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第一部
九話 桜色エンカウント(16years old) 前
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俺がグウェンドルフ・フォンフリーゼと初めて会ったのは、叡智の塔の入学まで遡る。
俺はエリス公爵領にある魔術学院を卒業して、晴れて叡智の塔への入学が決まった。
叡智の塔は王都から少し東に離れたルロイ公爵領の中にある。ルロイ公爵領には教会の本部もあるため、街はとても綺麗で活気があり、神官の学生も多いため都市部は街全体が学生街といった趣がある。
入学式の当日、俺は叡智の塔に向かう坂道を憂鬱な気持ちで歩いていた。
ゲームの世界とはいえ、根底の文化はやはり前世の世界のもの。道には桜が満開に咲き誇り花びらが舞い、風と光で満ちた道の光景は幻想的でゲームのオープニングのカットにもふさわしい。
たまたま道には他に学生も歩いていないので、俺は人の目も気にせずため息をついた。
ねえ。なんで、俺のローブの丈、こんなに長いの……。
叡智の塔にはモチーフがある。
ブルーローズ、青い薔薇である。
それもまた、ゲームのクリエイターの趣向だろう。不可能を可能にする、とか多分よくありがちなやつ。
決まった制服はないが、その代わりローブだけは指定されていて、瑠璃色に近い青いローブに真鍮の薔薇の留め金をつける。
俺はローブの発注を、母さんと執事に任せたきりだった。
そして何を思ったのか、母さんは一年前に叡智の塔を卒業したエルロンド兄さんが入学した時と同じサイズで俺のローブを注文していたのだ。
「あらまぁ…………。大丈夫よ。エルも身長伸びたし、レイもそのうちちょうど良くなるから」
と、今朝ローブを完全に引きずっている俺の有り様を見て、母さんは慌てて言った。取り繕ってはいたが、顔がちょっと笑っていたのを俺は確かに見た。
執事は後ろで「やっちまった」って顔をして俺から目を逸らしていた。お前な! 俺のことだからって力抜いて仕事してんじゃないよ執事!
いくら兄弟とはいえ、俺の方がだいぶ小柄だ。確かに兄さんは叡智の塔でもまだ身長は伸びたけど、俺はもう止まりつつあるんですけど。どうすんだよこの地面を引きずってるローブ!
確かに、俺も今日着るまで一度もサイズを確認しなかったのが悪い。でもローブだよ?まあ羽織るだけだし大丈夫でしょって思うだろ!
地面を擦りながら歩くのもローブを痛めるし、とりあえず叡智の塔に着くまでは裾を手でたくしあげて歩いていた。
入学式で笑いものになることが確定している絶望感によろよろ歩いていると、前方に人影が見えた。
自分の有り様を人に見られたくないなと思いながら様子を伺っていると、ゆっくり歩いている前方の青いローブの人影に追いついてくる。
「ん?」
そこで俺はある違和感を覚えた。
前を歩く、おそらくこんな日にローブを着ていることからして俺と同じ入学生は、やや長めの黒い髪を揺らして悠然と歩いている。そのローブの下からは黒いズボンの長い足元が見えている。
けど、見えすぎじゃないか?
そっと早足に近づいてみると、ローブは膝下まであるのが普通だが、彼(俺よりも背が高くて肩幅もあるから男だ。)は膝裏が完全に見えていた。
「おお……」
神よ!!
俺は心の中で快哉を叫んだ。
まさか同じ日に、ローブの丈に悩まされる哀れな仲間を見つけるなんて。俺はまだ顔も見ぬ彼に勝手に友情を感じた。そして閃いたのである。
「ねぇ、君!」
思いついた瞬間、駆け出して後ろから彼に話しかけていた。
足音は聴こえていたのであろう彼は、俺の声に驚かずに振り返った。
おお。
イケメェン……。
振り向いた彼は、艶のある黒い髪に切長の黒い眼、鼻筋の通った彫刻のような、完璧なる美形だった。
黒いインナーとズボン、靴まで黒いためローブ以外が全身黒尽くめだ。そのローブの丈が膝より短いため不恰好に見える。しかしその不恰好さが気にならないくらいの美形である。
マズイ、これ攻略対象者か?
と一瞬脳裏に警告ランプが浮かんだが、しかし目の前の僥倖を逃すのが惜しかった俺はそのままの勢いで彼に話しかけた。
「あのさ、俺のこれ見てよ。母さんが発注間違ったせいでこのローブ、こんな長さになっちゃったわけ。もう恥ずかしくて恥ずかしくて、俺どうしようかと思ってたんだ」
綺麗な顔で振り返ったまま、表情は動かさずに少しだけ眉を上げた彼に猛烈な勢いで畳み掛ける。
「俺の背が伸びると思ってたって言うんだけどさ、限度があるだろ? これ完全に引きずっちゃってんの。作り直すにしても入学式には間に合わないし、俺は今日絶望のまま入学式に来たんだよ。でも、でも今君に会えて凄く嬉しい。君も、サイズ間違っちゃったんだろ?」
「……サイズ?」
「そうそう。そのローブの長さ、足りてないもんな? 君顔もいいし背も高くてめちゃくちゃ格好いいじゃん。女々しい俺の顔とは違って羨ましいよ。でもさ、そのローブじゃ恥ずかしいよな? それで、それでさ、俺思ったんだけど、そのローブと俺のローブを、交換しない?」
一息に言い切って期待の眼差しで見つめると、黒髪の彼は無表情のまま止まっている。俺の話を聞いて少しだけ黒眼が大きくなったところを見ると、元から表情はあまり動かないタイプのようだ。彼にとっては予期せぬ展開なのか、俺を見たまま少し眉を寄せてフリーズしている。恐らく、驚きすぎて固まっている。
まだ状況を把握出来ていないのか。それならそれで好都合だ。
俺は更に畳み掛けることにした。
「ねえ大丈夫? どうかな? 交換してくれる? それとも、名前も知らない俺とは絶対嫌?」
「いや……絶対に嫌では」
「本当? じゃあ交換しよう!!!」
嫌ではない、という言質をとった、取ったよな? とにかく絶対嫌ではない、というニュアンスを聞き取った俺は満面の笑みを浮かべて自分のローブを素早く脱いだ。
さっと彼に差し出すと、彼はまだ戸惑った顔をしつつも自分のローブを脱いで俺に渡してくれた。
それを素早く肩にかけてみる。完璧だ。
彼のローブは靴にギリギリつかないくらいの絶妙な長さで俺にぴったりだった。
満足して彼を見ると、彼ものろのろ俺のローブを羽織ったところだった。
俺のように靴の上という長さにはならないが、それでも膝下まで長さがある。さっきの不恰好な姿とは劇的に変わった。イケメンが更に完璧なイケメンになった。
「いいじゃん! お互いさっきより全然良いよな! これで行こう! ありがとうありがとう。俺今日ここで君に会えて本当にラッキーだったよ」
「ああ……」
まだ状況が飲み込めていないのか、もとから無口な性格なのかわからないが、彼が頷いたので、俺は元気に笑顔でお礼を言った。
イケメンの彼は自分の姿に対しては特にリアクションがない。もともと自分の格好に頓着しない性格なのかもしれないが、うまく丸め込めたので気にしない。
俺は上機嫌になって、さっきとは打って変わって早く入学式に行きたくなってきた。
「じゃあ、本当にありがとう。あ、そのローブ、返さなくて良いから」
俺も、返す気はないから!
心の中でそう付け足して言い、勝手に彼の手を取ってぶんぶん握手した。公爵令息にあるまじき無礼な振る舞いだが、まぁ誰も見てないしいいだろ。
彼は驚いた顔をして少し眼を見開いた。
そうして見えた瞳を見上げて俺は思わず感嘆の声をあげる。
「君の眼、綺麗なオニキスなんだな。なんだか懐かしくなる色だよ」
黒髪に黒い眼なんてこの世界では滅多にお目にかからない。前世で見慣れていた色に遭遇した懐かしさで自然に顔が綻ぶ。
「じゃ、また入学式で。俺友達が待ってるから先に行くね」
こちらをじっと見つめてくる彼ににこっと笑ってから手を離して、軽快な足取りで坂を登り始めた。
一緒にいたらいつローブ返してと言われるかわからないからな。後からやっぱり返してなんて言われないようにさっさとずらかるに限る。
待ってる友達なんかいないが、一人で先に行く理由が必要なのでそう言って足早に立ち去った。
このときのイケメンがまさか伝説の魔法使いの孫だったなんて、夢にも思っていなかったのだ。
俺はエリス公爵領にある魔術学院を卒業して、晴れて叡智の塔への入学が決まった。
叡智の塔は王都から少し東に離れたルロイ公爵領の中にある。ルロイ公爵領には教会の本部もあるため、街はとても綺麗で活気があり、神官の学生も多いため都市部は街全体が学生街といった趣がある。
入学式の当日、俺は叡智の塔に向かう坂道を憂鬱な気持ちで歩いていた。
ゲームの世界とはいえ、根底の文化はやはり前世の世界のもの。道には桜が満開に咲き誇り花びらが舞い、風と光で満ちた道の光景は幻想的でゲームのオープニングのカットにもふさわしい。
たまたま道には他に学生も歩いていないので、俺は人の目も気にせずため息をついた。
ねえ。なんで、俺のローブの丈、こんなに長いの……。
叡智の塔にはモチーフがある。
ブルーローズ、青い薔薇である。
それもまた、ゲームのクリエイターの趣向だろう。不可能を可能にする、とか多分よくありがちなやつ。
決まった制服はないが、その代わりローブだけは指定されていて、瑠璃色に近い青いローブに真鍮の薔薇の留め金をつける。
俺はローブの発注を、母さんと執事に任せたきりだった。
そして何を思ったのか、母さんは一年前に叡智の塔を卒業したエルロンド兄さんが入学した時と同じサイズで俺のローブを注文していたのだ。
「あらまぁ…………。大丈夫よ。エルも身長伸びたし、レイもそのうちちょうど良くなるから」
と、今朝ローブを完全に引きずっている俺の有り様を見て、母さんは慌てて言った。取り繕ってはいたが、顔がちょっと笑っていたのを俺は確かに見た。
執事は後ろで「やっちまった」って顔をして俺から目を逸らしていた。お前な! 俺のことだからって力抜いて仕事してんじゃないよ執事!
いくら兄弟とはいえ、俺の方がだいぶ小柄だ。確かに兄さんは叡智の塔でもまだ身長は伸びたけど、俺はもう止まりつつあるんですけど。どうすんだよこの地面を引きずってるローブ!
確かに、俺も今日着るまで一度もサイズを確認しなかったのが悪い。でもローブだよ?まあ羽織るだけだし大丈夫でしょって思うだろ!
地面を擦りながら歩くのもローブを痛めるし、とりあえず叡智の塔に着くまでは裾を手でたくしあげて歩いていた。
入学式で笑いものになることが確定している絶望感によろよろ歩いていると、前方に人影が見えた。
自分の有り様を人に見られたくないなと思いながら様子を伺っていると、ゆっくり歩いている前方の青いローブの人影に追いついてくる。
「ん?」
そこで俺はある違和感を覚えた。
前を歩く、おそらくこんな日にローブを着ていることからして俺と同じ入学生は、やや長めの黒い髪を揺らして悠然と歩いている。そのローブの下からは黒いズボンの長い足元が見えている。
けど、見えすぎじゃないか?
そっと早足に近づいてみると、ローブは膝下まであるのが普通だが、彼(俺よりも背が高くて肩幅もあるから男だ。)は膝裏が完全に見えていた。
「おお……」
神よ!!
俺は心の中で快哉を叫んだ。
まさか同じ日に、ローブの丈に悩まされる哀れな仲間を見つけるなんて。俺はまだ顔も見ぬ彼に勝手に友情を感じた。そして閃いたのである。
「ねぇ、君!」
思いついた瞬間、駆け出して後ろから彼に話しかけていた。
足音は聴こえていたのであろう彼は、俺の声に驚かずに振り返った。
おお。
イケメェン……。
振り向いた彼は、艶のある黒い髪に切長の黒い眼、鼻筋の通った彫刻のような、完璧なる美形だった。
黒いインナーとズボン、靴まで黒いためローブ以外が全身黒尽くめだ。そのローブの丈が膝より短いため不恰好に見える。しかしその不恰好さが気にならないくらいの美形である。
マズイ、これ攻略対象者か?
と一瞬脳裏に警告ランプが浮かんだが、しかし目の前の僥倖を逃すのが惜しかった俺はそのままの勢いで彼に話しかけた。
「あのさ、俺のこれ見てよ。母さんが発注間違ったせいでこのローブ、こんな長さになっちゃったわけ。もう恥ずかしくて恥ずかしくて、俺どうしようかと思ってたんだ」
綺麗な顔で振り返ったまま、表情は動かさずに少しだけ眉を上げた彼に猛烈な勢いで畳み掛ける。
「俺の背が伸びると思ってたって言うんだけどさ、限度があるだろ? これ完全に引きずっちゃってんの。作り直すにしても入学式には間に合わないし、俺は今日絶望のまま入学式に来たんだよ。でも、でも今君に会えて凄く嬉しい。君も、サイズ間違っちゃったんだろ?」
「……サイズ?」
「そうそう。そのローブの長さ、足りてないもんな? 君顔もいいし背も高くてめちゃくちゃ格好いいじゃん。女々しい俺の顔とは違って羨ましいよ。でもさ、そのローブじゃ恥ずかしいよな? それで、それでさ、俺思ったんだけど、そのローブと俺のローブを、交換しない?」
一息に言い切って期待の眼差しで見つめると、黒髪の彼は無表情のまま止まっている。俺の話を聞いて少しだけ黒眼が大きくなったところを見ると、元から表情はあまり動かないタイプのようだ。彼にとっては予期せぬ展開なのか、俺を見たまま少し眉を寄せてフリーズしている。恐らく、驚きすぎて固まっている。
まだ状況を把握出来ていないのか。それならそれで好都合だ。
俺は更に畳み掛けることにした。
「ねえ大丈夫? どうかな? 交換してくれる? それとも、名前も知らない俺とは絶対嫌?」
「いや……絶対に嫌では」
「本当? じゃあ交換しよう!!!」
嫌ではない、という言質をとった、取ったよな? とにかく絶対嫌ではない、というニュアンスを聞き取った俺は満面の笑みを浮かべて自分のローブを素早く脱いだ。
さっと彼に差し出すと、彼はまだ戸惑った顔をしつつも自分のローブを脱いで俺に渡してくれた。
それを素早く肩にかけてみる。完璧だ。
彼のローブは靴にギリギリつかないくらいの絶妙な長さで俺にぴったりだった。
満足して彼を見ると、彼ものろのろ俺のローブを羽織ったところだった。
俺のように靴の上という長さにはならないが、それでも膝下まで長さがある。さっきの不恰好な姿とは劇的に変わった。イケメンが更に完璧なイケメンになった。
「いいじゃん! お互いさっきより全然良いよな! これで行こう! ありがとうありがとう。俺今日ここで君に会えて本当にラッキーだったよ」
「ああ……」
まだ状況が飲み込めていないのか、もとから無口な性格なのかわからないが、彼が頷いたので、俺は元気に笑顔でお礼を言った。
イケメンの彼は自分の姿に対しては特にリアクションがない。もともと自分の格好に頓着しない性格なのかもしれないが、うまく丸め込めたので気にしない。
俺は上機嫌になって、さっきとは打って変わって早く入学式に行きたくなってきた。
「じゃあ、本当にありがとう。あ、そのローブ、返さなくて良いから」
俺も、返す気はないから!
心の中でそう付け足して言い、勝手に彼の手を取ってぶんぶん握手した。公爵令息にあるまじき無礼な振る舞いだが、まぁ誰も見てないしいいだろ。
彼は驚いた顔をして少し眼を見開いた。
そうして見えた瞳を見上げて俺は思わず感嘆の声をあげる。
「君の眼、綺麗なオニキスなんだな。なんだか懐かしくなる色だよ」
黒髪に黒い眼なんてこの世界では滅多にお目にかからない。前世で見慣れていた色に遭遇した懐かしさで自然に顔が綻ぶ。
「じゃ、また入学式で。俺友達が待ってるから先に行くね」
こちらをじっと見つめてくる彼ににこっと笑ってから手を離して、軽快な足取りで坂を登り始めた。
一緒にいたらいつローブ返してと言われるかわからないからな。後からやっぱり返してなんて言われないようにさっさとずらかるに限る。
待ってる友達なんかいないが、一人で先に行く理由が必要なのでそう言って足早に立ち去った。
このときのイケメンがまさか伝説の魔法使いの孫だったなんて、夢にも思っていなかったのだ。
応援ありがとうございます!
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