まあまあいるじゃねぇかよ! ま、どうせ大したことねぇだろうがな」
次に発言したのは、マルガリータの諜報員の統率者であるカゲロウ。身長が小さく黒装束で身を包んだ短髪の姿だが、現在に至ってもなおカゲロウの性別は不明のままである。
一方カゲロウの緩んだ発言に突っ込んだのは北境軍元帥のアウグスト・ヴェルゼンである。彼は元々北境で最も勢力の大きい傭兵団のトップで荒くれ者のひとりであったが、マルガリータの強さに感服して彼女の下に付き、今や規律と忠誠の象徴と言えるほどの生粋の軍人になっていた。
「グランツとソフィアは会場の設営の指揮をお願い。カゲロウは引き続き諜報行動を。アウグストは臨戦態勢で待機。ヴァイス、貴方は会場内での貴族たちの動きを監視するのよ」
「承知いたしました」
「おう任せろ女王!」
「りょーかいですです」
「はい」
「帝国側は我々が宴会を開く金など捻出できないと思っているようだけれど、残念。わたしが生き残ってここで女王とかいう危ない名で呼ばれてしまっている情報さえつかめない人間たちに、期待するだけ無駄だったわね」
「よっ、女王!」
「「よっ、女王!」」
「だからやめなさい、それ! こっちが恥ずかしくなるわ!」
「かわよ……」
「ちょっとヴァイス、貴方の心の声は心のうちに押しとどめなさい。漏らさないで」
「いえ、漏らす時はさすがにトイレに……」
「そういうこと言ってるんじゃないから!!」
ソフィア、グランツ、カゲロウ、アウグスト、そしてヴァイス。マルガリータがここで勢力を伸ばす上で欠かせなかった人たち。そして、生きるのに精いっぱいだったマルガリータに、「北境の主になってほしい」と頼み込んできた張本人たち。
雪原に立つ、晴れやかな表情をした彼らを見渡して、マルガリータは何やら感慨がこみあげてくるのを感じた。こんな無駄口も、『悪役令嬢』のままでは叩けやしなかった。
いつ割れて底なしの氷水に墜落するとも知れない『氷上の悪役令嬢』は、いつの間にかこの厳冬さえも手中に収め、更なる未来へ進もうとしているのだ。
「とにかく!」
少しだけ赤くなった頬をごまかそうと咳払いをしたマルガリータは、腹心たちに向き直る。
「わたしが『悪役令嬢』になった原因は、主に彼らにある。その復讐のチャンスが回ってきたのは偶然だったけれど、いずれは直面せねばならなかった衝突よ。そして、ここがまず彼らの鼻っ柱をへし折る重要なポイント」
「俺は全面的にお嬢に従うよ。そもそも帝国の奴ら、北境をずっと見下しててムカついてたんだ。ここで一泡吹かせるのも悪くない」
「それに、あいつらおじょーにひどいことしたです。北境は、あいつらを、絶対に許しません」
「右に同じく」
「左に同じく」
「えっ、じゃあ僕は真ん中に同じく……」
「ヴァイス、無理やり入らなくていいから」
相変わらずヴァイスによって空気感がやや崩されてしまったが、カゲロウの放つ殺気には一瞬時が止まったかのような錯覚を覚えさせられた。
現在の北境は、マルガリータが歓待の命令を出さねば暴動でも起こしかねないほどエルムライトとアメリアへの敵意が強い。彼女が帝国でどのような待遇を受けていたか、大まかに全領民が承知しているからだ。
むしろ、流血沙汰になりかねない熱気を、マルガリータが抑えにかからなくてはならないくらいに。
「向こうから来ると言うのなら、受けて立つわよ。心してかかれ!」
「「はっ!!」」
背筋を伸ばし、敬礼をした腹心たちと目を合わせたマルガリータは、ストーリーと完全に離れ、先の見えなくなった未来に思いを馳せつつ、決心づけるように強く拳を握った。
見渡す限りの銀色に同化しそうな髪色だが、彼女の凄まじい存在感がそうはさせない。
原作曰く、悪役令嬢マルガリータの両親は厳しい冬の寒さに耐えられず、早々に息絶えてしまっていたらしい。だから残り少ない親族に何も言わず南を目指したのは、その親族たちがそのような体力を持ち合わせていなかったからなのではないかと、今なら思える。
だから、この三年、医療に力を入れた。レガード医師とマルガリータの指揮の下で、ただでさえ怪我と病気の蔓延する北境の生存率は、前と比べて目を見張るほどに上がった。
原作曰く、マルガリータ一同は食べることもままならず、貴族としての威厳はここでは通用しないため、労働もできない彼らは常にその日暮らしを強いられていたらしい。
だから、転生者たるヴァイスの知恵のもと、彼女は農地改革を断行し、北部の糧食事情を大いに改善した。それと同時に、闇市や物価の高騰が蔓延し混乱に陥っていた市場も、マルガリータの手で整備された。
原作曰く、北境は魔獣と盗賊、そして荒くれ者の傭兵たちの手によって無法地帯と化しており、指導者もおらず、シャトーブラン家は幾度も死と隣り合わせになる目に遭った。彼女の妹は、盗賊によって惨殺されているらしい。
だからマルガリータは傭兵達を教育し従わせ、盗賊を駆逐あるいは更生させ、軍体系を北部に築き上げ秩序を造り上げた。
生命力、財力、武力。
どれをとっても、もはや今の北部は昔のような風前の灯火を弱々しく掲げる蛮族の地ではない。
「――そうでしょう?」
「サマになってきましたね、女王が。初めて会った時はモヤシにしか見えませんでしたが」
「ひどくない??」
「ソフィアは変わんねぇなァ……」
少しだけ格好つけた問いだったが、内政官ソフィア・ヴァノルテによって無惨にもぶった切られてしまう。彼女はマルガリータが勢力を付ける前からの長い付き合い、物言いも遠慮がないものだ。
そんなソフィアの無遠慮さにため息を吐いた、巨大な金槌を背中に担いだ男の名はグランツ・クロフォード。凄腕の工業者、設計士、建築士、鍛冶職人であり、マルガリータはこの三年幾度となく彼を頼ってきた。
「カゲロウ、ほーこくに参りましたです。そこまでいっぱい兵士が来るわけでもなさそーです。皇室騎士団全員くらいですかねー」
「まあまあいるじゃねぇかよ! ま、どうせ大したことねぇだろうがな」
次に発言したのは、マルガリータの諜報員の統率者であるカゲロウ。身長が小さく黒装束で身を包んだ短髪の姿だが、現在に至ってもなおカゲロウの性別は不明のままである。
一方カゲロウの緩んだ発言に突っ込んだのは北境軍元帥のアウグスト・ヴェルゼンである。彼は元々北境で最も勢力の大きい傭兵団のトップで荒くれ者のひとりであったが、マルガリータの強さに感服して彼女の下に付き、今や規律と忠誠の象徴と言えるほどの生粋の軍人になっていた。
「グランツとソフィアは会場の設営の指揮をお願い。カゲロウは引き続き諜報行動を。アウグストは臨戦態勢で待機。ヴァイス、貴方は会場内での貴族たちの動きを監視するのよ」
「承知いたしました」
「おう任せろ女王!」
「りょーかいですです」
「はい」
「帝国側は我々が宴会を開く金など捻出できないと思っているようだけれど、残念。わたしが生き残ってここで女王とかいう危ない名で呼ばれてしまっている情報さえつかめない人間たちに、期待するだけ無駄だったわね」
「よっ、女王!」
「「よっ、女王!」」
「だからやめなさい、それ! こっちが恥ずかしくなるわ!」
「かわよ……」
「ちょっとヴァイス、貴方の心の声は心のうちに押しとどめなさい。漏らさないで」
「いえ、漏らす時はさすがにトイレに……」
「そういうこと言ってるんじゃないから!!」
ソフィア、グランツ、カゲロウ、アウグスト、そしてヴァイス。マルガリータがここで勢力を伸ばす上で欠かせなかった人たち。そして、生きるのに精いっぱいだったマルガリータに、「北境の主になってほしい」と頼み込んできた張本人たち。
雪原に立つ、晴れやかな表情をした彼らを見渡して、マルガリータは何やら感慨がこみあげてくるのを感じた。こんな無駄口も、『悪役令嬢』のままでは叩けやしなかった。
いつ割れて底なしの氷水に墜落するとも知れない『氷上の悪役令嬢』は、いつの間にかこの厳冬さえも手中に収め、更なる未来へ進もうとしているのだ。
「とにかく!」
少しだけ赤くなった頬をごまかそうと咳払いをしたマルガリータは、腹心たちに向き直る。
「わたしが『悪役令嬢』になった原因は、主に彼らにある。その復讐のチャンスが回ってきたのは偶然だったけれど、いずれは直面せねばならなかった衝突よ。そして、ここがまず彼らの鼻っ柱をへし折る重要なポイント」
「俺は全面的にお嬢に従うよ。そもそも帝国の奴ら、北境をずっと見下しててムカついてたんだ。ここで一泡吹かせるのも悪くない」
「それに、あいつらおじょーにひどいことしたです。北境は、あいつらを、絶対に許しません」
「右に同じく」
「左に同じく」
「えっ、じゃあ僕は真ん中に同じく……」
「ヴァイス、無理やり入らなくていいから」
相変わらずヴァイスによって空気感がやや崩されてしまったが、カゲロウの放つ殺気には一瞬時が止まったかのような錯覚を覚えさせられた。
現在の北境は、マルガリータが歓待の命令を出さねば暴動でも起こしかねないほどエルムライトとアメリアへの敵意が強い。彼女が帝国でどのような待遇を受けていたか、大まかに全領民が承知しているからだ。
むしろ、流血沙汰になりかねない熱気を、マルガリータが抑えにかからなくてはならないくらいに。
「向こうから来ると言うのなら、受けて立つわよ。心してかかれ!」
「「はっ!!」」
背筋を伸ばし、敬礼をした腹心たちと目を合わせたマルガリータは、ストーリーと完全に離れ、先の見えなくなった未来に思いを馳せつつ、決心づけるように強く拳を握った。
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