氷上の悪役令嬢

Estella

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第二章 『「主人公」と「ヒロイン」』

第二章7 『帝都と「あの方」』

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 帝都の繁栄と賑やかさは、北境のその形とは全く異なっていた。華やかな服装の貴婦人たち、大声で自身の知見を喧伝する男性たち、そして繁盛するスイーツや香水の店、カフェテリアなるものやサロンも開かれたり、気取った顔をした貴族たちが高級店に入っていったりしている。
 貧民は恐らく――街に入ることが許されていないだろう。

 そんな彼らは、マルガリータの隊列が正門から堂々と入ってくると、一斉に後ろに下がって話し声の大きさを下げた。
 だが、聞こえずとも何を言っているのか分かる。馬車に座ってしばし隙間から外を観察していたが、どうやら貧民は当然一定の収入のない一般民衆も帝都中心から追い出されているらしい。
 だから当然民衆の歓声というものはなかったが、好奇心を込めて、この逆境からのしあがった伝説の北境の主を噂する声は大きかった。

 何せ、今は廃帝となった人間の元婚約者でかつての皇后候補が、北境に追放されてからそこで上り詰めて、今度は現皇帝に大公位を授かるわけだ。
 これ以上のスクープなど、しばらくは現れないだろう。
 写真機を構えた多数の新聞社も、出来るだけ身を乗り出しながら写真を撮っている。

 長かった旅路は、皇宮の前で馬車が止まったことで、ようやく終わりを告げた。
 煌びやかで巨大な宮殿の前で、エルムライトが待っていた。皇帝直々の接待ということに、多くの人間が戸惑いを見せている。
 王冠を被り、杖をつき、礼服を着た彼は、これでもかというほど『皇帝』を象徴するような見た目だった。皇帝のイメージとしてフリー素材になってもおかしくない、というのがヴァイスの感想だ。

 マルガリータを見つめるエルムライトの濁った眼に、一行は気味の悪さを感じていた。
 隠そうともしない熱情を全身から出したまま、彼は礼儀も何もかも無視してマルガリータに歩み寄り、その手を取った。

「あぁマルガリータ! よく来たね、道中大変だっただろう?」

「陛下にお迎えいただき光栄です」

 無表情、無感情に返したマルガリータの冷たさを気にする素振りすらなく、エルムライトは気に障るほどの明るい笑顔を浮かべて彼女の手を引いた。
 まるで恋仲のような光景に、一同が唖然とする。危うく中指を立てかけたヴァイスを後ろでソフィアが止め、剣を抜きかけるアウグストをグランツが引き留めていた。
 マルガリータの手を引きながら宮殿を颯爽と歩くエルムライトは、ふと彼女を振り返った。

「そうだ。君の滞在先は瑠璃宮だよ。この会談が終わったら一緒に行こう、案内するから。君のために腕に振るいをかけて準備をさせたんだよ」

「……そうですか……」

 すでに取り繕った言葉すら出てこないマルガリータ。そもそもここから先は従者同伴禁止であることもあり、苛立ちがどんどんと溜まっていた。
 ついでに、瑠璃宮とは聞き捨てならない。あそこは、使節や客人を滞在させる場所ではない。皇室の人間、もしくは皇帝の寵愛を受ける人間が住まわされる場所だ。
 もはやただならぬ関係であることをこれでもかとアピールするための計らいにしか見えない。だが、まだ正式に決裂するときではないので、我慢するしかなかった。

(あとはアメリアがどう出るか……って感じね)

「瑠璃宮は景色も良いし、私の宮殿とも近い。何かあれば、すぐに人を送って私に知らせると良い」

「……承知いたしました」

(「私の宮殿とも近い」じゃないわよ! 気色悪い)

 さすがに生理的拒絶がひどくなってきたマルガリータは、こっそりと距離を取る。今は、エルムライトに構っている場合ではないのだ。正直、彼の頭脳は恐らくアメリアにすら劣る。気にするべきは、むしろ彼の取り巻きたちだ。
 ちらり、と後ろを一瞥すると、少し後ろを付いてきている大臣たちの姿が見える。その表情からは何も分からない。だが、エルムライトに単純な忠誠を誓っているわけではないことは分かる。
 ノアリデアート時代は彼が才能ある人間を重用し、彼自身も聡明だったため、暴政の中でも周りは忠誠者で固まっていたと思うが、エルムライト集団は全くそうではなさそうだ。大臣たちも互いに、互いの利害と打算があるのだろう。

「ここで会談を始めるとしよう。もちろん私はすぐに二人きりで話したいものだが、礼儀というものがあるのでな。先に、私の大臣たちを紹介するよ。全員並んでくれ」

 会談用の煌びやかな部屋に案内されると、エルムライトが権力を誇示するように大げさな動作で大臣たちをマルガリータの前に並ばせた。
 視線の尖った者、逆に表情筋が死んでいるかのような者、感情の読めない笑みを張り付けている者……。
 明らかに国の中枢集団として心配な陣容だが、エルムライトは誇らしげだ。

「みな、私の政権に付き従ってくれる忠実な大臣だ。ひとりずつ自己紹介してくれ」

 長ったらしい口上や媚びた部分を自動的にろ過すると、以下のような感じだ。
 ごますりの権化、財務大臣。実権は大きいが具体的に何の仕事をしているかよくわからない伯爵、律法に関して一任されている表情筋が死んでいる大法官、自己主張と出世欲の塊である皇室騎士団長、そして騎士団長を隙あらば蹴落とそうとしているらしい帝国軍の将軍。腹の底が読めない企みが深そうな宰相。
 腐敗の権化の選り取り見取り……という感じで、マルガリータも閉口ものだった。

 とりあえず礼儀上の挨拶を交わすマルガリータだが、嫌悪が隠せているかは心配だ。

「……綺麗な、部屋ですね。魔力の波動が感じられますが、魔法使いが建築に関わったのですか?」

「――」

「……?」

 魔法使い、という言葉が放たれた瞬間に、部屋の空気が一気に引き締まるのを感じた。マルガリータは思わぬ彼らの反応に思わず戸惑う。これほどに思惑のバラついた集団が、魔法使いという単語に対し同じような反応を示している。
 ――これは、思わぬ収穫だったかもしれない。
 エルムライトを含め、アーレンスフォルト帝国の面々が軽々しく口にできないような存在が、居る。

「……あぁ、そうなんだ。偉大な大魔法使いレインズウェル氏を知っているかい? アメリア皇后の後見人だよ」

「皇后陛下の? それは気になりますね。お会いできないのでしょうか?」

「あ……あぁ、気まぐれな方だからな。だが、君が会いたいというのなら、もちろん掛け合ってみるよ」

「そうですか? それはありがたいです」

 言いながら、マルガリータは背後の貴族たちの反応も注視していた。気まずそうな、畏怖するような、微妙な表情だ。どうやら、ここにいる全員が大魔法使いレインズウェルの恩恵を受けているか、あるいは恐怖させられたことがあるかのどちらかだろう。

 驚くことに、その後もマルガリータは彼らと日常や政治的な会話を交わしたが、深い話に差し掛かるといつも『レインズウェル』という名前が出現していた。
 今、既に話は原作のストーリーを大きく外れている。だから原作にないことが起こっても当たり前なのだが、レインズウェルという存在と彼が行ったことすべてがストーリーにはないことだ。ヴァイスと同じ転生者であるアメリア一人の力でやれることではない。
 つまりレインズウェルと言う存在は、マルガリータもヴァイスも把握していないイレギュラーだ。

 話に聞いていると、大魔法使いレインズウェルというのは、政治という文脈を超越した存在であるようだ。表面には出てこないが、財政の傾斜も軍事的な決策も、エルムライトの政策の背後にも、必ずこの人間の影がある。畏怖と依存の籠った大臣やエルムライトの話しぶりからして、普通の魔法使いへの態度では決してない。

「あの方は今研究で籠ってらっしゃるから、会うのは大変かもしれませんな……」

 去り際に一言だけ大臣が零していったその言葉が、マルガリータの心に強く残った。

 爵位授与式が、始まる。
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