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第一章

30.名前を呼びたくて

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三度目の偶然が起きた。
目の前にはあの日以来合うことはなかったあの人が目の前にいる。


もう二度と会うことはないとないと思っていたのに。


「ローレンツ様」

「どうして僕の名前を…」

「えっ!」


しまった。
名乗ってもないのに知っていたら嫌かもしれない。

でもこんな時なんて言えばいいの?

ばあやに貰った友達を作る100のススメには書いていなかったわ。


「貴女の名前も教えてくださいませんか?」

「え?」

「約束しましたよね…次に会えたら教えてくれると。いや、違います。僕は君の名前を知りたい。君の名前を呼びたいから」


「えっ…ええ!」


なんてストレートな方。
私とは正反対で、まっすぐに言葉をぶつけられる。


「アドリア―ナです」

「綺麗な名前ですね」

「あっ、ありがとうございます」


恥ずかしくてまた顔を俯かせてしまう私は悪い癖を治そうと顔を上げるが。


ドサッ!


「これは?」

「あっ!」


その拍子に本を落としてしまった。

私の大事な聖書が!


「人と上手く話すコツ、これで貴女も友達100人できるかも?」

「あああ!」


なんて物を見せてしまったのか。
こっそり聖書に挟んで持ち込んでいる本のタイトルを読まれてしまった。


「見ないでください!」

最悪だわ。
完全にドン引きされたわ。


「こちらの本は古いと思うよ。それに実用的じゃないし」

「え?」

「本を読むよりも、教会や下町に出て成らした方が良いと思う」


ローレンツ様は私を馬鹿にすることなく助言を下さった。


「あの…馬鹿になさらないのですか?」

「何故?人付き合いが最初から得意な人なんていないよ。誰もが苦手だし…僕も得意じゃない」

「そっ、そうなんですか…そうなんですね」


私だけじゃなかったんだ。
そうよね?

誰だって苦手だけなのに、どうして私だけなんて思ったのかしら?


「僕は君が人付き合いが苦手なようにも人が嫌いにも見えない」

「え?」

「ただ、慣れていないだけに見える。君は大丈夫だよ」


優しく触れられた手と励ましの言葉が嬉しかった。



『大丈夫よ…貴女は大丈夫』


シシィー様が何度も私の頭を撫でて励ましてくださった時の仕草に似ている。


「ありがとうございます。私は自信が無くて…それで」

「誰だって自信はないよ。でも、誰かが代わってくれるわけじゃない」


私は今まで耐えればいいのだと思った。
耐え忍ぶ事しかせずに戦おうとしたことはあっただろうか。

言葉を飲み込み争いの火種にならないようににすればいいと思って来たけど。
私は一度だってエイミールに自分の本心を伝えたことがあっただろうか?

侯爵夫人に私の気持ちを伝えたことがあるだろうか?

妻として大人しく夫に使えるのが美徳と教えられても、それは違うんじゃないか。


「私…自分が恥ずかしい」

「アドリア―ナ」

変わるためにここに来たのに。
勝手な勘違いをしたまま、解ってなかった。

戦おうとしてなかった。


「ありがとうございますローレンツ様」


まだ自信はないし、怖いけど。
でもここに来たのはなりたい自分になる為。

だからエイミールに話をしよう。

婚約の事、シャロンの事を。

円満に解決できる方法があるはずだわ。

道を探そう。

きっと話し合えば解ってくれるとこの時は思っていた。

いい意味でも悪い意味でもエイミールは貴族の人間だと言う事を私は忘れていた。



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