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第一章 異世界の少女との出会い

#4 張り付けに至るまで~アレッタside~

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 自分は仮面をつけていなければ何もできない。
 だから、魔物に喰われかけている。

 わたし――アレッタ・ブラックキャット――はもはや諦めて固く目を閉じる。
 すると、こうなった経緯がまぶたの裏に浮かんできた。

 朽ちた木の香りに満ちた道は、倒木や石が転がっていて歩きにくかった。
 結構な頻度で吹き付ける砂利交じりの強風は、仮面をつけていなかったら顔が痛くて仕方なかっただろう。

 けれど、どこか自然の力を感じられるためか気分は悪くなかった。
 川沿いの道を歩きながら、渓谷の空気をめいっぱい肺に送り込んだ。

「あふぅ」

 首元のマフラーを風にはためかせ、は満足げに息を吐いた。
 同時に、ボクの腹の虫が鳴きだした。
 早朝に自分が住むソムニアの街を出てから数時間が立っていた。そろそろ昼食時。何かを口にしたいところだった。

 と、目的地であるサブリサイドの村の入り口を示す看板を通り過ぎた。

「やっとついた。まずはご飯にしようじゃないか」

 再び腹の音を鳴らしながら、独り言を呟いた。

 サブリサイドの街。近くを流れるサブリナ川にその名を由来する小さな街で、川魚の照り串焼きの屋台が名物だと通っている魔導院で習った。これまで様々なクエストを受けて方々を渡り歩いてきたが、実際に来るのは初めてだった。

 せっかくだから、名物が食べたい。ボクは屋台を探してふらふらと街中を進んだ。
 中心部に進むにつれ、草木の香りが魚の焼ける美味しそうな匂いに変わっていき、風の音が、人々のざわめきにとって代わった。

「うんうん。いい街じゃないか」

 自分が住むソムニアの街より街の規模は小さいとはいえ、ここで暮らす人々の活気を肌で感じた。
 いくつか見つけた串焼きの屋台のうち、一際香ばしい匂いのする煙を漂わせていた店の前で足を止める。

「お姉さん、照り串焼きを十本くれたまえ」

 焼けた魚にタレを塗っていた女性に向かって、数枚の硬貨を差し出した。本当はもう少し欲しいところだったけれど、この後に魔物との戦いがあるから自重した。満腹になるのは流石にまずいと思ったからだ。

 女性が一瞬、きょとんとした顔で立ち尽くした。
 その理由について、ボクはこれまでの経験から何となく察した。

 細身の自分が大量の注文をしたことか、やけに馴れ馴れしく偉そうな口調で話すことか、猫を模した仮面を被って街をうろついていることか、もしくはその全部か。

 とはいえ、ボクにとっては毎度のことなのでいちいち気にしたりしなかった。

 しばしボクの姿を見た後、女性は思い出したように十本の串焼きを袋に入れて手渡してくれた。

 ボクはそれを受け取りながら、何気なく問いかけた。

「このタレは何を使っているんだい? 色と匂い的に醤油を使っているのは間違いないと思うけど」

 女性はボクの質問に、再びきょとんとした。仮面をつけて街をうろついている、言ってしまえば怪しい少女にそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。

 少し間を置いてから、女性は答えた。

「そうよ。醤油に砂糖とバッカスの酒を加えて作ったタレよ。それにしても、醤油を知っているなんて、あなた、異世界料理に詳しいのかしら?」

「まあ、多少はね。知り合いが異世界料理を出す食堂をやっているのでね……それでは、いただくとしようじゃないか」

 ボクの仮面は顔の全体を覆うタイプだが、口の周りだけ取り外すことが出来る仕様になっていた。その部分を取り外し、買ったばかりの魚を頬張った。

「うん。美味しい」

「それは良かったわ。 あ、その様子だと、この街に来たのは初めてよね?」

「そうだけど」

「今は森に近づいちゃダメよ。最近、かなり危険な魔物が住み着いて、討伐にいったこの街のギルドの冒険者が八人犠牲になっているの。町長がもっと大きな街の冒険者ギルドに討伐依頼を出していて……」

「ああ。知っているよ。だから、ボクが来たのさ」

 十本の串焼きをあっという間に食べ終わってからそう言うボクに対し、またもあっけにとられる女性。危険な魔物の討伐に来るのが、こんな少女だと思わなかったのだろう。こういう反応もまたボクにとってはいつものことだった。

「さて、ご飯も食べたし、早速仕事に取り掛かろうじゃないか」

「……本当に大丈夫なの?」

「無論さ。ボクは『猫面』。どんな魔物にも恐れず立ち向かい、決して負けない最強の冒険者なのだよ。覚えておきたまえ。……あ、魚、ごちそうさま」

 取り外していた仮面の口元部分を装着しながら礼を言い、ボクは目的地の森へと向かった。

 街から少し外れたところにある森に入るなり、目を閉じて精神を集中させた。その後、大きく目を見開いた。瞬間、森の中の様子が一気にボクの頭の中へと流れ込む。

 ボクが持ついくつかの魔法の一つ、【サイトロケーション】だ。頭に流れ込んでくる情報の処理の為、だいぶ体力を使うデメリットがあるものの、目的の相手を探して闇雲にうろつくよりは消耗を抑えられるのだ。

【サイトロケーション】で得た情報を頼りに、討伐対象の元へ最短距離で進んだ。

 そして、ボクは――。

「ふむ。はじめて見る魔物だね。スパイダー属の何かとは聞いているけど」

 自分の身体の二、三倍ほどの大きさの白い蜘蛛の魔物を見つけた。

 その風貌はギルドで見た依頼書に書いてあった通りのモノだった。蜘蛛は、捕らえたばかりなのであろう狼をバリバリと音を立てながら食らっていた。蜘蛛の口元から狼の血が滴となって垂れ落ちていた。

 あまりの光景に、ボクは仮面の下の顔をしかめた。

「うえっ……嫌なものを見ちゃったよ」

 ボクは仮面の位置を調整しながら、ぶつぶつと呟いた。

 と、蜘蛛がボクの存在に気付いた。次なる獲物にしようと、勢いよく飛び掛かってきた。

 息を大きく吐き出してから、ボクは右手を前に突き出した。

「【バリアントソード】!」

 手元に、黒い長剣が現れた。ボクはその剣で覆いかぶさろうとしてきた蜘蛛の身体を下から突き刺した。

「ギャァァァァム!」

 蜘蛛が苦悶の声を上げた。そのまま蜘蛛に刺した剣を勢いよく振り下ろすと、蜘蛛の身体は真っ二つに切り裂かれた。

 二つに分かれた蜘蛛の身体は体液の雨をボクの上に降らした後、どさりと地面に落ちた。

「ああ、もう、最悪だ」

 剣を空へとかき消した後、ボクは仮面の下の眉をひそめた。仮面や服が汚れてしまった上、仮面の隙間から入ってきた液が目に入ってしまった。
 本当ならば、魔物が出そうな場所で仮面を外したくなかったけれど、このまま放っておいて失明でもしたら大変だ。

 そう思い、ボクが仮面を外して顔を拭った時だった。

 白い糸がめがけて飛んできた。糸が身体に触れるギリギリで、わたしは転がるようにしてそれを回避した。

 立ち上がるわたしの前に、二匹目の白い蜘蛛が姿を現した。

 同胞を殺されて怒っているのか、赤い八つの目をギラつかせ、牙をカチカチと鳴らしていた。

「あばばばばば……」

 わたしはその場に立ちすくんだ。

 蜘蛛糸を避ける時、わたしは手にしていた仮面を落としてしまっていた。

 それはわたしにとって致命的だった。

 わたしは幼い頃から異常なまでの魔力を持っていた。そのおかげで何人もの犠牲者を出している危険な魔物も一瞬で倒すことができる程には強い。

 けれど、その実力を発揮できるのは仮面をつけている時だけなのだ。

 今から七年前、わたしが十歳の時、目の前で両親が魔物に殺された。
 わたしは運良く助かったけれど、その時のトラウマで、わたしは魔物を目の前にすると動けなくなってしまうのだ。

 けれど、仮面をつけて自分に暗示をかけ、『猫面』として振舞っている間だけ、魔物と戦うことができた。

 暗示が解け、動けなくなったわたしの足首に蜘蛛が吐き出した糸が絡みついた。

 そのまま、わたしの身体は蜘蛛の元まで引きずり込まれ、木に張り付けられた。

 蜘蛛の牙が、音を鳴らしながらわたしの眼前に迫ってきた。

 不意に、両親が魔物に殺される瞬間が頭に浮かんできた。途端にわたしはわずかに残っていた抵抗する気力を失った。

 ――いいか、もう。
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