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3章 動きはじめた運命

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 あくる日、椿は美琴の表情が少し浮かない様子であることに気がつき声をかけた。

「どうかしたの? 美琴様。少しお元気がないような。疲れてしまいましたか?」

 美琴も当矢ばかりに頑張ってもらうわけにはいかないからと、毎日のように遠山家に足しげく通っては一通りの家事全般を学んでいる。
 これからは令嬢としての暮らしではなくなるのだから何でもできるようにならなければ、と。

 あまり根を詰めないようにと気を付けてはいたのだが、どこかで無理をさせてしまったろうかと椿は心配になる。

「いいえ、そうではないのです。ただ……私にももっと何かできることはないかと。けれど私にできることなんてたかが知れていますし」

 きっと、会えない寂しさも募っているのだろう。
 同じ屋敷にいるとはいえ、まだ婚約も許されていないのだからと必要以上に会わないと二人は約束しあっているのだから。

 時折和真から聞いた当矢の様子などを美琴にできるだけ伝えるようにはしているけれど、会えずにいることが辛いのかもしれない。

 椿はしばし思案した。何か自分にできることはないだろうか、と。もちろん椿は会おうと思えば姉弟なのだから遠慮する必要もないのだけれど、美琴はそうはいかないのだし。

「では、こういうのはいかがでしょう? たとえば、夜ぐっすり眠れるように安眠効果のあるハーブを使ったサシェを作ってプレゼントするとか。あとは、滋養のある夜食などを作って差し入れるとか。もちろん夜は美琴様はお帰りになられたあとですから、何か一筆お手紙を添えてお渡しすれば、きっと喜ばれるのではないかしら」

 サシェの材料ならば、遠山家の庭園でいくつも育てているハーブや花を乾燥させてとってあるし、色々な効用のあるサシェが作れるはずだ。
 夜食も、さっと温め直して差し入れられるものなら事前に二人で作っておけば良いのだし。

「それはいい案ですわ! サシェ……は私作ったことがないので、ぜひ作り方を教えてくださいませ。お夜食なら、私と当矢が子どもの頃体調を崩した時などによく作ってもらったスープのレシピがありますの。それなら当矢も大好物です!」
「それはいいわね。きっと喜んでくれますわ。ぜひ私にも、そのレシピを教えてくださいな。サシェに関してはお任せください。私、サシェを作るのが趣味なんです」

 すっかり美琴の顔に明るい表情が浮かんでいるのを見て、椿はほっとした。
 二人顔を見合わせて、ふふっと笑い合う。

「じゃあ早速、スープの材料があるかどうか確認しないと。あと、サシェはどんな効用のものにしましょうか。色々ありますよ。えーと、たとえば安眠の他には気持ちを和らげる鎮静効果のあるものとか、逆に気分をすっきりさせて集中力を高めたり……」

 ハーブには詳しくない美琴が、椿の説明に興味深そうに聞き入る。
 椿は椿で、趣味といってもいいハーブについてこうも真剣に話を聞いてもらえたことでまるで趣味仲間ができたようで嬉しい。

「集中力、というのもいいですけれど、それはどちらかというと商談本番などに渡したいわね。となると今はきっと疲れているでしょうから、ぐっすり眠れるよう安眠効果のあるものか、もしくは鎮静効果のあるものでしょうか……。迷ってしまいますわね」
「なら、商談の時には集中力を高めるサシェを作ってお渡ししましょうか。今回は、実際にハーブを組み合わせて香りをかいでから決めたらいいわ。好きな香りかどうかもとても大事なんですよ」

 椿の説明にふむふむとうなずきながら、美琴は興味深げに目を輝かせている。
 
「どんなものが出来上がるのか、とても楽しみです。お友だちとこうしてわいわい悩みながら計画するのって、楽しいですわね」
「本当に。なんだかわくわくします。さ、まずは先に厨房へ行って材料を確認してきましょう。足りないものがあるようなら用意しなくてはいけませんもの」



 椿は美琴と話すうちに、心の中にあった小さな不安が薄れていく気がしていた。

 エレーヌという名のゴダルドの娘が晩餐に訪れると聞き、和真の含みのある言い方にどこか不安を拭えずにいたのだ。
 そのエレーヌという少女が目に見えない変化、あまり嬉しくない心をざわつかせるような嫌な何かをもたらすような気がして。

 けれどそんな気持ちも、美琴と明るい計画を立てているうちにすっかり霧が晴れたようだった。


 きっとうまくいく。
 晩餐当日は、ゴダルドという方の国のデザートでも作っておもてなしをしよう。
 喜んでくださるかは分からないけれど、少しは自分もこの遠山家の役に、頑張る和真と当矢の役に立ちたいのだ。

 なんだか心の中から力がわいてくるような明るい気持ちに、椿の頬は自然と緩むのだった。



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