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第一部.婚約者は異国の王子様
27.鷲掴み
しおりを挟むすっかりお茶が冷めてしまったのでベルガモットが淹れ直そうと、気を使った。
「まだ、残っていますので」
「淹れ直しますわ」
「いいえ、こちらのお茶は冷めていても美味しいですので」
フローレンスからすれば大好きなシプロフロキサシン産の茶葉を捨てるなんてできない。
「この茶葉を発酵させるのにどれだけ時間がかかっているか…作ってくださった方に申し訳ありませんわ」
「まぁ…」
ベルガモットはフローレンスの言葉に感動した。
この茶葉は、クラエス領地の南側に領地で生産されたもので手間暇かけられているものだった。
とは言え野蛮な茶葉だと馬鹿にされ、貴族達からすれば野蛮人の飲み物だと言われてきたのだ。
ベルガモットは貴族でありながらも百姓貴族で、茶葉で財を成して来た家柄なのに中央では馬鹿にされ蔑まれて来たのだった。
だからなのか、自分達の汗の結晶である茶葉を褒められることは嬉しかった。
「やっぱり美味しい。茶葉が良質な証拠ね。シプロフロキサシンは工芸品だけでなくお茶も本当に素晴らしいわ」
お世辞ではなく心からの言葉だと思い、ベルガモットだけでなく他の侍女も嬉しそうだった。
「これ、シプロキサンのオレンジウッドね」
「まぁ、ご存知なのですか?」
「ええ、シプロキサンの茶器の中でも最も美しい形と言われるも、見た目だけでなくお茶を美味しく飲める職人の工夫がされている一品とも言われているのですよね」
「フローレンス様は本当に博識でございますね。このデザインは古すぎて知らない者が多いのですが」
形は古く、既にクラエス領地ですら出回ってないレア中のレアだったが、シプロキサンの王族はこのカップをこよなく愛していた。
ただし、他国からは好まれなかったので外交の場では使われなくなったのだった。
「見た目の派手なだけなカップは口当たりも悪く、長持ちしませんわ。それにお茶が冷めやすいのです…でも、これならお茶の温度は冷めませんし、持ち運びもできますわ」
そっとカップに触れながら嬉しそうにするフローレンスにペコーは目を潤ませる。
ペコーの生まれた商家で陶芸を取り扱っていた。
古き自在を守るべく、祖先はシプロキサンの茶器を時代に残すことに命を懸けていた。
オレンジウッドの茶器はペコーにとって誇りだった。
その誇りを褒められて嬉しくないはずはない。
「私は、柑橘系や果物の茶葉が大好きなんです。現在の茶葉はでフルーティーな物はオレンジウッドの茶器からヒントを得たと聞いてますわ」
「はい、その通りですわ。ベルガモットアールグレイやアップルティーはその茶器の下材料に果物の皮を配合してますの。そこからヒントを得ました」
「果物の皮には殺菌作用もありますものね」
古い歴史までもしっかり理解しているフローレンスは、オレンジウッドの茶器がどれだけ苦労して生み出されたのかも理解している。
ここまで博学な令嬢も稀だったので、侍女の中でも教養高いペコーは目を輝かせた。
他意はないのだが、フローレンスは既に彼女達の心を簡単に鷲掴みにしていた。
(恐ろしい方ですわ)
密かにジャスミンは思った。
この屋敷にいる使用人は優秀であるが癖のある人物が多いのだ。
特に他民族であることから中央でも見下され馬鹿にされて来たのでふんぞり返っているだけの中央の貴族に対して手厳しい。
その上、百姓貴族だったり、職人上がりだったことを散々馬鹿にされて来たのだ。
彼女達は祖国のシプロキサンの伝統を誇りに思い、これまでのその伝統を守って来たが中央ではその伝統に唾を吐き捨てられるようなことをされて来たのだ。
屈辱的だったのは言うまでもない。
だからこそ、最初は中央の貴族で典型的な考えを持つ伯爵家の娘を嫁に迎えることに良い感情は持っていない。
また馬鹿にされるのだと。
自分達の誇りを踏みにじられるのだと思っていたのだが、自分達が使える奥方はちゃんと伝統を重んじてくれる人だと知り嬉しくなった。
元よりフローレンスのことは名前だけは知っていた。
他国の伝統に寛大な変わった令嬢で、他民族であっても差別をしないと一部では有名だった。
ただし噂に過ぎないので、人気取りではないかと言う噂も少なくなかったが、彼女達は確信した。
フローレンスはちゃんと伝統のなんたるかを理解できる人だと。
シプロキサンの文化を愛してくれる人なのだと解り、彼女達はこの時誓った。
クラエス公爵家の次期女主人として敬い誠心誠意仕えようと。
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