氷上の悪役令嬢

Estella

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第一章 『前皇帝と北境の主』

第一章11 『変わり果てた大地』

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 北境、『氷結城』城壁内。北境の主宮殿たる氷結城の両側に、威風堂々とした宴会会場と宿泊施設が建設されていた。氷結城の最も目立つところには、ここに来てからみんなで決めた北境の徽章が彫られている。
 巨大な広場には北境の旗が掲げられており、暴風と降雪の中勇敢にたなびいている。中心地でありながら氷河に囲まれた孤城の如き氷結の都市は、寒風に負けぬ人々の努力と秩序だった発展によって空前の繁栄を見せていた。
 広場では冬用のロングコートを装備した北境軍が林のごとくずらりと並び、鋭利な瞳と厳粛な姿勢でもって百戦錬磨の殺気を醸し出している。帝国の豪華絢爛な宴会に慣れた貴族たちは、目の前に広がる繁栄と秩序に圧倒され切ってしまっていた。

 帝国からの馬車の隊列は、長い長い北境での旅の末に、ここまでやっとたどり着いた。
 馬車から降りた貴族たちは、誰もかれもが青い顔をして、ただあんぐりと口を開けて美しく強い北境の都市を見つめるしかない。
 エルムライトとアメリアさえ、その顔に浮かんでいた傲慢が凍り付き、ただただ目を見張っていた。

「神よ、これがあの北境だと……? あの、罪人と蛮族しかいない流刑地だと……?」

「この兵たち、この装備……帝国軍より良いんじゃないか? これだけの鉄、どうやって……」

「おい、下手なこと言うんじゃない!」

「確かに北境には資源が埋まっていると予測されていたが、まさかこんなことになっていようとは!」

「帝都にも劣らぬ繁栄だわ、この一味違う感じ、わたくし好きになってしまいそうですわ……」

 貧困も、荒廃も、愚昧も、かつて北境の代名詞だったものは一切目に映らない。冷徹で、強靭で、力に満ちた、帝都とは違う『美しさ』に、貴族達は驚嘆の声を上げる。
 跪いて待ち受ける愚民の姿を予測していたエルムライトは、馬車の横で言葉を失っていた。その目には、驚愕を超えた憤怒が色濃い。

 ざわつく時間はそう長く続かず、宴会会場の巨大な門が、二人の兵の手によってゆっくりと開かれた。
 寒さから逃れるため、続々と会場の中に入った貴族たちは、目の前の光景に二度目の驚嘆を覚えさせられた。

 館内は春のように暖かく、巨大なドーム天井には無数の氷の結晶と魔法の光球で構成されたシャンデリアが吊るされ燦然と輝く光を放ち、ホール全体を真昼のように照らし出していた。
 長い食卓には雪のように白いリネンのテーブルクロスが掛けられ、その上には多彩な料理が所狭しと並べられている。南方でよく見られるような繊細で小さな菓子類ではなく、大塊に焼かれた牛肉、丸ごとの氷湖の銀魚、山のように積まれたライ麦パン、様々な塩漬けのジビエ、そして北方のベリーで醸造された深い紅色の強い酒などである。
 給仕たちは統一された清潔で身軽な服装に身を包み、訓練された素早くそして静かな動作で、テーブルの間を巧みに動き回っていた。

 このすべては帝都で開催される最も盛大な宴にも引けを取らず、それは、もともと軽蔑の念を抱いて訪れた帝都の客たちに、複雑な表情で口を閉ざさせた。

 だが、最大の驚愕はこの程度のものではない。
 最初に現れたのは、両列に並んだ騎士たち。彼らが位置につくと、一人の人影が一歩一歩演壇の前に進み出た。

 彼女は銀灰色の礼装をまとっていた。そのデザインは簡潔ながら氷の結晶ように美しい。その上に羽織った墨色の毛皮のローブは、彼女の肌をいっそう白く浮き立たせ威厳を添えていた。その銀髪にも、氷のような美しい髪飾りが輝いている。

 その少女を、誰もが知っているはずだった。
 そして、絶対にここで現れるはずのない人間であることも、皆が知っているはずだった。
 その顔は三年前の帝都で過ごした頃に残っていた未熟さや忍耐の色を完全に脱ぎ捨て、その眼は静かに見下ろす台下人々を捉え、ただ底知れぬすべてを掌握するような冷たさだけが宿ってる。

「ようこそ、北境へ。皇帝陛下、ご即位と誕生日、まことにお祝い申し上げます。陛下、どうぞ壇上へ」

 マルガリータ・エステル・ド・シャトーブラン。
 前皇帝の元婚約者。帝国最大の悪女にして『悪役令嬢』。前皇帝によって北境に流刑にされた、シャトーブラン公爵家の長女。
 彼女はそうして、ふたたびその姿を露わにしたのだった。
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