贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第2.5話「ホラー映画が苦手な亡霊」

参:未練の記憶

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 次の上映を見に来た男性客がポップコーン片手に館内へ入ってくる。男性は座席に向かって立っている陽斗を訝しげに眺めながら、階段を降りていった。
 陽斗は男性客の視線を気にすることなく、目の前に座っている女性の霊の話に耳を傾けた。
「私は宗方幸子むなかたさちこ。節木大学の1年生で、映画サークルに入っていたの」
「だからさっちーって呼ばれてたんですね」
「え、なんで知ってるの?」
 女性の霊、幸子は陽斗を警戒するように、眉根を寄せる。
「ご、ごめんなさい! わざとじゃなかったんですけど、貴方の記憶をさっき見てしまって……」
 陽斗は慌てて、先程幸子の記憶の一部を読み取ったことと、その内容を話した。
 話を聞いているうちに、幸子は陽斗の手をつかんだことを思い出したのか「そういえばそうだったわね」とバツが悪そうに俯いた。
「私、あの時何故か、君を友達の映子だと思ってたの。たぶん、死んだ時の記憶とこんがらがってたのね。映子も心臓発作を起こして倒れた私を見て、救急車を呼ぼうとしていたから」
「お友達と2人で来てたんですか?」
「ううん。同じ映画サークルのメンバーと一緒。去年の夏休みを利用して、『ちゃだ子』を見に来たの」
「えぇ……?! もっと楽しい映画を見た方がよろしいのでは?」
 思わず悲鳴を上げた朱羅に「私もそう思ったわ」と幸子は真剣に頷いた。
「でも、友達に“すっごい面白いから”ってすすめられて、ついオーケーしちゃったのよ。それまでホラー映画なんて1度も見たことがなかったし、私が好き嫌いしてるだけなんじゃないかって思って」
「それで映画を見に行って……心臓発作で死んじゃったんですか?」
「うん……」
 幸子は重々しく頷き、死んだ時のことを話した。
「中盤で、ちゃだ子が画面いっぱいにバーンッ! って出てくるシーンが衝撃的過ぎてね。心臓発作を起こして倒れた時、“あ、私これ死ぬな”ってすぐに分かったわ。友達は必死で救急車を呼ぼうとしてたけど、上映が中断されたら他の人に迷惑がかかっちゃうと思って、止めようとしたの……間に合わなかったけど。で、気づいたら幽霊になって、ここにいたわ」
 幸子は自分が座っている席を指差す。ちょうど、場内の中央にある座席だった。
「最初は自分が幽霊になってるなんて思いもしなかったけど、他のお客さんが私の体をすり抜けていくのを見て、気づいたのよ。ホラーが苦手な人間が、死んだ後に幽霊になってるなんて笑っちゃうでしょ?」
「そうですね! あははっ!」
 突然大声で笑い出した陽斗に、前列で上映を待っていた男性客がビクッと体を震わせ、振り返る。男性客は完全に陽斗に怯えていた。
「陽斗殿、そこは笑うところではありませんよ」
「え、そうなの?」
 陽斗はポカンとした表情で朱羅を見る。それを見て幸子は「クスクス」と笑った。
「変な子ね。君と一緒になら、心臓発作を起こして倒れずに成仏出来るかもね」
「? どういうことですか?」
「そういえば仰っておられましたね。何度も『ちゃだ子』を見て、何度も心臓発作を起こされている、と……それが、貴方の未練と関係しているのですか?」
 朱羅は先程幸子が言っていたことを思い出し、確認する。幸子は「そうなの」と頷いた。
「死ぬ間際、うっかり思っちゃったのよ……せっかくなら、『ちゃだ子』を最後まで見たかったなって。いくら苦手とはいえ、途中までしか見てないなんて、モヤモヤするじゃない? でも、いつも中盤のあのシーンで心臓発作を起こして倒れちゃうの。で、目が覚めたら映画は終わった後で、また最初から見直し」
「でもそこでもまた、心臓発作で倒れてしまうんですね?」
「そう! 去年の夏中ずっと『ちゃだ子』を見たけど、全然先に進まなかったわ! 聞くところによると、あのシーンさえクリアすればあとはなんとか耐えられるそうなのよ! だからお願い! 私をこのループから抜け出して、成仏させて!」
 幸子は陽斗に手を合わせ、深々と頭を下げる。
 同じようにホラー映画が苦手な陽斗には荷が重かったが、夏の間ずっと「ちゃだ子」を見るたびに心臓発作を起こしていたという彼女には同情せざるを得なかった。
「……分かりました。僕も一緒に見ます」
「ほんと?!」
「陽斗殿、本気ですか?!」
 幸子が目を輝かせて顔を上げる一方、朱羅は顔を青ざめて陽斗に確かめる。
 陽斗は大きく頷き「ただし、条件が2つほどあります」とピースするように、指を2本立てた。
「1つ、僕は仕事があるので、一緒に壁際で見て下さい」
「分かったわ」
 幸子は座席から立ち上がり、陽斗の後ろをついて行って、壁にもたれかかる。
「2つ、僕と朱羅さんだけじゃ心配なので、盛り上げ役を用意します」
「今から誰か呼ぶの?」
「いえ、スマホで会話するんです。半分以上は何を言っているのか分からないんですけど、すっごく物知りで愉快な人なんですよ」
 そう言うと陽斗はスマホを取り出し、五代に電話をかけた。
 前列の席に座っている男性客は陽斗が壁に向かって話しているのを見て、すぐにスクリーンへ向き直り、湧き上がる恐怖を抑えるようにポップコーンを口へ押し込んだ。
 今すぐここから逃げ出して、アメリカン・コミックスの実写映画を見たい衝動に駆られたが、払ったお金がもったいないので、仕方なく『ちゃだ子』が始まるのを静かに待った。幸い、陽斗が場内の清掃を始めたため、男性を怯えさせていた彼の奇行は止んだ。
 男性客はホッとした様子でポップコーンをつまみ、スクリーンを見つめる。しかしその間にも、彼の背後では朱羅と幸子が場内のゴミ拾いを手伝っており、常人から見ればゴミがひとりでにゴミ袋へ入っているという、心霊現象が起こっていた。
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