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第二章 『「主人公」と「ヒロイン」』
第二章3 『悪役令嬢の決断』
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一週間前。
エルムライトを代表をとする馬車の列が去っていってから、まだ二か月も経っていなかった。北境の凍土と極寒にもやや緩和が見られてきたが、やはり夏のない場所なだけあって、厚着は必須である。
そんな、新たな季節への突入間際。忙しなく動いていたマルガリータの元に、帝都より送られてきた、皇帝の印がされた招待状が届いた。
招待状が、沈痛な面持ちのヴァイスの手で、静かにマルガリータの執務机に置かれる。
マルガリータは封を開けて、良い紙を使って作られた招待状を手に取った。浮ついた儀礼上の言葉に無視をすると、何が言いたいか明白になった。
『北境の発展に功績のあるシャトーブラン公爵令嬢を称えるため、シャトーブラン公爵令嬢に大公位を授ける。加えて、シャトーブランの公爵の称号が有名無実であることを加味し、令嬢をシャトーブラン大公とする』
――とのことのようだ。
確かに、宰相だった父はここに来て帝国での職位をすべて失っており、名前だけの公爵だった。それで言えば、マルガリータも名前だけの公爵令嬢だった。
そのマルガリータにシャトーブランの名を委譲し、そして大公とする、ということのようだ。
室内にいた四人の腹心のうち、頭に血が上ったアウグストがダン、と拳で壁を叩いた。
「ふざけんじゃねぇ! 爵位を授けるだと? お嬢、こりゃ絶対罠だ! お嬢を帝都におびき寄せて、何かしようとしてるのは間違いねぇ!」
ソフィアが眼鏡をくいっと上げて、真剣な目でマルガリータを見つめる。
「これは招待というよりは、命令です。もしも行かなければ、エルムライト皇帝は今度こそ反逆の罪で北境と戦争を起こすでしょう。今回は強い口実になります」
「そうでしょうね」
誰でも、これが罠であると分かる。エルムライトも、それを分かったうえで、マルガリータがそれでも帝都に赴かざるを得ないと断定してこれを送ってきたのだ。
マルガリータは、帝国と正面から衝突し大戦争を戦おうという気がない。それは、宴会期に明確な敵意を見せなかったことから、エルムライトにもそれが分かったのだろう。
そしてその思いは、今も、変わっていない。
行かなければ、戦争が起こる。行けば、マルガリータの身が危ない。
彼女がどう選択するか、分からない者はいない。北境を想う彼女の気持ちは誰もが知っている。だが、彼女を敵地に送り込むことに賛成する者も、いなかった。
「あの男が遊びたいなら、付き合ってやってもいいわ。わたしを脅して、わたしを試しているのでしょう。この機に、帝国の能力が如何ほどか確かめてくるとするわ」
「お嬢! 危険すぎる!」
「そんなの知ってるわ。だけれど逃げたり隠れたりしているだけでは、平和は得られない。帝国と北境の平和を守りつつ、エルムライトとアメリアを倒す方法を探すのよ。今はまだ、帝国と完全に敵対するわけにはいかない。できることなら今回、内部から切り崩せないか模索することにするわ」
マルガリータはあくまで冷静だ。今唐突に北境と帝国で戦争を起こしても、民衆にとっては地獄でしかない。その後に勝利を得られたとしても、マルガリータの思うような平和な世の中は生まれないだろう。
一応はまだ帝国に従っていると見せておいて、こちらも同じように『罠』を仕掛けるのが理想的だ。
そもそも玉座を簒奪しただけのエルムライトの周囲には、不安定なものが多く存在するはず。むしろ帝都に行って、実際の人間関係や今の帝都の状況を視察できるのは、願ってもない事である。
決意を込めて立ち上がったマルガリータは、両手を背中で組んで背筋を伸ばす。北境の統領としての威厳が、部屋に立ち込めた。
「ソフィア。わたしがいない間、わたしの全権をゆだねる。北境を頼んだ。アウグスト、軍隊は最高警戒レベルまで引き上げておいて、辺境を死守しろ。必要とあらば、反撃を認める! カゲロウ、北境に侵入するスパイがいないか、目を凝らしてくれ。グランツ、城壁の防御を固めるように。それと、ソフィアを補佐してくれ」
有無を言わせぬ命令の数々が、ひとつひとつ叩きつけられていく。
「ヴァイス。わたしと共に帝都へ来なさい。同時に、対外的にはわたしがそこまで気乗りしていないと宣伝しておくように。できるだけ帝都へ行くまでの時間を長く稼ぐ。誘いに乗ってやるんだから、焦らしてやろうじゃないか」
「……」
「しかしマルガリータ様、身の安全が保障できません……」
沈黙するヴァイスの代わりに、ソフィアが珍しく困り眉になりながらおずおずと進言する。マルガリータの意志が固いことを分かっているからか、その反対意見にはあまり力がこもっていない。
想像通り、マルガリータはにやっと口角を上げて、挑戦的に笑った。
「北境あってこそ、わたしが存在する。わたしの身をもって北境を守れるのなら、それが恩返しよ。もちろん死にに行くつもりはないし、油断もしていないわ。わたしだって弱くはないんだから、心配しないで」
そうやって笑うマルガリータに、誰も何も言えなかった。
だが、その背後で沈黙するヴァイスだけが、何かもの言いたげな瞳でマルガリータを見つめていた。
それが、ヴァイスがノアリデアートの部屋に突入してくる一週間前。
再び北境に舞い込んだ、波乱の始まりの一日だった。
エルムライトを代表をとする馬車の列が去っていってから、まだ二か月も経っていなかった。北境の凍土と極寒にもやや緩和が見られてきたが、やはり夏のない場所なだけあって、厚着は必須である。
そんな、新たな季節への突入間際。忙しなく動いていたマルガリータの元に、帝都より送られてきた、皇帝の印がされた招待状が届いた。
招待状が、沈痛な面持ちのヴァイスの手で、静かにマルガリータの執務机に置かれる。
マルガリータは封を開けて、良い紙を使って作られた招待状を手に取った。浮ついた儀礼上の言葉に無視をすると、何が言いたいか明白になった。
『北境の発展に功績のあるシャトーブラン公爵令嬢を称えるため、シャトーブラン公爵令嬢に大公位を授ける。加えて、シャトーブランの公爵の称号が有名無実であることを加味し、令嬢をシャトーブラン大公とする』
――とのことのようだ。
確かに、宰相だった父はここに来て帝国での職位をすべて失っており、名前だけの公爵だった。それで言えば、マルガリータも名前だけの公爵令嬢だった。
そのマルガリータにシャトーブランの名を委譲し、そして大公とする、ということのようだ。
室内にいた四人の腹心のうち、頭に血が上ったアウグストがダン、と拳で壁を叩いた。
「ふざけんじゃねぇ! 爵位を授けるだと? お嬢、こりゃ絶対罠だ! お嬢を帝都におびき寄せて、何かしようとしてるのは間違いねぇ!」
ソフィアが眼鏡をくいっと上げて、真剣な目でマルガリータを見つめる。
「これは招待というよりは、命令です。もしも行かなければ、エルムライト皇帝は今度こそ反逆の罪で北境と戦争を起こすでしょう。今回は強い口実になります」
「そうでしょうね」
誰でも、これが罠であると分かる。エルムライトも、それを分かったうえで、マルガリータがそれでも帝都に赴かざるを得ないと断定してこれを送ってきたのだ。
マルガリータは、帝国と正面から衝突し大戦争を戦おうという気がない。それは、宴会期に明確な敵意を見せなかったことから、エルムライトにもそれが分かったのだろう。
そしてその思いは、今も、変わっていない。
行かなければ、戦争が起こる。行けば、マルガリータの身が危ない。
彼女がどう選択するか、分からない者はいない。北境を想う彼女の気持ちは誰もが知っている。だが、彼女を敵地に送り込むことに賛成する者も、いなかった。
「あの男が遊びたいなら、付き合ってやってもいいわ。わたしを脅して、わたしを試しているのでしょう。この機に、帝国の能力が如何ほどか確かめてくるとするわ」
「お嬢! 危険すぎる!」
「そんなの知ってるわ。だけれど逃げたり隠れたりしているだけでは、平和は得られない。帝国と北境の平和を守りつつ、エルムライトとアメリアを倒す方法を探すのよ。今はまだ、帝国と完全に敵対するわけにはいかない。できることなら今回、内部から切り崩せないか模索することにするわ」
マルガリータはあくまで冷静だ。今唐突に北境と帝国で戦争を起こしても、民衆にとっては地獄でしかない。その後に勝利を得られたとしても、マルガリータの思うような平和な世の中は生まれないだろう。
一応はまだ帝国に従っていると見せておいて、こちらも同じように『罠』を仕掛けるのが理想的だ。
そもそも玉座を簒奪しただけのエルムライトの周囲には、不安定なものが多く存在するはず。むしろ帝都に行って、実際の人間関係や今の帝都の状況を視察できるのは、願ってもない事である。
決意を込めて立ち上がったマルガリータは、両手を背中で組んで背筋を伸ばす。北境の統領としての威厳が、部屋に立ち込めた。
「ソフィア。わたしがいない間、わたしの全権をゆだねる。北境を頼んだ。アウグスト、軍隊は最高警戒レベルまで引き上げておいて、辺境を死守しろ。必要とあらば、反撃を認める! カゲロウ、北境に侵入するスパイがいないか、目を凝らしてくれ。グランツ、城壁の防御を固めるように。それと、ソフィアを補佐してくれ」
有無を言わせぬ命令の数々が、ひとつひとつ叩きつけられていく。
「ヴァイス。わたしと共に帝都へ来なさい。同時に、対外的にはわたしがそこまで気乗りしていないと宣伝しておくように。できるだけ帝都へ行くまでの時間を長く稼ぐ。誘いに乗ってやるんだから、焦らしてやろうじゃないか」
「……」
「しかしマルガリータ様、身の安全が保障できません……」
沈黙するヴァイスの代わりに、ソフィアが珍しく困り眉になりながらおずおずと進言する。マルガリータの意志が固いことを分かっているからか、その反対意見にはあまり力がこもっていない。
想像通り、マルガリータはにやっと口角を上げて、挑戦的に笑った。
「北境あってこそ、わたしが存在する。わたしの身をもって北境を守れるのなら、それが恩返しよ。もちろん死にに行くつもりはないし、油断もしていないわ。わたしだって弱くはないんだから、心配しないで」
そうやって笑うマルガリータに、誰も何も言えなかった。
だが、その背後で沈黙するヴァイスだけが、何かもの言いたげな瞳でマルガリータを見つめていた。
それが、ヴァイスがノアリデアートの部屋に突入してくる一週間前。
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