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第二章 『「主人公」と「ヒロイン」』
第二章15 『帰還せよ!』
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ソフィアとアウグストによる、全く隙のない帝国への追及と集中砲火はエルムライトと大臣たちの抵抗の中未だ苛烈に続いている。理性で、証拠で、鋭い言葉で、強硬な態度で、彼らの意識を強引に引き付けていた。
それは北境とマルガリータの名誉のためでもあるし、――何より、時間稼ぎのためだった。
硝煙のない戦争が皇宮を支配していたのと同時に、瑠璃宮の深部では、生死の境界線上を走るような極秘行動が息をひそめて行われていた。
カゲロウの提供する完璧な瑠璃宮ひいては皇宮の地図に基づいて、そしてグランツの手で作られた光の屈折を利用して姿を見えにくくする魔道具を使用し、ヴァイスはマルガリータと共に瑠璃宮を離脱し北境へ帰る手はずとなっている。
「お嬢様は僕が抱えていく。グランツさん、先導をお願いしていい?」
「おうよ! 地図は頭に叩き込んである!」
布団に眠るマルガリータを、優しく抱き上げる。彼女に魔力を注ぐ役割は、マルガリータを除いて北境団の中で最も魔力の多いヴァイスのものだ。このまま北境に帰るまで、ずっと注ぎ続けられるほどの魔力がヴァイスにはある。
それでも、世界の天井に位置する作者と比べると、大したことがないのかもしれないが……。歯噛みするヴァイスだが、今はそんな場合ではない。
万が一作者に透視能力でもあった場合、この行動は露見しているはずなのだから。
紫の魔法陣は、相も変わらずマルガリータを蝕んでいる。だが、その進行速度は彼女自身の残したものとソフィア達の努力のおかげで、決して速くはない。
呼吸の弱い彼女を抱き上げると、ヴァイスはグランツの先導で瑠璃宮の深部を駆け抜ける。
「今から秘密通路に抜ける!」
「了解!」
湿った地下通路を抜けて、地上に上がる。警備はいない。アウグストが暴れ回っているから、警備の大半は今皇宮の方を守っているからだ。
ヴァイスが見つけてきた壊れた馬車をグランツが修理してできた、帰路用の馬車がそこに置かれている。それを手配したのはカゲロウだ。
来るときに使った馬車は下手をすると見つかる可能性があったので、こうするしかなかった。
ヴァイスは馬車にマルガリータを固定して、あらかじめ描いておいた魔力を彼女に注ぎ続ける魔法陣を発動させる。そして、御者の位置に座った。
ここから先はヴァイスだけで対処することになる。何せ、極秘行動だからこそ、人数は極限まで少ない方が良い。ヴァイスはあまり帝都で目立っていないから、急に消えても時間稼ぎはできるだろうが、他の人たちはそうもいかない。
「あとは、カゲロウとに任せるですよ」
ぬっ、と出てきた黒ローブ姿のカゲロウが、緩く敬礼した姿勢でヴァイスにそう言った。
ヴァイスは眉尻を下げて、微笑む。
「ごめん、任せる」
「いいんですよ。あなたとおじょーは、カゲロウの恩人ですから。存分にカゲロウのこと、使ってくださいです。それでは、ごぶうんを!」
「あぁ……!」
「……いや、俺もいんだけどな」
「あ。ご、ごめん、グランツさん。グランツさんもありがとう。帰ったら絶対、お礼するから」
「それにァ及ばんよ。それよりもこっちこそ、お嬢を、頼んだ」
「――あぁ。任せてくれ!」
そう力強くうなずくと、ヴァイスは馬を走らせる。ここから北境まで、見つからず、疑われず移動しなくてはならない。幸い、通過する領地の家門のほとんどはマルガリータが宴会中、もしくは前から味方に付けていたところばかりだ。
遠くなり、小さくなり、ついには姿を消したヴァイスとマルガリータの馬車を見つめて、グランツは拳を握り締める。
「おじさんきんちょーしてるですか?」
「……まァな。だけど緊張よりも、帝都の奴らが許せねェんだ。なんでったって、こんな惨いことができるんだ……」
「……。だいじょーぶ。悪い人は、退治されるです。おじょーが、そう言ってたです」
「あァ。帝都での役目はまだある。悪い奴を退治するためにも、もうひと頑張りだ!」
「頑張るですよー!」
〇
「――風よ!」
ひとつ深呼吸をしてから、高く唱いあげる。詠唱とは、心の想いを具現化する事だ。ならば今のヴァイスに必要なのは速度。
この馬車を、北境まで飛ばしてくれるような風。凄まじい風。彼女を救えるような、風。
膨大な魔力量の流出に、ヴァイスの顔面が蒼白になる。
何せ、馬車全体を包み込むほどの風魔法。頬に叩きつけられる風の痛みに顔をしかめつつ、ヴァイスはぼんやりとまるで新幹線のようだ、と思っていた。
実際、残像が生まれるほどの速さで疾走する馬車は、あっという間に帝都を抜けてしまっていた。
ヴァイスはマルガリータやノアリデアートのような、転移魔法を使えるほどの魔法使いではない。ただのモブに転生して、努力はしたけれど、あくまで才能のない一般人だ。
それでも、一般人にできる限りのことはすべてやった。これが、ヴァイスの覚悟だ。
命を燃やすように馬車を疾走させるヴァイスの横を、景色が嵐のように移り変わっている。
ふと、ヴァイスは後ろに眠るマルガリータをちらりと見て、また正面を向いた。
(帰りましょう、お嬢様。北境に――!)
それは北境とマルガリータの名誉のためでもあるし、――何より、時間稼ぎのためだった。
硝煙のない戦争が皇宮を支配していたのと同時に、瑠璃宮の深部では、生死の境界線上を走るような極秘行動が息をひそめて行われていた。
カゲロウの提供する完璧な瑠璃宮ひいては皇宮の地図に基づいて、そしてグランツの手で作られた光の屈折を利用して姿を見えにくくする魔道具を使用し、ヴァイスはマルガリータと共に瑠璃宮を離脱し北境へ帰る手はずとなっている。
「お嬢様は僕が抱えていく。グランツさん、先導をお願いしていい?」
「おうよ! 地図は頭に叩き込んである!」
布団に眠るマルガリータを、優しく抱き上げる。彼女に魔力を注ぐ役割は、マルガリータを除いて北境団の中で最も魔力の多いヴァイスのものだ。このまま北境に帰るまで、ずっと注ぎ続けられるほどの魔力がヴァイスにはある。
それでも、世界の天井に位置する作者と比べると、大したことがないのかもしれないが……。歯噛みするヴァイスだが、今はそんな場合ではない。
万が一作者に透視能力でもあった場合、この行動は露見しているはずなのだから。
紫の魔法陣は、相も変わらずマルガリータを蝕んでいる。だが、その進行速度は彼女自身の残したものとソフィア達の努力のおかげで、決して速くはない。
呼吸の弱い彼女を抱き上げると、ヴァイスはグランツの先導で瑠璃宮の深部を駆け抜ける。
「今から秘密通路に抜ける!」
「了解!」
湿った地下通路を抜けて、地上に上がる。警備はいない。アウグストが暴れ回っているから、警備の大半は今皇宮の方を守っているからだ。
ヴァイスが見つけてきた壊れた馬車をグランツが修理してできた、帰路用の馬車がそこに置かれている。それを手配したのはカゲロウだ。
来るときに使った馬車は下手をすると見つかる可能性があったので、こうするしかなかった。
ヴァイスは馬車にマルガリータを固定して、あらかじめ描いておいた魔力を彼女に注ぎ続ける魔法陣を発動させる。そして、御者の位置に座った。
ここから先はヴァイスだけで対処することになる。何せ、極秘行動だからこそ、人数は極限まで少ない方が良い。ヴァイスはあまり帝都で目立っていないから、急に消えても時間稼ぎはできるだろうが、他の人たちはそうもいかない。
「あとは、カゲロウとに任せるですよ」
ぬっ、と出てきた黒ローブ姿のカゲロウが、緩く敬礼した姿勢でヴァイスにそう言った。
ヴァイスは眉尻を下げて、微笑む。
「ごめん、任せる」
「いいんですよ。あなたとおじょーは、カゲロウの恩人ですから。存分にカゲロウのこと、使ってくださいです。それでは、ごぶうんを!」
「あぁ……!」
「……いや、俺もいんだけどな」
「あ。ご、ごめん、グランツさん。グランツさんもありがとう。帰ったら絶対、お礼するから」
「それにァ及ばんよ。それよりもこっちこそ、お嬢を、頼んだ」
「――あぁ。任せてくれ!」
そう力強くうなずくと、ヴァイスは馬を走らせる。ここから北境まで、見つからず、疑われず移動しなくてはならない。幸い、通過する領地の家門のほとんどはマルガリータが宴会中、もしくは前から味方に付けていたところばかりだ。
遠くなり、小さくなり、ついには姿を消したヴァイスとマルガリータの馬車を見つめて、グランツは拳を握り締める。
「おじさんきんちょーしてるですか?」
「……まァな。だけど緊張よりも、帝都の奴らが許せねェんだ。なんでったって、こんな惨いことができるんだ……」
「……。だいじょーぶ。悪い人は、退治されるです。おじょーが、そう言ってたです」
「あァ。帝都での役目はまだある。悪い奴を退治するためにも、もうひと頑張りだ!」
「頑張るですよー!」
〇
「――風よ!」
ひとつ深呼吸をしてから、高く唱いあげる。詠唱とは、心の想いを具現化する事だ。ならば今のヴァイスに必要なのは速度。
この馬車を、北境まで飛ばしてくれるような風。凄まじい風。彼女を救えるような、風。
膨大な魔力量の流出に、ヴァイスの顔面が蒼白になる。
何せ、馬車全体を包み込むほどの風魔法。頬に叩きつけられる風の痛みに顔をしかめつつ、ヴァイスはぼんやりとまるで新幹線のようだ、と思っていた。
実際、残像が生まれるほどの速さで疾走する馬車は、あっという間に帝都を抜けてしまっていた。
ヴァイスはマルガリータやノアリデアートのような、転移魔法を使えるほどの魔法使いではない。ただのモブに転生して、努力はしたけれど、あくまで才能のない一般人だ。
それでも、一般人にできる限りのことはすべてやった。これが、ヴァイスの覚悟だ。
命を燃やすように馬車を疾走させるヴァイスの横を、景色が嵐のように移り変わっている。
ふと、ヴァイスは後ろに眠るマルガリータをちらりと見て、また正面を向いた。
(帰りましょう、お嬢様。北境に――!)
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