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第四章
探しものは
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そうして翌日、今日はステラに用事があるという事で、魔法の訓練はお休みとなった。
だが彼女の言っていた移転魔法はすでに習得しているのですから、そろそろこの訓練も終わりでしょう。
終われば……私に婚約者がというくだらない噂も、風化していくはずです。
私は久しぶりに朝から仕事場へと向かうと、さすが文官、書類整理や事務処理は綺麗に片づけられていた。
また新たに入った処理を行っていく中、シモンのおかげ……後は邪魔をするアーサーが居ない為、少し早めに仕事を切り上げることが出来ると、私は帰り支度をし、部屋を後にする。
いつも仕事が終わると、夜は更けているのだが……徐に窓の外へ目を向けてみると、まだ日が沈んだばかりだった。
夕日がまだ少し地平線に見え、暗くなっていく空を、赤紫に色に染め上げている。
その景色に私は一人王宮を出ると、城から見える広場へと魔法を展開していった。
移転魔法で広場へ姿を現し、何もない緑あふれる芝生をしっかりと踏みしめると、心地よいそよ風が駆け抜けていく。
誰もいない広場には自然の音が響きわたり、心が落ち着いていく。
大きく息を吸い込み、一歩足を踏み出してみると、足元にキラリと光る何かが映り込んだ。
そっと手を伸ばし拾い上げてみると、それは小さなシルバーリングだ。
大分前からここにあったのだろうか……リングは土ぼこりを被り、シルバー本来の輝きが失われている。
私は魔法でリングを洗浄し、それを眺めてみると、裏側に……何か文字が彫られていた。
目を凝らしてよく見てみると、そこに刻まれた文字は……私の知らない言葉だ。
珍しい文字を観察していると、どこからか足音が耳に届いく。
その足音に私はリングを慌ててポケットへ入れると、顔をあげた。
「エヴァン、こんなところで何をしているんだい?」
よく知る声に振り返ると、そこには白いローブ姿の師匠が佇んでいた。
短髪のブロンドヘヤーに澄んだターコイズの瞳が、月明かりに照らされ輝いている。
「私は……少し外の空気を吸いたくなりまして。師匠はどうしてこちらへ?」
師匠は優し気に笑うと、顔を上げ、空に浮かぶ月をそっと見上げた。
「なんだか月が赤いような気がしてね。紅月はまだまだ先のはずなんだけれど……」
つられるようにそっと顔を上げてみると、金色の月に薄っすらと赤みがさしていた。
「本当ですね……。珍しい、何かの前兆でしょうか?」
そう不安げに言葉を漏らすと、師匠はどうだろうね……と小さく呟いた。
虫の声が耳に届く中、二人で満天の空を見上げると、師匠が徐に私へ顔を向ける。
「ところでエヴァン、最近よくステラお嬢さんと一緒に居るみたいだけど、ようやく婚約者を見つけたのかな?」
またそれですか……っっ。
師匠の嬉しそうな姿に、私は慌てて口を開いた。
「違います!あれは……シモン殿に頼まれて、魔法を教えているだけです。彼は妹君を溺愛しておりますからね。無下に出来ません!」
そう強く言い返すと、師匠は肩を揺らして笑い始める。
「ははっ、そうだったんだね。でもこれも何かの縁。ステラお嬢さんは、いい子だと思うよ。女性が苦手だとしても、エヴァンもそろそろ婚約者を作った方いいんじゃないかな。あぁ~でもだからかぁ、最近エヴァンの様子がおかしいとは、思っていたんだ」
師匠の言葉に私は真剣な表情を浮かべると、ターコイズの瞳へ視線をあわせた。
「……いえ、それもありますが……。最近私自身がおかしいのです。行った事もない場所に既視感を感じたり、良く知る風景に……なぜか未視感を感じたり、後……どうしようもない焦燥感のようなものが襲ってくる。師匠はこういった経験はありますか?」
そう問いかけてみると、師匠は優しい笑みを浮かべて見せた。
「俺にもあるよ。あれはたしか……16歳の時だったかな。突然に……何かが欠けたような、そんな焦燥感が毎日続いた。最初はね、ずっとその理由を探していたんだけれど、俺には見つけることが出来なかったんだ。そしていつ頃だろうか……そう感じる事もなくなったんだ。きっと何かが満たされてしまったんだろうね……」
師匠の言葉に私は口を閉ざすと、冷やされた風が私たちの間を吹き抜けていく。
シーンと静まり返った静寂の中、《探す》という単語が喉の奥につっかえた。
そうだ探さないと……。
絶対に見つけ出さなければいけない。
でも一体何を……?
私は何を……探しているんだ?
でも必ずその何かを……そう決意したはず。
胸の奥から強い思いがこみ上げてくると、拳に自然と力が入っていく。
「師匠ありがとうございます。私も探してみることにします」
そうはっきりと言葉にすると、胸の奥につっかえていたシコリが、少し和らいだ気がした。
「それなら、明日セーフィロ王子が聖獣を城へ召喚するようだよ。機会があれば、彼にも聞いてみるといい。彼はこの世界を守る存在だ、何かヒントを得られるかもしれないよ」
「聖獣……ネイト殿ですか?」
師匠はそう笑みを深めコクリと頷くと、軽く手を振り私へ背を向け去っていった。
だが彼女の言っていた移転魔法はすでに習得しているのですから、そろそろこの訓練も終わりでしょう。
終われば……私に婚約者がというくだらない噂も、風化していくはずです。
私は久しぶりに朝から仕事場へと向かうと、さすが文官、書類整理や事務処理は綺麗に片づけられていた。
また新たに入った処理を行っていく中、シモンのおかげ……後は邪魔をするアーサーが居ない為、少し早めに仕事を切り上げることが出来ると、私は帰り支度をし、部屋を後にする。
いつも仕事が終わると、夜は更けているのだが……徐に窓の外へ目を向けてみると、まだ日が沈んだばかりだった。
夕日がまだ少し地平線に見え、暗くなっていく空を、赤紫に色に染め上げている。
その景色に私は一人王宮を出ると、城から見える広場へと魔法を展開していった。
移転魔法で広場へ姿を現し、何もない緑あふれる芝生をしっかりと踏みしめると、心地よいそよ風が駆け抜けていく。
誰もいない広場には自然の音が響きわたり、心が落ち着いていく。
大きく息を吸い込み、一歩足を踏み出してみると、足元にキラリと光る何かが映り込んだ。
そっと手を伸ばし拾い上げてみると、それは小さなシルバーリングだ。
大分前からここにあったのだろうか……リングは土ぼこりを被り、シルバー本来の輝きが失われている。
私は魔法でリングを洗浄し、それを眺めてみると、裏側に……何か文字が彫られていた。
目を凝らしてよく見てみると、そこに刻まれた文字は……私の知らない言葉だ。
珍しい文字を観察していると、どこからか足音が耳に届いく。
その足音に私はリングを慌ててポケットへ入れると、顔をあげた。
「エヴァン、こんなところで何をしているんだい?」
よく知る声に振り返ると、そこには白いローブ姿の師匠が佇んでいた。
短髪のブロンドヘヤーに澄んだターコイズの瞳が、月明かりに照らされ輝いている。
「私は……少し外の空気を吸いたくなりまして。師匠はどうしてこちらへ?」
師匠は優し気に笑うと、顔を上げ、空に浮かぶ月をそっと見上げた。
「なんだか月が赤いような気がしてね。紅月はまだまだ先のはずなんだけれど……」
つられるようにそっと顔を上げてみると、金色の月に薄っすらと赤みがさしていた。
「本当ですね……。珍しい、何かの前兆でしょうか?」
そう不安げに言葉を漏らすと、師匠はどうだろうね……と小さく呟いた。
虫の声が耳に届く中、二人で満天の空を見上げると、師匠が徐に私へ顔を向ける。
「ところでエヴァン、最近よくステラお嬢さんと一緒に居るみたいだけど、ようやく婚約者を見つけたのかな?」
またそれですか……っっ。
師匠の嬉しそうな姿に、私は慌てて口を開いた。
「違います!あれは……シモン殿に頼まれて、魔法を教えているだけです。彼は妹君を溺愛しておりますからね。無下に出来ません!」
そう強く言い返すと、師匠は肩を揺らして笑い始める。
「ははっ、そうだったんだね。でもこれも何かの縁。ステラお嬢さんは、いい子だと思うよ。女性が苦手だとしても、エヴァンもそろそろ婚約者を作った方いいんじゃないかな。あぁ~でもだからかぁ、最近エヴァンの様子がおかしいとは、思っていたんだ」
師匠の言葉に私は真剣な表情を浮かべると、ターコイズの瞳へ視線をあわせた。
「……いえ、それもありますが……。最近私自身がおかしいのです。行った事もない場所に既視感を感じたり、良く知る風景に……なぜか未視感を感じたり、後……どうしようもない焦燥感のようなものが襲ってくる。師匠はこういった経験はありますか?」
そう問いかけてみると、師匠は優しい笑みを浮かべて見せた。
「俺にもあるよ。あれはたしか……16歳の時だったかな。突然に……何かが欠けたような、そんな焦燥感が毎日続いた。最初はね、ずっとその理由を探していたんだけれど、俺には見つけることが出来なかったんだ。そしていつ頃だろうか……そう感じる事もなくなったんだ。きっと何かが満たされてしまったんだろうね……」
師匠の言葉に私は口を閉ざすと、冷やされた風が私たちの間を吹き抜けていく。
シーンと静まり返った静寂の中、《探す》という単語が喉の奥につっかえた。
そうだ探さないと……。
絶対に見つけ出さなければいけない。
でも一体何を……?
私は何を……探しているんだ?
でも必ずその何かを……そう決意したはず。
胸の奥から強い思いがこみ上げてくると、拳に自然と力が入っていく。
「師匠ありがとうございます。私も探してみることにします」
そうはっきりと言葉にすると、胸の奥につっかえていたシコリが、少し和らいだ気がした。
「それなら、明日セーフィロ王子が聖獣を城へ召喚するようだよ。機会があれば、彼にも聞いてみるといい。彼はこの世界を守る存在だ、何かヒントを得られるかもしれないよ」
「聖獣……ネイト殿ですか?」
師匠はそう笑みを深めコクリと頷くと、軽く手を振り私へ背を向け去っていった。
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