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第一章
閑話:彼女が消えない世界5
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彼女の喘ぎ声が聞こえなくなり、私はようやく我に返った。
グッタリと体を預ける彼女をそっと持ち上げると、優しく抱きしめる。
「すまない……」
彼女は深く呼吸を繰り返すが……もちろん返事は返ってこない。
私はそんな彼女の体を、ギュッと強く抱きしめた。
「やはり彼女の声は良いですね……聞いているだけで、興奮してきます」
魔導師は徐に牢へと近づいてくると、開け放たれた扉を潜ってくる。
「お前は……一体何がしたいんだ」
「……それはお答えできませんが……とりあえずあなたの役割はここで終わりです。どうぞ森へお帰りください」
そう話すと、魔導士はサッと杖を振り上げ、転移の呪文を唱え始める。
私もすぐに対抗する為、呪文を唱えようとするも……なぜか魔力が発動しない。
「ふふ、無駄ですよ。あなたの魔力は、彼女に吸収されていますからね……」
衝撃的な言葉が耳に届いた瞬間、目の前が光に包まれた。
「くそっ、……」
私は小さく舌打ちをすると、魔法に抗う事も出来ないまま、腕に抱く彼女の姿が薄れていった。
気が付くと、私は良く知る洞窟の中に佇んでいた。
外は太陽が沈み、洞窟内は暗闇に包まれている。
ふと何の重みも感じない自分の手元へ視線を向けると、先ほどまで抱きしめていた、愛しい彼女の姿を探した。
居るはずのない彼女の姿を追い求める中、私は拳を強く握りしめると、獣の姿に戻り、彼女と一緒に寝ていた藁の中へと足を向ける。
今はない彼女の温もりを思い出すよう藁の上へ寝そべると、ゆっくり瞳を閉じた。
彼女が現れたあの日……ここ神聖なる森の中に、突然人間の気配を感じた。
また聖獣の力が欲しいと望む愚かな人間共が侵入してきたのか思い、私はすぐに洞窟を出て行った。
この世界の聖獣は人間とって強力な魔力の塊……。
人間自体にそれほど魔力がなくても、聖獣を使えば壮大な魔力を手に入れる事が出来る。
だが基本聖獣は人間を嫌い、常に人里離れた深い森の中で暮らしている。
それでも聖獣の力を手に入れようと、度々愚かな人間はこの地を訪れ、私を支柱に収めようと取引を持ち掛けてくるか、大人数で実力行使するか……どの世も変わらない。
私はうんざりする中、四足歩行で山を下り、人間の匂いを辿っていくと、目の前には寒さに震える少女の姿あった。
彼女はこの世界では見た事のない、漆黒の美しい髪に、吸い込まれそうな黒い瞳をしている。
何だこの人間は……?
私は慎重に彼女へ近づいていくと、彼女は私の姿に大きく体を跳ねさせ、ガタガタと震え始めた。
怯える彼女を見定めるように威嚇していると、女は震える唇を小さく動かす。
「私を食べても美味しくないよ……」
その言葉に私は目を丸くする中、じっと彼女の姿を眺めていた。
この女……まさか聖獣を知らないのか?
聖獣が人を食べるはずがない。
それよりも……この世界で聖獣を知らない人間はいないだろう。
なら……ただの愚かな田舎娘か……はたまた男に隔離され、無理矢理連れてこられたのか……。
だが……先ほどの突然現れた人間の気配……普通なら入る前に気が付くはずだ。
魔導師なら出来ないこともないだろうが……彼女からは微妙な魔力しか感じられない。
こいつを囮に私を捕えようとしているのか……?
私は他に仲間がいるのかと思い、周辺に意識を向けてみるが……人のいる気配はない。
ふと彼女に鼻先を寄せると、まだ馴染んでいない魔力を感じた。
ペロリと舌を出し彼女を舐めてみると、彼女から魔力が抜けていく。
この娘……他者から魔力を貰っているな……。
だが……この世界でそんな事を出来る人間がいるだろうか……?
不可思議な娘を目の前に、私はじっと彼女を観察していると、見慣れない服装に、ふとある可能性が頭をよぎった。
確か……人間の世界に召喚魔法があったな……。
だがあれは、動物であったり、物であったり……、人間を召喚するなんて聞いたことがないが……。
まさか……誰かがどこからか人間を召喚したのか……?
小刻みに体を震わせる娘を前に、私は再度女を見定めると、彼女は狼狽する様子を見せる。
夜が深まれば深まるほど、寒さがひどくなるだろう。
私を狙ってきたわけではなさそうだ……貴重な女の娘を、このままここに残しておくわけにはいかないか……。
そう結論に達すると、私は彼女を背に乗せ、急いで洞窟へと戻っていった。
洞窟へ戻ると、疲れていたのだろう……彼女はすぐに眠りに落ちた。
私は徐に人型に戻ると、彼女の髪を優しく撫でる。
基本、人を好きではない私が……なぜか彼女と居ると心が休まるのを感じる。
もっと話をしたい……そう思い人型になり、目覚めた彼女の元へ向かうと、彼女はひどく怯え、川の中へと逃げて行った。
そこで初めて……彼女が人に怯えている事実を知った。
それから私は人型になることはなく、彼女の傍では獣の姿で在りつづけた。
彼女の楽しそうに笑う姿に、初めて見る物に驚いた姿、故郷を惜しんで物思いにふける姿、私を慈しむように優しく撫でる姿……そんな喜怒哀楽な彼女に、私はどんどん惹かれていく。
私を見て欲しい……もっと話をしたいそう思うが……前の時の様に逃げられ、また川に逃げられ、死にかけてしまう事を考えれば、出来るはずがなかった。
ずっとこのまま一緒に居たい……そう改めて自覚すると、私はもっともっと彼女を欲しくなった。
だが人型になることもできない。
だから私は彼女の目を盗み、魔力を込めた《想いの実》を作った。
この実の事を知らない彼女は、きっと迷いなく食べてくれる。
そんな強かな気持ちを持って、私は《想いの実》を彼女にさしだした。
最初訝し気に見ていた彼女だが、食べてほしいと尻尾を振ると、小さな口でカブリとかぶりつく。
その姿に私の中の欲望が、満たされていくのがわかった。
私はあなたと共に……。
そう口にすると、獣特有の声が発せられ、彼女には伝わっていない。
彼女は何も知らぬまま笑みを浮かべ、私の毛並みを愛おしそうに撫でる中、これで彼女は私の物だと、自己満足に浸っていた。
そんな過去の思い出に身をゆだねる中、短い間だが……ずっと一緒にいた愛しい彼女の姿がぼやけてきた。
ふと目を開けると、洞窟の中に眩しい太陽の光が差し込んでいた。
いつも彼女の寝顔を眺め、食事を探しに向かうが……やはりどこを探しても、もう彼女の姿はない。
私はすぐに人型へ戻ると、自分の魔力が回復しているかを確認する。
小さく呪文を唱え、手の平を開けると、そこには小さな炎が浮かび上がった。
そのまま瞳を閉じ、洞窟に吹き抜ける風を感じると、私は愛しい彼女の姿を探した。
「あんな魔導師のすきにはさせない。……私が彼女を救い出すんだ」
そう口にすると、私は魔力を集め、笑みを浮かべる彼女の姿を思い浮かべると、転送魔法を起動させた。
グッタリと体を預ける彼女をそっと持ち上げると、優しく抱きしめる。
「すまない……」
彼女は深く呼吸を繰り返すが……もちろん返事は返ってこない。
私はそんな彼女の体を、ギュッと強く抱きしめた。
「やはり彼女の声は良いですね……聞いているだけで、興奮してきます」
魔導師は徐に牢へと近づいてくると、開け放たれた扉を潜ってくる。
「お前は……一体何がしたいんだ」
「……それはお答えできませんが……とりあえずあなたの役割はここで終わりです。どうぞ森へお帰りください」
そう話すと、魔導士はサッと杖を振り上げ、転移の呪文を唱え始める。
私もすぐに対抗する為、呪文を唱えようとするも……なぜか魔力が発動しない。
「ふふ、無駄ですよ。あなたの魔力は、彼女に吸収されていますからね……」
衝撃的な言葉が耳に届いた瞬間、目の前が光に包まれた。
「くそっ、……」
私は小さく舌打ちをすると、魔法に抗う事も出来ないまま、腕に抱く彼女の姿が薄れていった。
気が付くと、私は良く知る洞窟の中に佇んでいた。
外は太陽が沈み、洞窟内は暗闇に包まれている。
ふと何の重みも感じない自分の手元へ視線を向けると、先ほどまで抱きしめていた、愛しい彼女の姿を探した。
居るはずのない彼女の姿を追い求める中、私は拳を強く握りしめると、獣の姿に戻り、彼女と一緒に寝ていた藁の中へと足を向ける。
今はない彼女の温もりを思い出すよう藁の上へ寝そべると、ゆっくり瞳を閉じた。
彼女が現れたあの日……ここ神聖なる森の中に、突然人間の気配を感じた。
また聖獣の力が欲しいと望む愚かな人間共が侵入してきたのか思い、私はすぐに洞窟を出て行った。
この世界の聖獣は人間とって強力な魔力の塊……。
人間自体にそれほど魔力がなくても、聖獣を使えば壮大な魔力を手に入れる事が出来る。
だが基本聖獣は人間を嫌い、常に人里離れた深い森の中で暮らしている。
それでも聖獣の力を手に入れようと、度々愚かな人間はこの地を訪れ、私を支柱に収めようと取引を持ち掛けてくるか、大人数で実力行使するか……どの世も変わらない。
私はうんざりする中、四足歩行で山を下り、人間の匂いを辿っていくと、目の前には寒さに震える少女の姿あった。
彼女はこの世界では見た事のない、漆黒の美しい髪に、吸い込まれそうな黒い瞳をしている。
何だこの人間は……?
私は慎重に彼女へ近づいていくと、彼女は私の姿に大きく体を跳ねさせ、ガタガタと震え始めた。
怯える彼女を見定めるように威嚇していると、女は震える唇を小さく動かす。
「私を食べても美味しくないよ……」
その言葉に私は目を丸くする中、じっと彼女の姿を眺めていた。
この女……まさか聖獣を知らないのか?
聖獣が人を食べるはずがない。
それよりも……この世界で聖獣を知らない人間はいないだろう。
なら……ただの愚かな田舎娘か……はたまた男に隔離され、無理矢理連れてこられたのか……。
だが……先ほどの突然現れた人間の気配……普通なら入る前に気が付くはずだ。
魔導師なら出来ないこともないだろうが……彼女からは微妙な魔力しか感じられない。
こいつを囮に私を捕えようとしているのか……?
私は他に仲間がいるのかと思い、周辺に意識を向けてみるが……人のいる気配はない。
ふと彼女に鼻先を寄せると、まだ馴染んでいない魔力を感じた。
ペロリと舌を出し彼女を舐めてみると、彼女から魔力が抜けていく。
この娘……他者から魔力を貰っているな……。
だが……この世界でそんな事を出来る人間がいるだろうか……?
不可思議な娘を目の前に、私はじっと彼女を観察していると、見慣れない服装に、ふとある可能性が頭をよぎった。
確か……人間の世界に召喚魔法があったな……。
だがあれは、動物であったり、物であったり……、人間を召喚するなんて聞いたことがないが……。
まさか……誰かがどこからか人間を召喚したのか……?
小刻みに体を震わせる娘を前に、私は再度女を見定めると、彼女は狼狽する様子を見せる。
夜が深まれば深まるほど、寒さがひどくなるだろう。
私を狙ってきたわけではなさそうだ……貴重な女の娘を、このままここに残しておくわけにはいかないか……。
そう結論に達すると、私は彼女を背に乗せ、急いで洞窟へと戻っていった。
洞窟へ戻ると、疲れていたのだろう……彼女はすぐに眠りに落ちた。
私は徐に人型に戻ると、彼女の髪を優しく撫でる。
基本、人を好きではない私が……なぜか彼女と居ると心が休まるのを感じる。
もっと話をしたい……そう思い人型になり、目覚めた彼女の元へ向かうと、彼女はひどく怯え、川の中へと逃げて行った。
そこで初めて……彼女が人に怯えている事実を知った。
それから私は人型になることはなく、彼女の傍では獣の姿で在りつづけた。
彼女の楽しそうに笑う姿に、初めて見る物に驚いた姿、故郷を惜しんで物思いにふける姿、私を慈しむように優しく撫でる姿……そんな喜怒哀楽な彼女に、私はどんどん惹かれていく。
私を見て欲しい……もっと話をしたいそう思うが……前の時の様に逃げられ、また川に逃げられ、死にかけてしまう事を考えれば、出来るはずがなかった。
ずっとこのまま一緒に居たい……そう改めて自覚すると、私はもっともっと彼女を欲しくなった。
だが人型になることもできない。
だから私は彼女の目を盗み、魔力を込めた《想いの実》を作った。
この実の事を知らない彼女は、きっと迷いなく食べてくれる。
そんな強かな気持ちを持って、私は《想いの実》を彼女にさしだした。
最初訝し気に見ていた彼女だが、食べてほしいと尻尾を振ると、小さな口でカブリとかぶりつく。
その姿に私の中の欲望が、満たされていくのがわかった。
私はあなたと共に……。
そう口にすると、獣特有の声が発せられ、彼女には伝わっていない。
彼女は何も知らぬまま笑みを浮かべ、私の毛並みを愛おしそうに撫でる中、これで彼女は私の物だと、自己満足に浸っていた。
そんな過去の思い出に身をゆだねる中、短い間だが……ずっと一緒にいた愛しい彼女の姿がぼやけてきた。
ふと目を開けると、洞窟の中に眩しい太陽の光が差し込んでいた。
いつも彼女の寝顔を眺め、食事を探しに向かうが……やはりどこを探しても、もう彼女の姿はない。
私はすぐに人型へ戻ると、自分の魔力が回復しているかを確認する。
小さく呪文を唱え、手の平を開けると、そこには小さな炎が浮かび上がった。
そのまま瞳を閉じ、洞窟に吹き抜ける風を感じると、私は愛しい彼女の姿を探した。
「あんな魔導師のすきにはさせない。……私が彼女を救い出すんだ」
そう口にすると、私は魔力を集め、笑みを浮かべる彼女の姿を思い浮かべると、転送魔法を起動させた。
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