【書籍化進行中】子持ち主婦がメイドイビリ好きの悪役令嬢に転生して育児スキルをフル活用したら、乙女ゲームの世界が変わりました

第二章 学園編

【アーサー視点】

　「アーサー、今日のイザベル嬢も最高に可愛かったんだ」

　あぁ、また始まったよ。
　ヘンリー殿下の惚気話が。

「イザベル嬢は、なんでああも無自覚に私を煽るのだろうか」

　はぁ、早く終わってくれないかな。

「ああ、イザベル嬢との結婚が待ち遠しい」

　腹減ったなぁ。
　今日の飯は何だろう。
　肉食いたいな、肉。

「……アーサー？」
「え？　あ、はい、そうですね」

　しまった。
　何も話を聞いていなかった。

「お前、私の話を聞いていなかっただろう」

　ヘンリー殿下はジト目で俺を見てきた。
　マズいな、何て誤魔化そうか。

「え、えーと。イザベル嬢の話だろう？」
「ふん、まあいい。それより、この後は鍛錬に付き合って貰うぞ」
「ええ！？　これから昼食の時間なのに」
「何か文句あるか？」
「はぁ、分かりましたよ。お付き合い致します、殿下」

　俺と殿下は幼い時から交流があり、タメ口を叩けるくらいには仲が良い。
　俺は家柄上、幼少期より騎士団長の親父から厳しい鍛錬を積んでいる。
　俺はヘンリー殿下と歳が近いこともあり、時折こうして雑談を交えながらヘンリー殿下と鍛錬を共にしている。
　雑談といえば、ヘンリー殿下は婚約者にお熱のようで、最近の話題は婚約者であるイザベル嬢の話ばかりだ。
　しかし、ヘンリー殿下はなぜここまでイザベル嬢に執着するのだろうか。

　実は、俺はイザベル嬢の姿絵を知っている。

　この前ヘンリー殿下の自室に呼ばれた時に、机にあったイザベル嬢の釣書がちらっと見えたのだ。
　顔は整っているのだが、体型が……。
　釣書であれなら、実際はもっと太っているのだろう。

　あれか、ヘンリー殿下はふくよかな方が好みなのか？
　いや、人は見かけによらないと言うし、イザベル嬢はきっと人柄が良いのかも知れない。

　そして、イザベル嬢に関する話は、ネスメ女子修道院から戻った俺の妹、クロエからも散々聞かされている。

　ちなみに、これはクロエの名誉のために言っておくが、クロエは修道院送りになるような性格ではない。
　妹は、義母の手によりネスメ女子修道院送りにされたのだ。

　ーーマルク家には義母と、義母の連れ子がいる。
　母は数年前に病気で亡くなり、父は後妻を迎えたが、後妻としてやって来た義母が捻くれた性格のやつで、連れ子である自分の娘ばかりを可愛がり、俺と妹を蔑ろにしてきた。
　俺は騎士団の見習いとして、早くから家を出て寮暮らしをしていたから義母の毒牙にかからずに済んだが、妹のクロエは違った。
　前妻に似た容姿が気に入らないとクロエを陰で虐げ、しまいには「私の娘を叩いて怪我をさせた」と言い掛かりを付けて「こんな粗暴な子と一緒には暮らせない」と、更生させる名目でネスメ女子修道院送りにしたのだ。
　クロエは思い込みが激しい節はあるが、根は優しくて素直な奴だ。
　理由もなく人に手を上げるなんて、絶対に、そんな事はしない。

　ネスメ女子修道院送りにされて心配だったが、まさかそこでイザベル嬢と仲良くなっていたとは。

　しかし、なぜイザベル嬢がネスメ女子修道院にいたのか、どの様な経緯でイザベル嬢と仲良くなったのかその辺りは未だによく分かっていない。

　ただ、クロエは口を開けば
「イザベル様は博学なの」
「イザベル様は慈愛に満ちたお方なの」
「イザベル様は私のお姉様なの。ああ、尊いお方！」
　と、とにかくイザベル嬢を慕っているらしい。

　こうして俺はヘンリー殿下とクロエからイザベル嬢の話を散々聞かされて来た訳だが、当の本人とは顔を合わせた事は一度もなかった訳だ。

　───そして、今日。

　ヘンリー殿下に用事があった俺は、一年の教室に顔を出した。
　そこでクロエの隣にいる令嬢を見て、俺は心臓が止まりそうなくらい驚いた。

　この顔……まさか、この方がイザベル嬢！？
　ちょっと待て、釣書とは全くの別人じゃないか。
　体型だけじゃない。
　釣書よりも洗練された美貌。
　そして、身分の高い令嬢にも関わらず、柔らかな態度とあの笑顔。

　これはヘンリー殿下やクロエが絶賛するわけだ。
　彼女は、不思議な魅力のある令嬢だな。
　また、話をしてみたいものだ。

　おっと、いけない。
　ヘンリー殿下を探さなければ。

　俺は自分の用事を思い出し、急足で廊下を進んだ。