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乙女ゲームの世界

新たな決意

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しばらく木陰で華僑と休憩していると、兄が焦った様子で、海の家から飛び出してきた。
その後ろには二条の姿と……立花さくらの姿も見える。
彼女が私の視界へ入ると、私は咄嗟に華僑の背中に隠れた。
華僑は私を庇うように前に足を踏み出すと、兄と二条へ話しかける。
彼らが話す隣で、私をじっと見据える立花の姿に、私は小さく体を震わせていた。
どうして……そんなに見るのぉ。

そんな中、日華先輩や奏太に花蓮、香澄と海の家から出てくると、海水浴客達がザワザワと騒ぎ始める。
(ねぇねぇ、見て、あそこ!イケメン揃い!)
(ちょっ、めっちゃレベル高くない?)
(女の子も美人だし、どこかのモデルさんかな?)
(目の保養だわ……)
(やばぁっ、あの子めっちゃ可愛くねぇ!?)
(俺はその隣の綺麗めな子がいいなぁ)

そんな声が聞こえてくる中、私は話し込む皆を余所に、その場から逃げるようにジリジリと後退る。
兄に気づかれ逃げる前に捕まえられると、気が付けば周りに人が集まっていた。
騒がしい様子に、海の家から千歳さんが怒った様子でやってくると、私たちは屋敷へと戻ることになった。

海の家を去る際、二条と立花はとても親しくなった様子で、二条は親しみのある笑みを浮かべながら、手を振っていた。
そんな二条の姿に、また私の胸の奥がチリチリと痛む。
今を楽しもう、そう二条は言ってくれたじゃない。
こんな痛みに一喜一憂していても良いことなんてない。
私は痛みを振り払うように大きく首を振ると、しっかり前を見据える。
立花さくらが視界に入ると、私は目をそらせる事無く、無理矢理頬を上げ笑顔を見せたのだった。

皆でプライベートビーチへ戻ると、先ほどの人込みが嘘だったかのように、海鳥の鳴き声と波の音が混じり、耳にとどく。
オレンジ色に染まる海は綺麗で、だけど……どこか寂しい気持ちになってくる。
私は一度大きく息を吸い込むと、前を歩く皆の姿を眺めた。

いつか立花さくらに全て奪われてしまうかもしれない……。
でも……それでも私はみんなと一緒に居たい。
だからこれからは、しっかり前を向こう。
私の元から離れていくとき、ちゃんと笑っていられるために、今を大切に過ごそう。
そうすればきっと大丈夫。
不安だの恐怖心なんて怖くない。
私は絶対悪役になんてならないんだから。

別荘へ到着すると、すでに夕食の準備が始まっていた。
各自、自室へと戻る中、後ろから声を掛けられ、私は足を止めた。
徐に振り返ると、華僑が私の傍へ心配そうな様子で駆け寄ってくる。

「一条さん大丈夫ですか?あの……二条君は只彼女と普通に話していただけで……友人程度にしか思っていませんよ」

「えっ!?私は大丈夫よ。……どうして?」

私は華僑の言葉に首をかしげていると、彼は気まずげに頭を垂れた。

「あぁいえ……気にしていなければいいんです。只今日海の家で、あなたが二条君と立花さんを苦しそうに見ていた気がしたので、一応お伝えしておこうかと思っただけなんです」

「あぁ……。あれは……なんだか自分でもよくわからなくて……。でももう大丈夫、私は今を楽しむ事に決めたの」

そう華僑へ笑みを浮かべると、彼はよくわからないといった様子で首を傾げる。
そんな華僑をそのままに、私はしっかり前を向くと、自分の部屋へと戻っていった。

部屋に入ると、大きな窓から夕日が差し込んでいた。
薄暗い部屋の中、私は電気をつけずそのまま脱衣所へと足を進める。
脱衣所から出ると、夕日の光は弱まり、夜が始まろうとしていた。

ふとノックの音に振り返ると、私は声をかけ、そっと扉を開ける。
扉の先には心配そうな表情をした、花蓮の姿があった。

「花蓮さん、どうぞ中へ入って」

花蓮を招き入れると、彼女は恐縮した様子で部屋へと足を進める。
私はポットからお湯を出すと、部屋に用意されていた紅茶の葉を入れ、カップへそそぎ入れた。
私の紅茶を入れる姿に、慌てた様子で手伝おうとした花蓮を椅子へ座らせると、カップを並べ、私は彼女の向かいに腰かけた。
紅茶の香りが鼻を擽る中、私はそっとカップを持ち上げる。

「ありがとうございます。あの……お体は大丈夫ですか?顔色が優れないように見えたので……」

「えぇ、心配をかけてごめんなさい。もう大丈夫よ」

私の言葉に花蓮は押し黙るように頭を垂れると、静寂が二人を包み込んだ。
どうしたんだろう……席を立つ様子もないし……うーん。
ここは聞いた方が良いのかな、いやぁでも……急かすのもなぁ……、話すまで待った方が良いのかなぁ。
口を閉ざす花蓮に視線を向けると、彼女は何か思い悩む素振りを見せる。
そんな彼女の様子に、私も口を閉ざすと、花蓮の出方を待った。

長い沈黙の中、ようやく花蓮が顔を上げると、小さく口を開く。

「あの……彩華様……、こんな事を言って余計な心配をかけてしまうかもしれません……でもお伝えしておかなければと、そう考え今日はこちらへ伺いました」

彼女の只ならぬ様子に、私は姿勢を正すと、しっかり花蓮に視線をあわせる。

「どうしたの?」

「あの……奏太の事なんです。今回奏太がついてくることになったのは、監視の意味も込めて……一条様の提案だったんです。今までの経緯を、一通り一条様には話しておりまして……。彩華様にはお伝えしていませんでしたが、立花さくらを忘れたはずの奏太が、時々あの頃のように無機質になってしまう事があるんです。だから今回……奏太を置いておくよりは、一条様の目がある方が安心だと。一条様には、この事を彩華様には秘密してくれ、と言われておりました。余計な心配をかけてしまうからと……。でも今日海の家で、あの女に会って……奏太の様子がおかしくて……。彩華様は気が付いていなかったと思いますが、奏太が彩華様に向ける視線に、敵意を感じたんです。まるで……積年の恨みがあるかのような……」

私は花蓮の言葉に大きく目を見開くと、小さく唇を噛んだ。
自分のことばかりで忘れていたけれど、奏太君が彼女の一番の被害者。
だけど奏太君は彼女に惚れていたはずなのに……私に告白をして……。
どう考えてもおかしい。
なら奏太君はまだ立花さくらの事が好きで、そんな彼女が敵対する私の存在を見張っている?
まさか……いやいや、考えすぎでしょ……。

様々な思いが脳裏を駆け抜けていく中、花蓮は申し訳なさそうに頭を下げる。
私はそっと立ち上がると、彼女の傍へ足を進め肩をそっと抱いた。

「教えてくれてありがとう。私も奏太君の事に注意を払うわ。さぁゆっくり休んで」

私は再度ありがとうと深い礼を取ると、部屋を出て行く花蓮を見送った。
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