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第二章 『「主人公」と「ヒロイン」』
第二章1 『隔世殿の波乱』
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隔世殿の客室は程よい温度に保たれていて、初春のやや冷たい風が開かれた窓から感じられる。
ノアリデアートが収監されているのは、今や地下牢でも使用人部屋でもなく、客人用の一室であった。前と比べて長くなった鎖がなければ、囚人だとはとても思えない。
壁も地面も清潔で、ベッドも柔らかく、机と椅子、それに本棚まで用意されている。彼の行動範囲は部屋の全域にまで広がり、これまで通りベッドの上で時間が過ぎるのを待つ必要もなくなった。
窓の近くに椅子を置いて腰かけていたノアリデアートは、静かに本を読んでいた。北境の文化や歴史、地理に関わる書籍が、机の上に積み上げられている。
レガード医師の治療とマルガリータの煎じる薬が功を奏し、相当深い傷はともかく、内臓に届かない傷は基本的に快方に向かっていた。
唐突に襲う激痛も減ったし、三年前からの長い付き合いである高熱とも、ようやくおさらばができた。
長時間座っていられるほど体力も回復し、ノアリデアートとしても意外なくらいに快適な生活を送っている。もちろん、参謀として意見を出したり情報を差し出す仕事は、ほぼ毎日のように行っていた。
暴言も、暴力も、侮蔑も、屈辱もない。そんな生活が、なんだか非現実的に思えるほどで。
だが、穏やかに本を読んでいた彼の平静は、ついに焦りを隠さぬ速い足音と扉を開ける音によって打破されてしまった。
「……ヴァイス参謀?」
ノアリデアートと同じく参謀の地位にいる少年、ヴァイスの姿が、目に飛び込んでくる。
肩で息をするヴァイスの表情は、とても平静とは見えなかった。
いつも冷静な彼の姿からかけ離れているし、何より、彼がマルガリータを伴わずにノアリデアートを訪問するのは初めてだった。
ヴァイスはその呼び声には答えず、何かから逃げるように扉を閉めて、焦燥感を込めて重々しく口を開いた。
「……僕がここにいることも、これから話すことも、マルガリータお嬢様の許可を取っておりません。というより、お嬢様ははっきりと貴方に教えてはならないと、僕に命令しました」
ノアリデアートの本を握る指に力がこもる。
ヴァイスがマルガリータの言いつけを破るほどに焦り、そして何も行動を起こせぬはずのノアリデアートにわざわざ情報を封じるように、マルガリータが命令する程の何か。
何かが起こっている。もどかしい思いに焼かれながら、ノアリデアートは自身の感情を押さえつつ言葉を絞り出す。
「……命令を、破ってもいいのか」
「僕は! 貴方がこの事を知らないでいることを、許容することが出来ません。お嬢様が罠に自ら飛び込んでいくのを、見過ごすこともできません!」
「一体何があった?」
ヴァイスは深呼吸を一つして、ノアリデアートが一文字も聞き漏らさぬように、ゆっくりと語った。
「エルムライト皇帝の要請に応じて、お嬢様が帝都に赴かれます。恐らく、もう出発の準備をされているかと」
「――!!」
驚愕が、部屋の中に弾ける。
道理で、ここ数日マルガリータが来なかったわけだ。全てが繋がって、ノアリデアートは青ざめた。手に持っていた本が、するりと手から落ちて地面にぶつかり軽快な音を立てる。
マルガリータが……帝都に行く?
何もないはずがない。誰がどう見ても、エルムライトとアメリアがわなを仕掛けて待っているはずだ。
そこに自ら赴くのは、自殺行為に他ならない。北境ならばすべてが彼女の味方だが、帝都ではいくら彼女が強かろうと、不測の事態はありうる。
それにもしも、エルムライトが手段を選ばず彼女を制圧しようとしたら? 誰より強大な魔力量を保持するノアリデアートさえどうにもできなかったのだ、彼女にとっても危険に他ならない。
「何故……こんな……!」
声を震わせるノアリデアートが、立ち上がろうとして力の使い方を間違えて失敗する。焦燥感が、まるで体の使い方を忘れさせるかのようだ。
変な動き方をしたせいか、久々に傷口に激痛が走る。鎖が急な動きに伴って耳障りな音を立てた。
初春の穏やかな雰囲気の中で、新たな波乱が起ころうとしていた。
ノアリデアートが収監されているのは、今や地下牢でも使用人部屋でもなく、客人用の一室であった。前と比べて長くなった鎖がなければ、囚人だとはとても思えない。
壁も地面も清潔で、ベッドも柔らかく、机と椅子、それに本棚まで用意されている。彼の行動範囲は部屋の全域にまで広がり、これまで通りベッドの上で時間が過ぎるのを待つ必要もなくなった。
窓の近くに椅子を置いて腰かけていたノアリデアートは、静かに本を読んでいた。北境の文化や歴史、地理に関わる書籍が、机の上に積み上げられている。
レガード医師の治療とマルガリータの煎じる薬が功を奏し、相当深い傷はともかく、内臓に届かない傷は基本的に快方に向かっていた。
唐突に襲う激痛も減ったし、三年前からの長い付き合いである高熱とも、ようやくおさらばができた。
長時間座っていられるほど体力も回復し、ノアリデアートとしても意外なくらいに快適な生活を送っている。もちろん、参謀として意見を出したり情報を差し出す仕事は、ほぼ毎日のように行っていた。
暴言も、暴力も、侮蔑も、屈辱もない。そんな生活が、なんだか非現実的に思えるほどで。
だが、穏やかに本を読んでいた彼の平静は、ついに焦りを隠さぬ速い足音と扉を開ける音によって打破されてしまった。
「……ヴァイス参謀?」
ノアリデアートと同じく参謀の地位にいる少年、ヴァイスの姿が、目に飛び込んでくる。
肩で息をするヴァイスの表情は、とても平静とは見えなかった。
いつも冷静な彼の姿からかけ離れているし、何より、彼がマルガリータを伴わずにノアリデアートを訪問するのは初めてだった。
ヴァイスはその呼び声には答えず、何かから逃げるように扉を閉めて、焦燥感を込めて重々しく口を開いた。
「……僕がここにいることも、これから話すことも、マルガリータお嬢様の許可を取っておりません。というより、お嬢様ははっきりと貴方に教えてはならないと、僕に命令しました」
ノアリデアートの本を握る指に力がこもる。
ヴァイスがマルガリータの言いつけを破るほどに焦り、そして何も行動を起こせぬはずのノアリデアートにわざわざ情報を封じるように、マルガリータが命令する程の何か。
何かが起こっている。もどかしい思いに焼かれながら、ノアリデアートは自身の感情を押さえつつ言葉を絞り出す。
「……命令を、破ってもいいのか」
「僕は! 貴方がこの事を知らないでいることを、許容することが出来ません。お嬢様が罠に自ら飛び込んでいくのを、見過ごすこともできません!」
「一体何があった?」
ヴァイスは深呼吸を一つして、ノアリデアートが一文字も聞き漏らさぬように、ゆっくりと語った。
「エルムライト皇帝の要請に応じて、お嬢様が帝都に赴かれます。恐らく、もう出発の準備をされているかと」
「――!!」
驚愕が、部屋の中に弾ける。
道理で、ここ数日マルガリータが来なかったわけだ。全てが繋がって、ノアリデアートは青ざめた。手に持っていた本が、するりと手から落ちて地面にぶつかり軽快な音を立てる。
マルガリータが……帝都に行く?
何もないはずがない。誰がどう見ても、エルムライトとアメリアがわなを仕掛けて待っているはずだ。
そこに自ら赴くのは、自殺行為に他ならない。北境ならばすべてが彼女の味方だが、帝都ではいくら彼女が強かろうと、不測の事態はありうる。
それにもしも、エルムライトが手段を選ばず彼女を制圧しようとしたら? 誰より強大な魔力量を保持するノアリデアートさえどうにもできなかったのだ、彼女にとっても危険に他ならない。
「何故……こんな……!」
声を震わせるノアリデアートが、立ち上がろうとして力の使い方を間違えて失敗する。焦燥感が、まるで体の使い方を忘れさせるかのようだ。
変な動き方をしたせいか、久々に傷口に激痛が走る。鎖が急な動きに伴って耳障りな音を立てた。
初春の穏やかな雰囲気の中で、新たな波乱が起ころうとしていた。
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