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5-8 3人の微妙な立場
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明日香が流産をしてから、早いもので半月が過ぎ、季節は3月になっていた。
あの夜・・・琢磨に説得された翔は朱莉に詫びのメッセージを送った。
自分勝手な思い込みで、心無い言葉を朱莉にぶつけてしまった非礼を詫び、そして明日香が朱莉に感謝していた旨を綴った。そしてこれからも契約婚の関係を続けて貰いたいと書いて朱莉にメッセージを送ったのだった。
そして、朱莉からの返信は・・・勿論快諾の意を表す内容であったのは言うまでも無かった。
翔は前回の非礼の意味も兼ねて、今月からは今迄月々手当として朱莉に振込していた金額を増額させ、朱莉は毎月120万円もの金額を貰う事になった。
今日は日曜日―
「何だか申し訳ない気持ちです。翔さんにこんなに沢山お金を振り込んでいただくのは・・・。」
朱莉は躊躇いがちに言ったが、琢磨はにこやかに答えた。
「いえ、気にしないで下さい。そのお金は明日香さんを助けてくれた副社長のお礼の意が込められているのですから。」
「明日香さんの・・・・。」
朱莉はポツリと呟いた。
あの日・・・明日香が救急車で運ばれた夜の事。明日香の母子手帳を朱莉が必死に探し出し、救急車の中で激しい腹痛で苦しんでいる明日香の手をギュっと握りしめて、励ましの言葉をかけ続けた朱莉に対して、明日香の中で感謝の気持ちが芽生えてきたのか、朱莉に対しての態度が軟化してきたのだ。そして犬よりも小さな小動物ならあの部屋で別に飼育しても良いと明日香の許可を貰えたのである。
そこで朱莉はウサギを飼う事に決めたのだが・・・・。
「あの・・・九条さん。折角のお休みのところ、わざわざペットショップについて来てもらわなくても・・・。」
「いえ、いいんですよ。ペットを飼うには色々荷物も必要になりますからね。荷物持ち位させて下さい。」
しかし、朱莉は申し訳ない気持ちで一杯だった。琢磨は翔の第一秘書と言うだけあり、日々多忙な生活を続けている。それなのに、貴重な休みを自分の買い物につき合わせるのは朱莉としては逆に肩身が狭く感じてしまうのであった。
今回、何故琢磨が朱莉の買い物に付き合う流れになったかと言うと、翔から琢磨に犬よりも小型で大人しいペットなら明日香が飼育しても良いと朱莉に伝えて欲しいと連絡が入ったからである。
そしてその事を告げると、朱莉が遠慮がちにそれならウサギを飼ってみたいと申し出があり、琢磨はその買物に付き合う事に決めたのであった。
「どうしましたか?朱莉さん。」
背の高い琢磨が朱莉の顔を覗き込むように声を掛けてきた。
「い、いえ。なるべく早く買い物を終わらせて九条さんのご負担を減らしますので。」
朱莉は慌てたように言った。
「・・・もしかすると、相当私に気を遣ってますか?」
歩きながら琢磨が空を見上げて言った。
「え?」
「そうか・・・この話し方がいけないのか。よし、もう堅苦しい話し方はやめよう。」
琢磨はポンと手を打つと言った。
「今日から朱莉さんの前では素のままの自分で行かせて貰うよ。俺の事は友人だと思ってくれ。」
琢磨は笑顔で朱莉を振り返ると言った。
「え・・ええ?!」
急に今迄の琢磨からは信じられないような言葉遣いが飛び出してきたので朱莉は戸惑った。
「さ、それじゃまず1軒目のペットショップに行ってみようか?」
そして琢磨は鼻歌を歌いながら朱莉と並んで歩き始めた—。
2人で3か所のペットショップを回り、朱莉はようやく気に入ったウサギを見つけた。
そのウサギの種類は「ネザーランドドワーフ」と呼ばれるウサギだった。
「可・・・・可愛い・・・っ!」
朱莉は思わず口元を押さえ、目を潤ませてそのウサギを見た。そのウサギの毛の色は濃紺で、正にその姿はぬいぐるみのような愛くるしさがあった。朱莉は一目見てそのウサギの虜になり、早速購入したのだが、それと同時にマロンの事が思い出されて朱莉の心に小さな暗い影が落ちた。
琢磨がキャリーバックの中に入れたウサギを抱え、2人で店を出ると朱莉はマロンの事を考えた。
(マロンを手放してまだ一月ほどしか経っていないのに・・・私って・・薄情な人間なのかな・・?)
そんな朱莉の横顔を琢磨はじっと見ていたが、朱莉に話しかけてきた。
「朱莉さん。このウサギ、紺色をしているからコンて名前はどうかな?あ、でもそれじゃまるで狐みたいだな?朱莉さんならどんな名前にする?早く決めないとコンて名前で呼んじゃうぞ?」
「え・・ええ?い、今決めるんですか・・・?う~ん・・・どうしよう・・。あ、それじゃ・・ネイビーってどうですか?」
「え・・ネイビー・・・?」
琢磨は思わず絶句したが・・・その次に声を上げて笑い出した。
「コンだから・・・ネイビー?ハハハ・・これは面白い。うん。ネイビーか・・素敵な名前じゃ無いかな?それじゃ、今日からこのウサギの名前はネイビーだ。」
琢磨は嬉しそうに朱莉を見た。そんな琢磨を見て朱莉は思った。
(やっぱり九条さんは、相当私に気を遣ってくれているんだ・・・。私を契約婚の相手に選んだから?そんなに気にする事は無いのに・・・。だって九条さんの御影でもう二度と会う事は無いだろうって諦めていた翔先輩に再会出来たのだから・・。)
朱莉の考えではむしろ琢磨には感謝したい位なのだが、それを伝えれば琢磨は益々恐縮してしまうのでは無いかと思うと言い出せなかった。
やがて二人で億ションに辿り着いた時・・・朱莉はそこでドックランで遊ばせている人物を見つけた。
あ・・・あの人は・・・!
すると、その相手も朱莉の存在に気が付いたのか、振り向いた。
その相手とは・・・。
「きょ・・・京極さん・・・。」
「あ・・・朱莉さんじゃないですか!ずっと・・・姿を見かけなかったので心配していたんですよ・・・!」
その時、京極は朱莉の隣に立っていた琢磨を見た。
「・・・・。」
琢磨は・・・何故か先程とは打って変わって、険しい顔で京極を見つめている。
(え・・・?九条さん・・・?どうしたのかな・・?)
朱莉は不思議に思い琢磨の顔を見つめた。
一方の京極も何故か挑戦的な目で琢磨を見つめている
先に口火を切ったのは京極の方からだった。
「こんにちは、初めまして。貴方ですか。朱莉さんの夫で・・・彼女に折角飼った犬を手放す様に言ったのは。貴方は・・・夫のくせに妻を平気で悲しませるんですね・・・。」
京極は琢磨の事を翔だとすっかり勘違いをし、何処か喧嘩腰に琢磨に語り掛けてきた。
「夫・・・?。」
琢磨が小さく口の中で呟くのを朱莉は聞き逃さなかった。
(ど、どうしよう!京極さんは・・・・九条さんの事を翔先輩だと勘違いしているっ!)
「俺は・・・。」
琢磨が口を開くより早く朱莉は言った。
「ち、違いますっ!京極さん。この男性は・・・主人の・・・秘書の方なんです。今日は私の買い物に付き合ってくれて・・・。」
「朱莉さん・・。」
琢磨が朱莉の方を振り向いた。
「そうなんですか?・・・それにしても秘書の方が・・・仮にも上司の妻と買い物とは・・・世間的にどうなんでしょうか?」
京極はチラリと朱莉を見ながら言った。
(どうしよう・・・京極さんは私と九条さんの事を完全に誤解している・・・。)
朱莉が悲し気に目を伏せると、不意に京極が慌てたように言った。
「す、すみません!朱莉さん・・・。僕は決して朱莉さんを責めるつもりでは・・。」
すると琢磨が言った。
「もしかすると・・貴方ですか?奥様の犬を代わりに引き取って頂いたという
方は・・・・。」
「え・ええ・・・そうですよ。」
「それはどうもありがとうござます。副社長の代理としてお礼を言わせて下さい。貴方のお陰でこちらは助かりました。」
そして深々と頭を下げると言った。
「それでは奥様。お荷物は私がお部屋まで運んでおきますので・・少しこちらの方とお話されていってはどうですか?マロンとも久々に会ってみるのも宜しいかと思いますよ。」
琢磨は早口で朱莉に言うと、足早に億ションの中へと入って行った。
(九条さん・・・。)
立去る琢磨の後ろ姿を見送る朱莉の胸が何故か痛んだ。
その時・・・。
「朱莉さん。」
琢磨の後ろ姿を黙って見送る朱莉に京極が背後から声を掛けてきた―。
あの夜・・・琢磨に説得された翔は朱莉に詫びのメッセージを送った。
自分勝手な思い込みで、心無い言葉を朱莉にぶつけてしまった非礼を詫び、そして明日香が朱莉に感謝していた旨を綴った。そしてこれからも契約婚の関係を続けて貰いたいと書いて朱莉にメッセージを送ったのだった。
そして、朱莉からの返信は・・・勿論快諾の意を表す内容であったのは言うまでも無かった。
翔は前回の非礼の意味も兼ねて、今月からは今迄月々手当として朱莉に振込していた金額を増額させ、朱莉は毎月120万円もの金額を貰う事になった。
今日は日曜日―
「何だか申し訳ない気持ちです。翔さんにこんなに沢山お金を振り込んでいただくのは・・・。」
朱莉は躊躇いがちに言ったが、琢磨はにこやかに答えた。
「いえ、気にしないで下さい。そのお金は明日香さんを助けてくれた副社長のお礼の意が込められているのですから。」
「明日香さんの・・・・。」
朱莉はポツリと呟いた。
あの日・・・明日香が救急車で運ばれた夜の事。明日香の母子手帳を朱莉が必死に探し出し、救急車の中で激しい腹痛で苦しんでいる明日香の手をギュっと握りしめて、励ましの言葉をかけ続けた朱莉に対して、明日香の中で感謝の気持ちが芽生えてきたのか、朱莉に対しての態度が軟化してきたのだ。そして犬よりも小さな小動物ならあの部屋で別に飼育しても良いと明日香の許可を貰えたのである。
そこで朱莉はウサギを飼う事に決めたのだが・・・・。
「あの・・・九条さん。折角のお休みのところ、わざわざペットショップについて来てもらわなくても・・・。」
「いえ、いいんですよ。ペットを飼うには色々荷物も必要になりますからね。荷物持ち位させて下さい。」
しかし、朱莉は申し訳ない気持ちで一杯だった。琢磨は翔の第一秘書と言うだけあり、日々多忙な生活を続けている。それなのに、貴重な休みを自分の買い物につき合わせるのは朱莉としては逆に肩身が狭く感じてしまうのであった。
今回、何故琢磨が朱莉の買い物に付き合う流れになったかと言うと、翔から琢磨に犬よりも小型で大人しいペットなら明日香が飼育しても良いと朱莉に伝えて欲しいと連絡が入ったからである。
そしてその事を告げると、朱莉が遠慮がちにそれならウサギを飼ってみたいと申し出があり、琢磨はその買物に付き合う事に決めたのであった。
「どうしましたか?朱莉さん。」
背の高い琢磨が朱莉の顔を覗き込むように声を掛けてきた。
「い、いえ。なるべく早く買い物を終わらせて九条さんのご負担を減らしますので。」
朱莉は慌てたように言った。
「・・・もしかすると、相当私に気を遣ってますか?」
歩きながら琢磨が空を見上げて言った。
「え?」
「そうか・・・この話し方がいけないのか。よし、もう堅苦しい話し方はやめよう。」
琢磨はポンと手を打つと言った。
「今日から朱莉さんの前では素のままの自分で行かせて貰うよ。俺の事は友人だと思ってくれ。」
琢磨は笑顔で朱莉を振り返ると言った。
「え・・ええ?!」
急に今迄の琢磨からは信じられないような言葉遣いが飛び出してきたので朱莉は戸惑った。
「さ、それじゃまず1軒目のペットショップに行ってみようか?」
そして琢磨は鼻歌を歌いながら朱莉と並んで歩き始めた—。
2人で3か所のペットショップを回り、朱莉はようやく気に入ったウサギを見つけた。
そのウサギの種類は「ネザーランドドワーフ」と呼ばれるウサギだった。
「可・・・・可愛い・・・っ!」
朱莉は思わず口元を押さえ、目を潤ませてそのウサギを見た。そのウサギの毛の色は濃紺で、正にその姿はぬいぐるみのような愛くるしさがあった。朱莉は一目見てそのウサギの虜になり、早速購入したのだが、それと同時にマロンの事が思い出されて朱莉の心に小さな暗い影が落ちた。
琢磨がキャリーバックの中に入れたウサギを抱え、2人で店を出ると朱莉はマロンの事を考えた。
(マロンを手放してまだ一月ほどしか経っていないのに・・・私って・・薄情な人間なのかな・・?)
そんな朱莉の横顔を琢磨はじっと見ていたが、朱莉に話しかけてきた。
「朱莉さん。このウサギ、紺色をしているからコンて名前はどうかな?あ、でもそれじゃまるで狐みたいだな?朱莉さんならどんな名前にする?早く決めないとコンて名前で呼んじゃうぞ?」
「え・・ええ?い、今決めるんですか・・・?う~ん・・・どうしよう・・。あ、それじゃ・・ネイビーってどうですか?」
「え・・ネイビー・・・?」
琢磨は思わず絶句したが・・・その次に声を上げて笑い出した。
「コンだから・・・ネイビー?ハハハ・・これは面白い。うん。ネイビーか・・素敵な名前じゃ無いかな?それじゃ、今日からこのウサギの名前はネイビーだ。」
琢磨は嬉しそうに朱莉を見た。そんな琢磨を見て朱莉は思った。
(やっぱり九条さんは、相当私に気を遣ってくれているんだ・・・。私を契約婚の相手に選んだから?そんなに気にする事は無いのに・・・。だって九条さんの御影でもう二度と会う事は無いだろうって諦めていた翔先輩に再会出来たのだから・・。)
朱莉の考えではむしろ琢磨には感謝したい位なのだが、それを伝えれば琢磨は益々恐縮してしまうのでは無いかと思うと言い出せなかった。
やがて二人で億ションに辿り着いた時・・・朱莉はそこでドックランで遊ばせている人物を見つけた。
あ・・・あの人は・・・!
すると、その相手も朱莉の存在に気が付いたのか、振り向いた。
その相手とは・・・。
「きょ・・・京極さん・・・。」
「あ・・・朱莉さんじゃないですか!ずっと・・・姿を見かけなかったので心配していたんですよ・・・!」
その時、京極は朱莉の隣に立っていた琢磨を見た。
「・・・・。」
琢磨は・・・何故か先程とは打って変わって、険しい顔で京極を見つめている。
(え・・・?九条さん・・・?どうしたのかな・・?)
朱莉は不思議に思い琢磨の顔を見つめた。
一方の京極も何故か挑戦的な目で琢磨を見つめている
先に口火を切ったのは京極の方からだった。
「こんにちは、初めまして。貴方ですか。朱莉さんの夫で・・・彼女に折角飼った犬を手放す様に言ったのは。貴方は・・・夫のくせに妻を平気で悲しませるんですね・・・。」
京極は琢磨の事を翔だとすっかり勘違いをし、何処か喧嘩腰に琢磨に語り掛けてきた。
「夫・・・?。」
琢磨が小さく口の中で呟くのを朱莉は聞き逃さなかった。
(ど、どうしよう!京極さんは・・・・九条さんの事を翔先輩だと勘違いしているっ!)
「俺は・・・。」
琢磨が口を開くより早く朱莉は言った。
「ち、違いますっ!京極さん。この男性は・・・主人の・・・秘書の方なんです。今日は私の買い物に付き合ってくれて・・・。」
「朱莉さん・・。」
琢磨が朱莉の方を振り向いた。
「そうなんですか?・・・それにしても秘書の方が・・・仮にも上司の妻と買い物とは・・・世間的にどうなんでしょうか?」
京極はチラリと朱莉を見ながら言った。
(どうしよう・・・京極さんは私と九条さんの事を完全に誤解している・・・。)
朱莉が悲し気に目を伏せると、不意に京極が慌てたように言った。
「す、すみません!朱莉さん・・・。僕は決して朱莉さんを責めるつもりでは・・。」
すると琢磨が言った。
「もしかすると・・貴方ですか?奥様の犬を代わりに引き取って頂いたという
方は・・・・。」
「え・ええ・・・そうですよ。」
「それはどうもありがとうござます。副社長の代理としてお礼を言わせて下さい。貴方のお陰でこちらは助かりました。」
そして深々と頭を下げると言った。
「それでは奥様。お荷物は私がお部屋まで運んでおきますので・・少しこちらの方とお話されていってはどうですか?マロンとも久々に会ってみるのも宜しいかと思いますよ。」
琢磨は早口で朱莉に言うと、足早に億ションの中へと入って行った。
(九条さん・・・。)
立去る琢磨の後ろ姿を見送る朱莉の胸が何故か痛んだ。
その時・・・。
「朱莉さん。」
琢磨の後ろ姿を黙って見送る朱莉に京極が背後から声を掛けてきた―。
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