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ルイーセはできない子

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 姉二人と比べて、昔から私はできない子だった。

 何もかもが中途半端で、特段優れた才能も無く。習い事も勉強も最大限の努力はしたけれども、対して身につかなかった。要領良く何でもこなす姉二人とは、大違いだったのである。

 とはいえ両親や周囲は、そんな私と姉達を比べることは無かった。どんなに失敗しても上手くいかなくても、最後には頑張ったねと沢山褒めてくれた。けれども姉らと並ぶ度、密かに劣等感で胸が苦しくなることも今まで沢山あった。

 フィオネのように人格者であり、女王としてリーダーシップを発揮する訳でも無く。

 マーリットのように教養と対話力があり、外交官として手腕を発揮する訳でも無く。

 役に立てていないのは、三姉妹の中で私だけ。

 私はただのお飾り人形程度の価値しか無いのだろうなと、いつしか日々考えていた。それは、心の中に暗い影を落としていた。

 そしていつからか、私は政略結婚の駒になりたいと思い始めたのである。

 リクスハーゲンは数カ国と国境を接しているため、長い歴史の中で国同士の衝突を経験してきた。事実、隣国と血で血を洗うような争いを繰り広げていた時代も遥か昔には存在する。

 争いを避けるため、リクスハーゲン王室は周辺国の王室と婚姻関係を結ぶようになり、長きに渡って平和を保ってきたのである。故人であるが私の祖母上も、かつて政略結婚でこの国に嫁いできたのだった。

 そして私が社交界へ迎えられる年頃となった時、丁度周辺国の王室が結婚相手を探し始めていると風の噂で耳にしたのである。

 それから私は、着飾って進んで夜会や舞踏会に参加するようになった。他国との懇親の場であれば、誰よりも愛想を振りまいた程だ。

 当たり障りの無い歓談に、愛想笑い。華やかに着飾る以外にも、社交界で生きる術を必死に身につけた。

 実際、そんな私を周りは認めてくれて、褒められることも増えていった。遂には、周辺国の王子や貴族の男性達から恋文を送られる程にもなっていた。

 これで、やっと役に立てる。

 私は内心嬉しくて仕方が無かった。

 そんなある日。家族皆が集まったタイミングで、姉二人が私の結婚について話を切り出した。そして使用人達が、大量の釣書を持ってきたのだった。

「さあ、誰でも好きな方を選ぶと良いわ。ルイーセは可愛いから、引く手数多よ。あんまりなのは数枚除外しといたけど、山のようにあるから安心して」

「わ……こんなに沢山」

 うず高くテーブルに積み上げられた紙の束を見て、私は感嘆の声を上げた。

「とは言っても、実際会ってみなきゃ分からないわよね。気になる人から順番に顔合わせの日程を組んでいきましょう。で、ピンと来たらもう一度会えば良いわ」

 メイドの手によりテーブルに並べられた釣書を手で指し示しながら、フィオネは言った。

 ふと釣書の文面を見て、私はあることに気がついた。まさか、と思って一枚一枚確かめていくものの、嫌な予感は的中してしまったのである。

「ま、待って……フィオネお姉様」

「あら、どうしたの?」

 私は慌てて、フィオネに問うた。

「周辺国の王室の方はいらっしゃらない、のですか?」

 よく見たら釣書は、皆国内もしくは同盟国の貴族階級の人間ばかりであり、仲の悪い周辺国の王室の人間は誰一人として居なかったのである。

「例えば今、隣国ドラフィアとの関係は冷え込んでいるとお聞きしました。となれば、国内や友好国ではなくそういった家に嫁いだ方が良いのでは……」

「あら。政略結婚だなんて、今時ナンセンスよ」

 そう言ったのは、マーリットだった。黄みがかったレモンティーのような色をした茶髪は、美しく艶めいている。その左薬指には、銀色の結婚指輪が煌めいていた。

「外交関係は私がどうにかするから、ルイーセは何も心配しなくて良いわ」 

 マーリットは、私に笑いかけた。

「私も頑張るから。安心なさい」

 フィオネもそう言った。

 それは、唯一残されていた役目を奪われてしまった瞬間であり、自分の中で何かが崩れていくのを感じた。

「……では、結婚して私は一体何をするべきなのですか?」

 恐る恐る、私は問うた。

「何言ってるの。結婚したら、素敵な旦那様と毎日幸せに暮らせば良いのよ。それ以外にある?」

 私は最後まで役立たずの、不要な存在なんだ。

 姉二人は結婚する以外にも責務を担っているのに、私にはそれを背負うことすら許されないのだと。私は察した。

 それから、両親や姉達の言うままに私は結婚相手を選んだ。正直、どう候補を絞り込んでいったかなど細かいことはよく覚えていない。それ程に、私は深く落ち込んでいたのだ。

 けれども。ウェンデとの婚約が決まった時のことで、一つだけ覚えている場面がある。

「これからどうぞ、よろしくお願いします。ルイーセ王女殿下」

 ウェンデは私を''王女殿下''と呼んだ。それに対して、私はこう返したのである。

「ウェンデ様。どうかこれからは、私のことはルイーセと呼んでくださいな」

 王族とは国民のために働くが故に尊敬されるのであり、私はそれに値しない。だから、私は王族としての敬称を捨てたのである。
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