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第1章 性別不明のオネエ誕生

008 興味深き姪……甥か?【ルトア公爵視点】

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 ───ふむ、興味深い。



 天災級の魔力暴走を引き起こし、今は気を失っている幼子は、恐らく私の姪……甥か? 甥である。

 性別が不明なのは、余りにもなよっとしていて小さく、報告書でみた男という文字が信じられない為だ。
 顔の造りは兄と瓜二つ。

 つまり、私に似ている。


「このお嬢ちゃん、やっぱし有り得ない魔力保有量だね? 第二騎士団の精鋭を吹き飛ばす暴風なんてさ。いやぁ、面白いもの見た。アラゴルンの所の次男坊もさぁ、よく動けたね?」
「恐縮です」
「相変わらず、謙遜するのう。シュレンダールよ、もう少し自信を持つと良い。あの中で動けたのはお主だけなんじゃし。若手の中ではようやった方よ」
「第二騎士団長。私などまだまだにございますゆえ」
「硬いのぅ。いつもの様に爺様と呼んでくれて良いのにのぅ……」
「部下に示しがつきません」
「硬いねぇ~」


 王弟カラムと第二騎士団長ゴルファスの二人にからかわれている気の毒な青年は、先程魔力暴走を起こしため……甥を助けたアラゴルン辺境伯家の次男坊だ。ゴルファスの孫でもある。
 まだ十五と若いにも関わらず、既に第二騎士団の副長を務める実力の持ち主である。

 賞賛を硬く固辞しているが、あの規模の魔力暴走に防御壁のみで乗り込んでいく度胸は並大抵では無い。この私ですら、で対象を保護してくるとは思わなかった。

 とはいえ。


 目線を甥に戻す。
 次男坊に抱き抱えられた状態で安心した様に眠る様からはとても想像できまい。
 そもそも───。


 のか。


 あの規模の魔力を溜め込み、制御石も付けぬままで。
 挙句、いかづちを呼ぶ程の魔力暴走を引き起こして。

 何故無事だった?


 ───興味深い。並大抵の子供の胆力ではない。


 報告書によれば、二歳ほどになるまではかの国の王宮で育てられ、その後召使いの家で二年育てられた後、この国の孤児院に逃された。
 王宮での馬鹿王女の様子からは、とてもまともに育児を受けたとは思えない。恐らく、周りの者が頑張ったのだろう。結局は孤児院に託されたところを見るに、王女の周りに置いては子供が殺されると考えたか。


 ───魔力の片鱗が見えればそれなりに扱われたであろう。という事は、つい最近まで魔力が発現さえしていなかった可能性がある。


 普通、高位貴族の者ほど保有魔力が高く、産まれてから魔力が発現するまでの時間が短い。
 公爵位ともなれば早ければ1年、どんなに遅くとも3年も経てば魔力が発現し、制御石を与えられる。
 自我の確立していない幼子では、魔力を制御しきれないからだ。

 逆に高位貴族の子供にも関わらず、保有魔力が低い若しくは発現しなかった場合。気の毒だが、その子供に貴族社会での居場所は無い。


 ───私との子を産んだと思い込んだ状態で、魔力が発現しなかったともなれば……。あの女のこと、計画を潰した子を厭って殺しかねぬな。


 そもそも、あの馬鹿王女がしつこく付き纏ってきた頃から、あれを応援していた馬鹿は王と第三王子くらいだった。
 折角友好国としての協定を結んでいるのに、それをぶち壊しかねない王女の行動には王太子も第二王女も眉を顰める程だ。

 使用人にも見切りをつけられている。だからこそ、この子は逃がされた。


 ───そういえば、王は蟄居したとか。王太子が政権を担ってからは、王女をあちらの国で隔離しておいてくれて本当に助かる。……成程、それで慌てて探し始めたという所か。


 王女を嫌っている王太子が王座につけば、確実に、王女は処刑されるだろう。


 ───大人しく他国に嫁ぐ駒となっていれば良いものを。対外的に名も分からぬ男の子を産んだとなれば、馬鹿王女の価値など塵も同然。


 ミシェルに行ったあれこれのせいで同情も浮かばない。



「それでルトア? この子どうするのさ。流石にもう、孤児として放っておけないだろう?」


 カラムがめ……甥の頬をツンツンとつつきながら言う。
 甥が嫌そうに顔を顰めたのを見て、次男坊は少しばかり距離を取った。


「そうさなぁ。一度でも魔力暴走が起こった子供を平民に混じらせておくのはちと不安じゃろうて。奴隷商があちらの国に引き上げたとはいえ、また狙ってくるじゃろ?」
「やはり取り逃したか……」
「無茶を言うでないぞルトア。魔力暴走したこの子の安全をとった結果じゃ。向こうに勘づかれたのは仕方なかろ」


 ゴルファスがたしなめるような事を言った。
 そうは言ってもな。
 この様な国境にこんな顔触れで態々来たのは、そもそも隣国を拠点に勢力を広げる奴隷商人の元締めとやらが密入国したとの情報を得たからだ。
 何の因果かめ……甥を拾う事になったが。


「あ、でもさでもさ? なんか、騎士団の他にも動いてる奴いなかった? 半分くらい潰したって聞いたけど」
「ああ。この国の裏稼業の連中だろう? 報告書によると、め……甥との繋がりもあるようだな」
「使えそうなら何人か部下送り込んどこうか! そういうツテ欲しかったんだよね~!」


 私はゴルファスと目を見を合わせ、溜息をついた。


「やめろカラム。可哀想だろう」
「平民をおもちゃにしてはいかんぞ」
「え~~! ちょっとくらい……」
「「駄目だ」じゃ」


 ───流石に、カラムの遊び相手は平民には務まらないだろう。


 未だにブツクサ言っているカラムはゴルファスに任せて、私はめ……甥の様子を観察しに行く。
 次男坊──シュレンダールとか言ったか──がじっとめ……甥を見つめていた。


「魔力は……落ち着いたようだな」
「はい」
「何が原因かは分かるか? 最初に連れてきた時、魔力の揺らぎはなかったはずだ」
「……」
「制御石を与えるまでにまた魔力暴走を起こされるようでは困る。思い付く限りでよい、話せ」


 魔力暴走を起こす時、その者の魔力は大きく揺らぐ。

 私がめ……甥の存在に気が付いた時、奴隷商人達の罠が無いかどうかを調べる為に極薄く探査魔法を拡げていた。そうしたら思わぬ場所に大人の高位貴族程の魔力量を検知した為、訝しんで部下に探しに行かせた結果、見つけたのがこの子である。

 魔力量は大きかったものの、次男坊が抱えて戻ってくるまで、揺らぎはなかった。
 だからこそ、いきなり魔力暴走を起こした事に咄嗟の判断が遅れたのだ。


 次男坊は話すべきかどうか迷うと言うように、眉間に皺を寄せている。何と言うか、途方に暮れた顔だ。


「……怯えていました」
「なに?」


 考えを纏めながら話すように、ポツポツと次男坊は続けた。


「逃げてきたそうです、奴隷商人達から。恐らく、何らかの形で依頼主が貴族に連なると知ったのではないでしょうか。だから私達を見て、怯えた」
「自分を買った貴族と勘違いしたということか」
「あくまでも予想ですが」


 成程。それならば、納得もいく。
 漸く逃げ出したと安堵していた時再び奴隷商人の手に落ちたともなれば、恐慌状態から魔力暴走が起こるのも頷ける。
 魔力暴走の仕組みの全容は、未だに解明しきれていない。ただ、酷く感情が不安定になった際に起こりやすいという実験結果があるのだ。

 しかし……。


 ───先の魔力暴走を生き残る程の胆力の持ち主が、そのように些細な事で我を失ったというのか?


 感じた違和感はまさしくそれだ。

 恐怖や危険を感じた際に起こる魔力暴走では、その恐怖を感じさせる何かを排除する方向に魔力の攻撃が向かう。
 例えば、それが自身に向かうことはない。
 あくまで外敵に向け、無差別に魔力で攻撃を起こしてしまうから危険なのだ。


 ───どうみても、外敵──我々を排除するというより、自身に攻撃を向けていたな。


 最初の暴風で薙ぎ払われはしたものの、私達に直接的な外傷はない。魔力障壁で防御をする前に飛ばされた者に打ち身や打撲はあるが。


 総じて、やはり興味深いという結論を自分の中で下す。


「一度空になった魔力が満ちるまでは、意識は戻らないだろう。三日程、様子を見て元いた孤児院に置く。その後は我が家に迎えるとしよう」


 私の決定にゴルファスは頷き、カラムは「えー」と声を上げた。


「ルトアん所の子供にすんの、本気? 馬鹿王女が黙ってないんじゃないの?」
「対外的にはミシェルとの子ということにする。髪の色と魔力発現が遅れたことを理由にすれば、皆納得する」
「ふーん。ま、公爵家の人間が増えるのは構わないけど。あ、そうだ。うちの所の嫁にどうよ? 五男とか丁度歳の頃同じじゃない? 名案名案!」
「男同士でどうやって結婚するんだ?」
「は?」
「なぬ?」


 カラムとゴルファスの視線がめ……甥に釘付けになる。


「いや。いやいやいやいや、女の子でしょ? 何言ってんの?」
「むぅ……天使と見まごう程じゃが、男子おのことな? にわかには信じ難し……」
「め……甥だ。恐らく」
「「恐らく?!」」


 自分の子供にするくせに、性別がわかんないのは酷いと思うなぁー、とカラムに揶揄からかい半分で言われ、思わず閉口する。


 ───確かに、一理ある。これは、下穿きを下ろして確認する他……。


「おやめ下さい、御三方」


 突然次男坊が、姪……甥を抱いたまま盛大に飛び退った。最大限警戒を顕にした様子に横を見ると、カラムとゴルファスが明後日の方を向いている。


「よもや、この場で下穿きを脱がしてしまおうなどという考えはお持ちではございませんでしょう。この様に幼気いたいけな幼子に無体な真似はおやめ下さい」
「「「……」」
「おやめ下さい」
「分かった分かった。やらないからさ、殺気を飛ばすんじゃないよ不敬だろう」
「それは大変申し訳ございません」
「そんな棒読みで言われてもなぁ」
「いくら殿下でも幼子に無体はいけません」
「ゴルファス? どうして君の孫はこう変なところで頭が固いの?」


 頑として渡すまいと首を横に振る次男坊を見て、カラムが呆れた様に問い掛けた。さながら子を守る母親のような孫姿に、ゴルファスも若干言葉に詰まっている。


「ま、まぁ。シュレンダールは中々に体格に恵まれておるじゃろ? あまり表情が動かぬし気配も威風堂々としておるから、女子供は怖がってしまうようでなぁ。あの様に近距離で触れ合ったことがないせいで免疫がないのじゃろうて」


 言われて次男坊を見れば、確かに。
 十五歳と聞けば若いと思うが、見た目は既に大人の騎士と良い勝負である。騎士服にピッチリと添う筋肉の曲線に、ガッシリとした肩幅。目鼻立ちも整っているが、如何せん寡黙であるから雰囲気は堅めである。


 そんな男が不器用に幼子を抱き抱えているというのも、言われてみれば面白い。


 ───まぁ良い。これから幾らでも機会はある。


 このめ……甥が私の興味を損なうことがない限りは、私からこの子供を突き放すことはないだろう。


 ───母親の花畑具合を受け継いでいないことを祈ろうか……。


 その場での決定的な証拠を確認するのはやめにし、私達は王都へと戻った。


 そうして訪れた起きているめ……甥との対面の場で。
 馬鹿王女に似るどころか、想像以上に愉快で興味深い性格の甥から可愛らしい一撃を食らうことになるとは、この時の私は思いもよらなかったのだ。




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