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第一部.婚約者は異国の王子様
26.愛せなかった婚約者
しおりを挟むお茶の合間に聞かされるにはとても重い話だったが、フローレンスはジャスミンの話に耳を傾け続けていた。
「そうだったのですか」
「はい、なんとお詫びをしてよろしいか」
フローレンスからすればジャスミンに感謝することはあっても恨む理由はない。
それに、シュナイダーとのことは自分にも問題があると思っていたので誰かを責めることはできなかった。
「我が家の問題に貴女を巻き込んで申し訳ありません」
「フローレンス様」
「それにこの度の事は誰も悪くないのかもしれません」
伯爵家の問題はあれど、婚約に関しては遅かれ早かれそうなるはずだったのかもしれない。
「私は後継ぎであることばかり目を気にしておりました。その結果がこれですわ」
「フローレンス様、それは違います」
申し訳なさそうにするフローレンスを止めようとるジャスミンだったが…
「私は彼を愛していなかった…この7年間他の男性に心を奪われていたのですから」
「え?」
「あの日、私の涙を拭い、悲しみを拭い去ってくださった美しい異国の王子様に」
思えばあれは初恋だったのかもしれない。
両親からも婚約者からも邪険に扱われ、いないものとしてそれて来たフローレンスは薔薇園に逃げて一人泣いていた。
あの夜に差し出された手はフローレンスにとって救いだった。
「政略結婚であっても、愛せる様に努力しましたが…努力しなければ彼を愛せないのでしょう」
実際、幼少期の頃はまだよかった。
フローレンスも少しばかり聡明な少女だったから妹のジェネットに構うのは婚約者の妹を大切にしたいという優しさだと思ったが、年頃になるにつれてその行動は優しさではなく恋慕の情だと気づいた。
そして同時に、フローレンスへの態度があからさまになり。
社交界の心無い噂を撤回することなく同意し、恥ずべきだと罵倒を浴びせるようになった。
公の場でも自分をエスコートしないのは今更になって気づく。
シュナイダーの悪意のある嫌がらせ以外何者でもないのではないかとも思った。
「私は人としても男性としてもあの方を最後まで愛せなかったのです。両家の為と義務感でしかない」
今にして思えば自分はなんて最低なのだろうか。
見限られて当然の事をしていた癖に被害者面をしていたことが恥ずかしい。
「フローレンス様は優しすぎたのです。そして責任感がお強すぎたのです」
ジャスミンはフローレンスが痛々しくてならなかった。
貴族としての最大の責任は領民を守り領地を守り、王への忠義を貫く事。
「フローレンス様はご自分の心を殺し、責任を果たそうとなされました。間違ってはおりません…悪いのは自分勝手な行動をして暴走し、頭のネジを落とした下種男ですわ」
「じゃっ…ジャスミン」
「あんな男の為に傷つくだけ無駄ですわ。時間の無駄です。ええ…できますればあの男の記憶を消して差し上げたいですわ」
穏やかに微笑みながらジャスミンの目は氷の様に冷たく恐ろしいモノだった。
「なんなら、埋めますか?」
「いいえ、セーヌ海に沈めますか?」
「槍で突き刺しましょう」
侍女三人はうんうんと頷きながら、シュナイダーの暗殺計画を企てるのだが。
「ダメよ」
「ジャスミン…」
しかし、意外にもジャスミンが止めに入り、安堵する。
口で言っていても頭ではちゃんと冷静だったことに安堵するも。
「物的証拠が残ります。遺体は確実に隠すのです」
「ジャスミン…」
そんな安堵は三秒も続かなかった。
結局お茶は冷めてしまうのだった。
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