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最終話 ただいま
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ラドム王国騎士団宿舎前。
「ふぅ……こんなところかな」
遠征用の馬車の準備をしていたドミニクは、額の汗を二の腕で拭う。
ほとんど成り行きで騎士団に入団したドミニクだが、今ではすっかりその仕事にも馴染み、今日も真面目に働いている。
ただ、騎士団と言っても、ドミニクがいるのは戦闘を主においた実働部隊ではない。
そこへ、上司でもある部隊長がやってきた。
「やあ、ドミニク」
「あっ、ギデオン隊長。明日の遠征の準備は終わりました」
「ありがとう、助かったよ」
ドミニクの隊長――それは、次元亀裂の修復作戦で一緒になったイリーシャの父ギデオンであった。
今のドミニクの職場は、このギデオンが隊長を務める部隊だった。部隊といっても、その内容は異種族との交流を積極的に行っていく、いわば外交官のような仕事であった。
「そういえば、ヴェロニカさんの調子はどうですか?」
「順調だ。医師の話では、そろそろとのことだが……」
「緊張しますよねぇ」
ギデオンの妻であり、イリーシャの母でもあるヴェロニカは、現在妊娠中――つまり、イリーシャの妹ができるのだ。
「イリーシャは今か今かと待ちわびていますよ」
「ははは、きっとあの子はいい姉になる。すぐ近くに君やアンジェという、いいお手本があるからな。――っと、そういえば、アンジェの方はどうだ?」
「こちらはもう生まれていますからね。ただ、シエナと一緒に毎日子育てを頑張っているみたいですよ」
ドミニクとアンジェは、次元亀裂の一件から三ヶ月後に結婚。
そして、つい先月、待望の第一子となる女の子が生まれたばかりだ。
「明日から一ヶ月ほど出張するからね。今日は早めに帰って、ゆっくり家族との時間を楽しもうじゃないか」
「はい!」
本当は子どもが生まれるまで出張を見合わせるつもりだったが、ヴェロニカから「行ってきなさい」と背中を叩かれ、出ることにしたのだった。
ふたりがそんな話をしていると、
カーン。カーン。
時計塔の鐘が鳴る。
あれは、近くにある王立学園の授業終了を伝える鐘だ。
「おっと、学園が終わったなら、イリーシャが帰ってくるな」
「そうですね。また『遅い』って怒られないよう、そろそろ帰りましょうか」
「ああ、そうしよう」
ふたりは鐘の音を聞きながら、帰り支度を始めた。
次元亀裂の事件解決後、両親と再会を果たしたイリーシャは、ハインリッヒの勧めもあって王立学園に通い、人間社会で生活していくために日々勉強に勤しんでいる。
「最近は友だちもたくさんできたって言っていましたね」
「ああ。俺にも嬉しそうに報告してくれたよ」
イリーシャの学園生活について話しをしつつ、用意を調え終わると、ギデオンが魔法を発動させる。
それは転移魔法。
ここから遠く離れた、ある屋敷へ向かうための魔法だ。
やがて、魔法陣から光が放たれ、ドミニクとギデオンを包み込む。そして、視界が完全に光で覆われた直後、一瞬の浮遊感がふたりを襲う。そして、次に気がついた時には、目的地である屋敷の目の前に立っていた。
この屋敷は、ドミニクが騙されて購入し、エヴァとイリーシャのふたりと出会った、あの屋敷だ。
「相変わらず凄い魔法ですね」
「まあ、これもコツだよ」
帰宅したふたりが話していると、そこへメイド服を着た少女が近づいて来た。
「お帰りなさいませ!」
「ただいま、シエナ」
メイドの正体はシエナだった。
ドミニクたちがこの屋敷へ戻ってくることが決まってから、シエナはメイドとして働きたいと願い出た。ドミニクはこれを快諾し、シエナは以前お世話になったカルネイロ家で半年間のメイド修業を行い、今では家事のほとんどを任せている。
さらに、今度は屋敷から赤ん坊を抱きかかえたひとりの女性が出てきた。
「お帰りなさい、ドミニク」
「アンジェ!」
慌てて、ドミニクはアンジェに駆け寄る。
「た、体調は大丈夫か?」
「ふふふ、私もリリーも元気ですよ」
「心配性ね、ドミニクは」
アンジェの肩に座る妖精エニスにからかわれるドミニク。
それほどまでに、愛娘のリリーは大切な存在だった。
その愛らしい姿に、ドミニクはすっかり親バカになっていた。
現在、この屋敷には、ドミニクとアンジェの夫婦、それにイリーシャとギデオン・ヴェロニカの夫婦にシエナ、エニス、そしてランドが暮らしている。
それぞれが協力し合い、楽しく充足した日々を送っていた。
「あ、ギデオンさんも一緒だったんですね」
「うむ。明日からふたり揃って出張だから、今日は早めに帰ろうってことになったんだ。それより、ヴェロニカは?」
「部屋で休んでいますよ」
「よし! では早速……」
身重の妻を心配するギデオンは、急ぎ足で屋敷へ入ろうとする――と、
「おっと、いけない。こっちにも挨拶をしておかないとな」
ギデオンは方向転換し、屋敷近くのある場所へと向かう。
それについていくように、ドミニクとアンジェ、そしてシエナも移動する。
――そこは、世界を救った英雄エヴァの眠る墓。
「ただいま、母さん」
ギデオンがそう呟き、その後ろでドミニクも帰宅を報告する。
そこへ、
「あれ? もう帰っていたの?」
学園から、同じく転移魔法を使って帰って来たイリーシャがいた。
結局、全員揃ってエヴァに帰宅を報告し、夕食にしようと屋敷へと入っていく。
と。
『おかえり』
「!」
ドミニクは一瞬、エヴァの声がしたと思って振り返る。
だが、そこには誰もいない。
「どうかしたの、ドミニク?」
「……いや、なんでもないよ」
きっと、あの人のことだから、今もどこかでこっそり自分たちを見守っているのかもしれない。
そう思いながら、ドミニクは屋敷を眺めながら呟いた。
「ただいま」
「ふぅ……こんなところかな」
遠征用の馬車の準備をしていたドミニクは、額の汗を二の腕で拭う。
ほとんど成り行きで騎士団に入団したドミニクだが、今ではすっかりその仕事にも馴染み、今日も真面目に働いている。
ただ、騎士団と言っても、ドミニクがいるのは戦闘を主においた実働部隊ではない。
そこへ、上司でもある部隊長がやってきた。
「やあ、ドミニク」
「あっ、ギデオン隊長。明日の遠征の準備は終わりました」
「ありがとう、助かったよ」
ドミニクの隊長――それは、次元亀裂の修復作戦で一緒になったイリーシャの父ギデオンであった。
今のドミニクの職場は、このギデオンが隊長を務める部隊だった。部隊といっても、その内容は異種族との交流を積極的に行っていく、いわば外交官のような仕事であった。
「そういえば、ヴェロニカさんの調子はどうですか?」
「順調だ。医師の話では、そろそろとのことだが……」
「緊張しますよねぇ」
ギデオンの妻であり、イリーシャの母でもあるヴェロニカは、現在妊娠中――つまり、イリーシャの妹ができるのだ。
「イリーシャは今か今かと待ちわびていますよ」
「ははは、きっとあの子はいい姉になる。すぐ近くに君やアンジェという、いいお手本があるからな。――っと、そういえば、アンジェの方はどうだ?」
「こちらはもう生まれていますからね。ただ、シエナと一緒に毎日子育てを頑張っているみたいですよ」
ドミニクとアンジェは、次元亀裂の一件から三ヶ月後に結婚。
そして、つい先月、待望の第一子となる女の子が生まれたばかりだ。
「明日から一ヶ月ほど出張するからね。今日は早めに帰って、ゆっくり家族との時間を楽しもうじゃないか」
「はい!」
本当は子どもが生まれるまで出張を見合わせるつもりだったが、ヴェロニカから「行ってきなさい」と背中を叩かれ、出ることにしたのだった。
ふたりがそんな話をしていると、
カーン。カーン。
時計塔の鐘が鳴る。
あれは、近くにある王立学園の授業終了を伝える鐘だ。
「おっと、学園が終わったなら、イリーシャが帰ってくるな」
「そうですね。また『遅い』って怒られないよう、そろそろ帰りましょうか」
「ああ、そうしよう」
ふたりは鐘の音を聞きながら、帰り支度を始めた。
次元亀裂の事件解決後、両親と再会を果たしたイリーシャは、ハインリッヒの勧めもあって王立学園に通い、人間社会で生活していくために日々勉強に勤しんでいる。
「最近は友だちもたくさんできたって言っていましたね」
「ああ。俺にも嬉しそうに報告してくれたよ」
イリーシャの学園生活について話しをしつつ、用意を調え終わると、ギデオンが魔法を発動させる。
それは転移魔法。
ここから遠く離れた、ある屋敷へ向かうための魔法だ。
やがて、魔法陣から光が放たれ、ドミニクとギデオンを包み込む。そして、視界が完全に光で覆われた直後、一瞬の浮遊感がふたりを襲う。そして、次に気がついた時には、目的地である屋敷の目の前に立っていた。
この屋敷は、ドミニクが騙されて購入し、エヴァとイリーシャのふたりと出会った、あの屋敷だ。
「相変わらず凄い魔法ですね」
「まあ、これもコツだよ」
帰宅したふたりが話していると、そこへメイド服を着た少女が近づいて来た。
「お帰りなさいませ!」
「ただいま、シエナ」
メイドの正体はシエナだった。
ドミニクたちがこの屋敷へ戻ってくることが決まってから、シエナはメイドとして働きたいと願い出た。ドミニクはこれを快諾し、シエナは以前お世話になったカルネイロ家で半年間のメイド修業を行い、今では家事のほとんどを任せている。
さらに、今度は屋敷から赤ん坊を抱きかかえたひとりの女性が出てきた。
「お帰りなさい、ドミニク」
「アンジェ!」
慌てて、ドミニクはアンジェに駆け寄る。
「た、体調は大丈夫か?」
「ふふふ、私もリリーも元気ですよ」
「心配性ね、ドミニクは」
アンジェの肩に座る妖精エニスにからかわれるドミニク。
それほどまでに、愛娘のリリーは大切な存在だった。
その愛らしい姿に、ドミニクはすっかり親バカになっていた。
現在、この屋敷には、ドミニクとアンジェの夫婦、それにイリーシャとギデオン・ヴェロニカの夫婦にシエナ、エニス、そしてランドが暮らしている。
それぞれが協力し合い、楽しく充足した日々を送っていた。
「あ、ギデオンさんも一緒だったんですね」
「うむ。明日からふたり揃って出張だから、今日は早めに帰ろうってことになったんだ。それより、ヴェロニカは?」
「部屋で休んでいますよ」
「よし! では早速……」
身重の妻を心配するギデオンは、急ぎ足で屋敷へ入ろうとする――と、
「おっと、いけない。こっちにも挨拶をしておかないとな」
ギデオンは方向転換し、屋敷近くのある場所へと向かう。
それについていくように、ドミニクとアンジェ、そしてシエナも移動する。
――そこは、世界を救った英雄エヴァの眠る墓。
「ただいま、母さん」
ギデオンがそう呟き、その後ろでドミニクも帰宅を報告する。
そこへ、
「あれ? もう帰っていたの?」
学園から、同じく転移魔法を使って帰って来たイリーシャがいた。
結局、全員揃ってエヴァに帰宅を報告し、夕食にしようと屋敷へと入っていく。
と。
『おかえり』
「!」
ドミニクは一瞬、エヴァの声がしたと思って振り返る。
だが、そこには誰もいない。
「どうかしたの、ドミニク?」
「……いや、なんでもないよ」
きっと、あの人のことだから、今もどこかでこっそり自分たちを見守っているのかもしれない。
そう思いながら、ドミニクは屋敷を眺めながら呟いた。
「ただいま」
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ティーテの、
バレットは、
→
アンジェの、
ドミニクは、
ではないのですか?
ご指摘ありがとうございます!
他作品のキャラが……修正しておきます!