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階段で転落しかけたダナを助けた後、アントニアがダナと話をしてわかったことは、本人が申告した通り、確かに呪いがかけられているということだった。
自動的におっとりとした口調になる。ドジっ子属性になる。男性からは好意をもたれやすくなり、また女性からは嫌われやすくなる。
もしもダナが異性にちやほやされることを喜ぶタイプであれば、これは呪いではなく、祝福だったのかもしれない。しかし人並みに育ってきた年頃の少年にとっては、異性に蛇蝎のごとく嫌われ、同性に追いかけ回される状況は悪夢でしかなかったのだった。
「けれど、何の知識もない一般女性がこんな高度な呪いを我が子にかけるなんて……」
「生まれたとき……いいえ、もしかしたら生まれる前から僕に話しかけていたのかもしれません」
言葉と想いは、本人が考えるよりもずっと強い力を持つ。
ダナの母親は、なぜかこの世界を「物語」の世界だと認識しているようであった。そう思い込まなければ、生きてこれなかったのかもしれない。
本人の言葉を信じるならば、裕福で愛情溢れる恵まれた上流家庭に生まれた彼女が、突然野盗にさらわれ、人買いに売り飛ばされたというのだから。心優しい現在の夫に買われたとはいえ、妾として暮らす中で鬱屈したものを抱えることも多かっただろう。生まれた息子を「娘」として育てるくらいには、彼女は別の世界に救いを求めていた。そして母親から逃れようとする息子を、自身に縛りつけていたのだ。
「ダナ、私に対しては敬語で話す必要はないと言っているでしょう?」
「でも、アントニアだって……」
「私のこれは、癖のようなものですから。ほら、ダナ、いつもみたいに可愛らしいおしゃべりを聞かせて?」
「もう、アントニア。ちょっと離れてよ。僕、汗まみれでちょっと臭いから」
「あら、私はあなたよりも汗まみれですが。臭い私はお嫌いですか?」
「アントニアはいつもいい香りだよ」
「じゃあ、あなたも大丈夫ですよ」
今までどんな努力をしても呪いに打ち勝てなかったダナだが、アントニアの助言通り筋トレを始めると状況は一変した。トレーニングの相棒としてダナの隣にいたアントニアだが、いつしかふたりはそれ以上の関係となり、晴れて人生のパートナーに落ち着いたのだった。
なおアントニアを鍛え上げた彼女の父親を納得させたものであり、ダナの筋肉は相当なものである。
すすすとふたりの影が近づき……。
「だから、いちゃつくなら、俺の前以外でやれと言っているだろうが!」
「人前では清く正しい疑似姉妹関係ですので」
「だったら、さっさとダナの性別を公表したらいいだろうが」
「アントニア、僕は別に構わないよ。多少奇異の目で見られても。君には迷惑をかけることになるかもしれないけれど……」
イグネイシャスとダナの言葉に、心外だと言わんばかりにアントニアが唇をとがらせた。
「まあ、殿下ったら何をおっしゃるのです。今でもこんなに可愛らしいのに、ダナが素敵な男性だとわかったら、競争率が無駄に上がるでしょう」
「心配し過ぎだ。俺にすら婚約者がいないというのに、男爵令嬢……令息か?のダナに向かってそうそう婚姻希望のものなど……」
「ダナ、また男女問わず恋文をもらっていましたね。こちらで確認するので、渡してくださいね」
「俺でさえ受け取ったことがないというのに、どうしてダナが!」
「あの、僕はもらったと言ってもアントニアほどではないですので。アントニアは毎日持ちきれないほど、花や手紙などを頂いていますよ」
「許せん! さっさと性別とお前たちの関係を公表しろ!」
「ダナは私の婿になることが決まっておりますので、つつがなく学園生活を送るためにもこのままでいかせていただきます。それに他の方の性癖を歪めせてしまってもいけませんし」
「お前を始めとして、たいていの人間はもう取り返しがつかんのだ。さっさと俺に平穏な生活を返してくれ」
血の涙を流す王太子はさらなる高みを目指すべく、バニラ味のプロイテインを勢いよく飲み干すのだった。
自動的におっとりとした口調になる。ドジっ子属性になる。男性からは好意をもたれやすくなり、また女性からは嫌われやすくなる。
もしもダナが異性にちやほやされることを喜ぶタイプであれば、これは呪いではなく、祝福だったのかもしれない。しかし人並みに育ってきた年頃の少年にとっては、異性に蛇蝎のごとく嫌われ、同性に追いかけ回される状況は悪夢でしかなかったのだった。
「けれど、何の知識もない一般女性がこんな高度な呪いを我が子にかけるなんて……」
「生まれたとき……いいえ、もしかしたら生まれる前から僕に話しかけていたのかもしれません」
言葉と想いは、本人が考えるよりもずっと強い力を持つ。
ダナの母親は、なぜかこの世界を「物語」の世界だと認識しているようであった。そう思い込まなければ、生きてこれなかったのかもしれない。
本人の言葉を信じるならば、裕福で愛情溢れる恵まれた上流家庭に生まれた彼女が、突然野盗にさらわれ、人買いに売り飛ばされたというのだから。心優しい現在の夫に買われたとはいえ、妾として暮らす中で鬱屈したものを抱えることも多かっただろう。生まれた息子を「娘」として育てるくらいには、彼女は別の世界に救いを求めていた。そして母親から逃れようとする息子を、自身に縛りつけていたのだ。
「ダナ、私に対しては敬語で話す必要はないと言っているでしょう?」
「でも、アントニアだって……」
「私のこれは、癖のようなものですから。ほら、ダナ、いつもみたいに可愛らしいおしゃべりを聞かせて?」
「もう、アントニア。ちょっと離れてよ。僕、汗まみれでちょっと臭いから」
「あら、私はあなたよりも汗まみれですが。臭い私はお嫌いですか?」
「アントニアはいつもいい香りだよ」
「じゃあ、あなたも大丈夫ですよ」
今までどんな努力をしても呪いに打ち勝てなかったダナだが、アントニアの助言通り筋トレを始めると状況は一変した。トレーニングの相棒としてダナの隣にいたアントニアだが、いつしかふたりはそれ以上の関係となり、晴れて人生のパートナーに落ち着いたのだった。
なおアントニアを鍛え上げた彼女の父親を納得させたものであり、ダナの筋肉は相当なものである。
すすすとふたりの影が近づき……。
「だから、いちゃつくなら、俺の前以外でやれと言っているだろうが!」
「人前では清く正しい疑似姉妹関係ですので」
「だったら、さっさとダナの性別を公表したらいいだろうが」
「アントニア、僕は別に構わないよ。多少奇異の目で見られても。君には迷惑をかけることになるかもしれないけれど……」
イグネイシャスとダナの言葉に、心外だと言わんばかりにアントニアが唇をとがらせた。
「まあ、殿下ったら何をおっしゃるのです。今でもこんなに可愛らしいのに、ダナが素敵な男性だとわかったら、競争率が無駄に上がるでしょう」
「心配し過ぎだ。俺にすら婚約者がいないというのに、男爵令嬢……令息か?のダナに向かってそうそう婚姻希望のものなど……」
「ダナ、また男女問わず恋文をもらっていましたね。こちらで確認するので、渡してくださいね」
「俺でさえ受け取ったことがないというのに、どうしてダナが!」
「あの、僕はもらったと言ってもアントニアほどではないですので。アントニアは毎日持ちきれないほど、花や手紙などを頂いていますよ」
「許せん! さっさと性別とお前たちの関係を公表しろ!」
「ダナは私の婿になることが決まっておりますので、つつがなく学園生活を送るためにもこのままでいかせていただきます。それに他の方の性癖を歪めせてしまってもいけませんし」
「お前を始めとして、たいていの人間はもう取り返しがつかんのだ。さっさと俺に平穏な生活を返してくれ」
血の涙を流す王太子はさらなる高みを目指すべく、バニラ味のプロイテインを勢いよく飲み干すのだった。
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