氷上の悪役令嬢

Estella

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第二章 『「主人公」と「ヒロイン」』

第二章2 『何もできないのに』

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 ノアリデアートの震える掌が力強く椅子を掴んでいたが、不意に力が抜けて椅子に座り込んでしまった。
 巨大な驚愕が過ぎ去った後に残ったのは、溺れそうになるほどの無力感だった。
 ノアリデアートはヴァイスに目を向け、自嘲を込めて口角を上げ口を開く。

「俺に、こんなことを教えて、どうしろというんだ?」

 ノアリデアートの罪と罰を象徴する鎖が、じゃらりと音を立てる。陽明かりを反射して冷たい銀色の光を放つそれが、彼を嗤っているかのようだ。

「ヴァイス参謀、良く見ろ。俺はこの部屋から出ることすらできない。俺に何ができると言うんだ? それともこれが、お前の復讐の方法なのか?」

 叫び出すのを無理やり押さえ込んだかのような声。押し込められた憤怒と無力感が、朝の爽やかな光が差していたはずの部屋に暗闇をもたらすかのようだった。
 ノアリデアートの詰問に対し、ヴァイスは動じなかった。既に息を整えていた彼の焦燥感は消えており、今まで通りの冷静さが戻っていた。だが、その瞳には恐ろしいほどの激情が灯っている。

「お嬢様は、だからこそ貴方に話さないことを決められた。貴方に話しても意味がないからと。お嬢様の計画では、貴方には辺境で起こっている摩擦の解決に赴くから、最大一ヶ月はここに来られないと話されるつもりでした。何事もなかったかのように帰ってくるつもりだったんです」

 落ち着いていたはずなのに、ヴァイスの声がまた震え出した。

「僕は、お嬢様がこれほどの危険を前にしている時に、貴方が何も知らないだなんて、そんなこと許容できない! 貴方がこの部屋から出られなくても、今何が起こっているか知る権利はある! ただ受動的に何かの結果を待つだけだなんて、相応しくない!」

 初めて見るヴァイスの強い情念の発露に、ノアリデアートは黙り込む。その瞳は、なにかを思案するようにヴァイスを見つめていた。
 ヴァイスの瞳の中にも、彼に対する信頼と期待が込められているように見えて。

「僕は貴方に賭けました。あの方の意志を……いいえ、心持ちだけでも。何か一つでも、どうか変えてください。貴方の言葉が、声が、少しでもあの方に変化をもたらせると……僕は、賭けました」

 その言葉と行動は、全てヴァイスにとって不利に働くものだ。この件で、参謀の地位を下ろされても、なんらかの罰を与えられても、何らおかしくない。
 それでも、ヴァイスはノアリデアートに頭を下げて、頼み込んだ。
 
 正直、ヴァイスのことはずっとよく分からなかった。
 ずっと昔からマルガリータに付き従っていて、彼女の経歴を全て見ていて、ここまで主を想う従者であるなら、ノアリデアートに憎しみを抱いていてもおかしくない。
 それでも、少しだけ一線を引いているかのような位置に立ち続ける彼は、ノアリデアートに対して少しも悪感情を見せたことがない。

「お願いします」

 それどころか、マルガリータの腹心にも頼めないことを、危険を冒してまでノアリデアートに託した。
 頭を上げて、ノアリデアートの返事を聞く前に出て行ってしまった彼の去った方を、思わず見つめてしまう。

 彼女の心を改めさせて欲しいということは、誰かがノアリデアートに情報を伝えたということを彼女に暴露しても構わないと言う意味だ。彼が知るはずがないのだから。
 ノアリデアートは、ひとりになった部屋の中で思考する。
 マルガリータの身に迫る危険。ヴァイスの言葉。そしてノアリデアートに託された選択。

 どうするべきか? ――何が、できるだろうか?
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