氷上の悪役令嬢

Estella

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第二章 『「主人公」と「ヒロイン」』

第二章16 『この世にただ一人』

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 極限状態で駆け抜けるヴァイスの魔力と体力が完全に尽きるころ、彼はついにマルガリータと共に北境へ到着した。
 力を入れられず震える両手両足を叱咤して、ヴァイスはマルガリータを抱える。
 事情を察した兵士の先導の末、ヴァイスはレガード医師を見つけることに成功した。

「むむ、ヴァイス殿、それにお嬢様……? これは一体……」

「レガードさん、大変なんだ。お嬢様が魔法陣にやられて、一刻を争うんだ。何か、何か救う方法はないのですか!?」

「落ち着きなされヴァイス殿。ひとまず、お嬢様を部屋に運びましょう」

「あ、あぁ……」

 レガード医師に会えたことで先走ってしまったが、彼はヴァイスよりもよほど冷静だった。事態の切迫さを把握すると、レガード医師は自室から持てるだけの機器を持ってマルガリータの部屋に急いだ。
 彼女が死にかけるのを見たのは初めてのことではないが、大層久しぶりのことである。今の彼女を害せる魔法陣とは――。

 レガード医師はすぐにマルガリータの全身に蔓延する魔法陣と魔力、効果などを調べた。
 しばらくして立ち上がったレガード医師は、眉間に深い皺を刻んでゆるゆると首を振った。

「……これは、宜しくない状態ですな。私やそなたの力では、せいぜい進行を止める程度のことしかできませぬ。魔法陣の魔力を押し流せるほどの力は、我々にはない」

「な、ならどうしたらいいのですか! 何か材料や儀式が必要なら、僕がすぐに準備してきます! なんだってできます!」

 レガード医師は深くため息をつき、自身が書き写した縮小版の魔法陣を指さした。

「……これは、そういう問題ではない。理論上、この魔法陣の効果を消滅させることは可能だ。だがそれは、逆の魔力の流れを作る、この魔法陣の対になる逆向きの魔法陣が必要になる。そして当然、魔法陣の中に含まれる魔力も、同等かそれ以上でなくてはならない。魔法陣の原理と構成は、私が描くことができますが、魔力量は誰も及ばないのです」

「そんな……」

「例え北境団が全員ここにいても、その魔力をすべて足しても、この魔法陣の魔力量には届かぬのです」

「――」

 室内が死んだかのような静けさに満ちる。
 知識はある。方法も分かる。それなのに、あと一歩のところで届かない。

 顔面蒼白になったヴァイスは、ついに全身から力が抜けて地面にへたり込んだ。
 魔力。
 それは基本的に天賦の才。ヴァイスのような凡人が血反吐を吐く努力をしても、増やせるのは精々達人レベルくらいまで。
 人外の域や鬼才、常軌を逸するような力は、才能がなくてはどうしても得られない。
 何も、できない。

「いや……ある」

「ヴァイス殿?」

 唐突に、ひとつ考えが浮かんだヴァイスは考え込んだ。
 人外の域の強さ。常軌を逸した魔力。全てに愛された天賦の才。
 作者はこの世界の天井かもしれないが、同じく天井であると表現されていた人物が、ただひとり、いる。

「魔力――、あの人なら!」

 ヴァイスは勢いよく顔を上げると、説明する暇もなく、そして今にも崩れ落ちそうな体を顧みることもなく、射られた矢の如き速さでマルガリータの部屋から駆け出した。
 訝し気な兵士たちの顔も、気にしている暇はない。

 ――隔世殿。
 その方向に向かって、一目散に、一直線に走り抜ける。

 作中最強の存在。
 主人公とヒロインの主人公補正のせいで捕まりはするが、終始絶対的な支配者であり、暴君でもあった、作中最大の不条理とされていた彼ならば。

 ノアリデアート・エンバース・フォン・アーレンスフォルト。
 彼になら、マルガリータが救えるはずだ。
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