結婚は人生の墓場と聞いてましたがどうやら違ったようです~お荷物令嬢が嫁ぎ先で作家を目指すまで、なお夫は引きこもり~

雑食ハラミ

文字の大きさ
11 / 36

第11話 セカンドチャンス

しおりを挟む
ちぐはぐな気持ちのまま散歩から戻ってくると、ビアトリスに小包が届いていた。中身を確認してはっと息を飲む。さっきまでのことはすっかり忘れて、エリオットのところに飛んで行った。

「エリオット! 『紅の梟』の編集部からだわ! 私の原稿が見つかったらしくて、送り返してくれたの」

エリオットの部屋から見つかったビアトリスの没原稿は、一旦セオドアが預かり、謝罪文を添えて王都の編集部から送ることにした。直接渡せば簡単に終わるが、そんなことをしたらエリオットの正体がばれてしまうので、わざわざ面倒な手続きを踏んだのた。

「よかったね。少し手直ししてからまた別のところに送ろう。送り先は……ビアトリスの作風だと『楡の木』が向いてるかな?」

エリオットは編集長という立場上、競合誌のリサーチも抜かりない。他の雑誌の特色や読者層のデータはばっちり頭に入っている。

「まだあなたに読んでもらってないのに、よく分かるわね? そんなイメージなのかな?」

エリオットは、うっかり口を滑らせたことに気付いてぎくっとした。既に読んだ後だなんて言えるわけがない。何とか取り繕わなければと、しどろもどろになって言い訳する。

「そうそう、ただのイメージだよ。ほら、日常によく起こる小さなトラブルがテーマって話してたじゃない? それだと、うち……じゃなかった、『紅の梟』だとちょっと硬派すぎるかな……って」

確かにエリオットの言う通りかもしれないが……ビアトリスは、うーんと悩んでいた。

「私が書くようなものは、ペンドラゴン編集長の好みではないってことかしら?」

「いやっ、そうじゃないと思うよ!? ただ、せっかく頑張って完成させた作品なんだから、一度で諦めるべきじゃない。別の人が評価したらまた変わるかもしれないし」

ビアトリスにとってはペンドラゴンに評価されるのが一番の報酬なのだ。彼女の脳内では、ペンドラゴンは機知とウィットに富んだ落ち着きのある中年男性ということになっている。どこをどう読めばそんな解釈になるのか、エリオットは不思議でならなかった。まさか、目の前の引きこもりの青年がその正体だとは夢にも思うまい。

「……ねえ、ペンドラゴンに思い入れがあるようだけど、何か特別な事情があるの?」

「ペンドラゴンの批評ってただ的確なだけじゃない、厳しい中にも愛を感じるの。彼の文章を読むと、作品の裏に一人の人間がいるってことを思い出させてくれる。彼自身も色々苦労して人の痛みが分かる思慮深い人物なんだと思うわ」

それを聞いたエリオットは、何も言えなくなった。確かに苦労はしたが他はまるで身に覚えがない。自分はそこまで評価される価値のある人間ではない。恥ずかしくて消え去りたくなると同時に、なぜか胸がぎゅっと締め付けられる。彼の正体に彼女が気付いたら相当落胆させてしまうだろう。絶対に秘密にしておかなければならない。

結局ビアトリスは、エリオットのアドバイスに従って「紅の梟」で没になった自身の短編小説を一緒に手直ししてから「楡の木」に送った。そして、その結果は一か月後に判明した。

「エリオット!! これ! これ見て!」

相変わらず原稿書きに勤しんでいたエリオットは、ビアトリスがドアをノックもせずに部屋に飛び込んで来たので、驚いて反射的に立ち上がった。

「どうしたの? 何があったの?」

「これ、見て! これ、私の——」

ビアトリスは、息も絶え絶えに一冊の雑誌を彼の手に握らせた。「楡の木」の最新号だ。まさか。エリオットは、全身の血の気が引くのを感じながら、彼女が指すページに目を凝らす。そこには彼女の小説が掲載されていた。

「すごい! とうとうやったね! おめでとう!」

「どうしよう、こんなの初めてだわ。どうしたらいいか分からない。あわわわわわ」

ビアトリスは、すっかり混乱して、部屋をぐるぐる回り出した。無理もない。それまで連敗続きだったのが、初めて選ばれたのだから。しかも、かなり前の方に載っている。この業界では、何となくではあるが、前の方に載るほど注目度が高いとみなされる風習があった。

「ありがとう、エリオットが勧めてくれたお陰よ。おまけにかなり手直しもしてくれた。そうでなければ、絶対に選ばれなかったわ」

「それは違うよ。ビアトリスの実力が正当に評価されただけだ。全部自分の功績だから自信をもって」

エリオットはそう言ったものの、内心は複雑な思いでいっぱいだった。彼女の才能をみすみす手放してしまい、それをライバル誌に取られたという後悔。彼女を喜ばせる役割は自分がやりたかった。とはいえ、今の自分には彼女の作品をフェアに評価することはできない。それで「楡の木」に行かせたのだ。望み通りの結果になったのだから、素直に喜べばいいのにモヤモヤした感情が払拭できない己の狭量さにほとほと嫌気が差す。

「今日はお祝いをしよう。ビアトリスのためにちょっといい食事にしようか」

せめて、自分から彼女が喜ぶ提案を、と思い口走ったエリオットは、次の瞬間固まった。自分は何を言ってるんだ。お祝いをしようというのは、一緒に食堂室で食べることを意味している。散歩先で一緒に軽食をつまんだことはあるが、家の中ではまだ別々だ。でも口に出してしまった以上もう遅い。ビアトリスは、当然そういう意味だと解釈して、ぱっと顔を輝かせた。

「それって、エリオットと一緒に食事ができるってこと!? ようやくその気になってくれたのね! これも散歩のお陰かしら! すごく嬉しい!」

自分の小説が本に載ったこと以上に喜んでくれるビアトリスを見たら、撤回はできなくなってしまった。しかも、家の中で一緒に食事をしないのは、彼が心を開かないからと解釈していたらしい。それを知ったら今更撤回なんてできない。おろおろしながら「うん……」と小声で答えるしかなかった。

**********

ビアトリスは、うきうきした気持ちを隠せずに、夕食の時間に備えて少しいいドレスに着替えた。サーモンピンクのオーガンジーのドレスは、彼女をより華奢に見せる。いつも動きやすいズボン姿だから、エリオットがこの姿を見たらどんな反応をするだろう。鏡の前でポーズを作りながら、一人そんな想像をして頬を赤らめた。こんなことを考えるなんて我ながら柄にもない。

本当のパーティーではないので、アクセサリーはボリュームのないものを選び、時間より早く食堂室に下りて行った。少し早いが待っているのは苦にならない。わくわくした気持ちがその分長く味わえると思えばいいのだ。しかし、約束の時間になってもエリオットは姿を見せなかった。時計の針が15分を過ぎたところで、さすがにこれはおかしいと思い席を立つ。不安な気持ちに包まれながら、ビアトリスはエリオットの部屋を訪ねた。

「エリオット、いるの?」

しかし、返事はない。恐る恐るドアを開けると、部屋の中は電気が付いていなかった。そこでビアトリスが見たものは、冷や汗をかいてがっくりとうなだれるエリオットだった。



★★★

最後までお読みいただきありがとうございます。
恋愛小説大賞エントリー中です。
ビアトリスよかったね!エリオットはどうしたの?と思ったら清き一票をお願いします!

「忘れられた王女は獣人皇帝に溺愛される」も同時連載中です。こちらはシリアス度高めです。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...