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第一部
二十話 蒼緑リベンジ(20years old)中③
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その時、ルシアが石像の陰から走り出した。
「ルシアさん!」
彼女の周りで一番最初に動けたのは、実戦経験のあるミラード卿だった。
剣に向かって走るルシアに悪魔の爪から黒い雷撃が連続して放たれる。
俺は咄嗟にグウェンドルフの腕から離れて床に手をついた。ルシアの前にゴーレムを作り出そうとしたが間に合わない。
雷撃がルシアに伸びる。
「危ない!」
ルシアに雷の鞭が直撃する瞬間、ミラード卿がその間に滑り込み、彼女を庇った。雷撃に打たれたミラード卿の身体がびくりと硬直する。その直後に彼の躯体は消え、小さな焼け焦げた人形がぼとりと地面に転がった。
驚いて棒立ちになったルシアの前には俺が作ったゴーレムが立ち塞がり、続けて放たれる黒い雷撃を受け止める。
ルシアは蒼白な顔になって、その場にへたり込んだ。
「ルシア!」
第三王子とグウェンドルフの弟がゴーレムの陰に駆け込んでくる。
「私……」
口を震える手で覆ったルシアは、呆然とミラード卿の形代の人形を見つめている。放心したように黙り込んでしまったルシアの肩に第三王子がそっと手を置いた。
「大丈夫だ。形代があったおかげで彼は無事だよ」
「……」
「ルシア、危険だということがわかっただろう。退避しよう」
第三王子がルシアの顔を覗き込んでそう言った。
さすが曲がりなりにもこの国の王子。緊急事態の際に身を守るための引き際をちゃんと見定めている。
自分達の力量を把握して退避を選択する潔さに俺は好感を持った。
王子の言葉にルシアは黙って頷く。
目の前でミラード卿が強制帰還したのは怖かっただろう。もう少し速くゴーレムが立ち上がっていれば二人とも助けられたんだけど、不甲斐ない。
「ルシアさん、宝剣をありがとう。神官長達が来るまでここは俺たちで何とかするから、君たちは安全なところへ退避してください」
俺がもう一度声をかけると、ルシアは俺の方を向いてこくりと頷いた。
ルシアと三人が帰還の呪文を唱えて、形代の人形と入れ替わる。四人の学生達が消え、人形がぽとぽとと床に散らばった。
ゲームの進行とは食い違ってしまったら申し訳ないが、ここは仕方がない。事は一刻を争う。速やかに悪魔にはお帰り願わなくては。
俺はゴーレムを操って宝剣を拾わせると俺達の方へ持って来させた。途中、何度も悪魔の雷撃に砕かれて脚を修復したがなんとか剣は死守して運搬に成功する。
「グウェンドルフ、宝剣手に入れたぞ」
柄を手に持って、俺がルシア達と会話する間にも悪魔に攻撃を続けていたグウェンドルフに掲げて見せる。ちらりとこちらを向いて軽く頷いた彼は何か小さく呟いた。
「ん? 何?」
聞き返すと、グウェンドルフは少し躊躇うように口を開いてから一度閉じて、もう一度口を開いて俺を見た。
「グウェンでいい」
何か重大なことを言われるのかと待ち構えていた俺は、聞こえた言葉に思わず「え?」と聞き返す。
軽く咳払いしたグウェンドルフは、結界の方へ視線を戻した。
「グウェン、と呼んでくれればいい」
え?
ええ?
この重大な局面で、言うのそれ?
思わずぽかんとしてしまった俺は、次の瞬間喉の奥から笑いが込み上げてきた。グウェンドルフを見上げると、彼は前を向いたまますました顔を取り繕っているが俺の反応を気にしているのがわかる。
こいつのこういう天然に可愛らしい思考回路が、俺は全然嫌いじゃない。
「うん。わかった。じゃあグウェン、だな」
「ああ」
俺の返事を聞いて表情を緩めたグウェンドルフを見たら、再会した後もっと早くそう言ってくれれば良かったのに、と何故か俺の方が今までの時間が惜しくなるような気がした。
「レイナルド」
また改まってグウェンドルフが言う。
「今度はどうした?」
俺が聞くと、グウェンドルフは俺の方を見て口を開く。真剣な色を帯びた漆黒の瞳が真っ直ぐに俺を見つめた。
「色々あって聞くのが遅くなったが、あれを止めるのを手伝ってくれるか」
そう言われて、俺は軽く目を見開いた。
あの卒業考査の時、同じ場所で同じ悪魔を目の前にした時、逃げろと言った彼を俺は説教した。
こういう時に言うことは、逃げろじゃなくて、手伝ってくれ。
覚えてたんだな。
何か温かいものが身体の底から湧き上がって心臓を伝っていった。
緩んでしまう口元をそのままにして、俺はグウェンドルフを見上げてウインクした。
「もちろんだよ」
そう言うとグウェンドルフもふわっと薄く笑った。
彼が微笑むことなんて滅多に拝めないので、珍しくてつい凝視してしまう。すぐにその笑みは消えてしまったが、グウェンドルフのコンディションは高まっているようで、結界の隙間に浴びせる攻撃魔法がえげつない。さすがの悪魔も雷撃で防ぐ前に数秒の遅れもなく撃ち込まれる連撃に危うく結界の中に押し込まれそうになっている。
三年前と比べて、グウェンドルフの魔術のレベルは数段上がっているらしい。三年前も化け物級だったのに、更に強くなってるのか。今回、俺本当に必要かな?
三年前とは違って今回は負け戦をするつもりは全くない。悪魔の指も、まだ出てきているのは三本だけ。六本の指と手の平が全部出てきていたあの時とは違う。
「さて、俺たちとあいつのリベンジマッチってところだな」
「ああ」
俺は宝剣をグウェンドルフに持たせると、腕を組んで不敵に笑った。
「魔界へお帰り願おう」
「ルシアさん!」
彼女の周りで一番最初に動けたのは、実戦経験のあるミラード卿だった。
剣に向かって走るルシアに悪魔の爪から黒い雷撃が連続して放たれる。
俺は咄嗟にグウェンドルフの腕から離れて床に手をついた。ルシアの前にゴーレムを作り出そうとしたが間に合わない。
雷撃がルシアに伸びる。
「危ない!」
ルシアに雷の鞭が直撃する瞬間、ミラード卿がその間に滑り込み、彼女を庇った。雷撃に打たれたミラード卿の身体がびくりと硬直する。その直後に彼の躯体は消え、小さな焼け焦げた人形がぼとりと地面に転がった。
驚いて棒立ちになったルシアの前には俺が作ったゴーレムが立ち塞がり、続けて放たれる黒い雷撃を受け止める。
ルシアは蒼白な顔になって、その場にへたり込んだ。
「ルシア!」
第三王子とグウェンドルフの弟がゴーレムの陰に駆け込んでくる。
「私……」
口を震える手で覆ったルシアは、呆然とミラード卿の形代の人形を見つめている。放心したように黙り込んでしまったルシアの肩に第三王子がそっと手を置いた。
「大丈夫だ。形代があったおかげで彼は無事だよ」
「……」
「ルシア、危険だということがわかっただろう。退避しよう」
第三王子がルシアの顔を覗き込んでそう言った。
さすが曲がりなりにもこの国の王子。緊急事態の際に身を守るための引き際をちゃんと見定めている。
自分達の力量を把握して退避を選択する潔さに俺は好感を持った。
王子の言葉にルシアは黙って頷く。
目の前でミラード卿が強制帰還したのは怖かっただろう。もう少し速くゴーレムが立ち上がっていれば二人とも助けられたんだけど、不甲斐ない。
「ルシアさん、宝剣をありがとう。神官長達が来るまでここは俺たちで何とかするから、君たちは安全なところへ退避してください」
俺がもう一度声をかけると、ルシアは俺の方を向いてこくりと頷いた。
ルシアと三人が帰還の呪文を唱えて、形代の人形と入れ替わる。四人の学生達が消え、人形がぽとぽとと床に散らばった。
ゲームの進行とは食い違ってしまったら申し訳ないが、ここは仕方がない。事は一刻を争う。速やかに悪魔にはお帰り願わなくては。
俺はゴーレムを操って宝剣を拾わせると俺達の方へ持って来させた。途中、何度も悪魔の雷撃に砕かれて脚を修復したがなんとか剣は死守して運搬に成功する。
「グウェンドルフ、宝剣手に入れたぞ」
柄を手に持って、俺がルシア達と会話する間にも悪魔に攻撃を続けていたグウェンドルフに掲げて見せる。ちらりとこちらを向いて軽く頷いた彼は何か小さく呟いた。
「ん? 何?」
聞き返すと、グウェンドルフは少し躊躇うように口を開いてから一度閉じて、もう一度口を開いて俺を見た。
「グウェンでいい」
何か重大なことを言われるのかと待ち構えていた俺は、聞こえた言葉に思わず「え?」と聞き返す。
軽く咳払いしたグウェンドルフは、結界の方へ視線を戻した。
「グウェン、と呼んでくれればいい」
え?
ええ?
この重大な局面で、言うのそれ?
思わずぽかんとしてしまった俺は、次の瞬間喉の奥から笑いが込み上げてきた。グウェンドルフを見上げると、彼は前を向いたまますました顔を取り繕っているが俺の反応を気にしているのがわかる。
こいつのこういう天然に可愛らしい思考回路が、俺は全然嫌いじゃない。
「うん。わかった。じゃあグウェン、だな」
「ああ」
俺の返事を聞いて表情を緩めたグウェンドルフを見たら、再会した後もっと早くそう言ってくれれば良かったのに、と何故か俺の方が今までの時間が惜しくなるような気がした。
「レイナルド」
また改まってグウェンドルフが言う。
「今度はどうした?」
俺が聞くと、グウェンドルフは俺の方を見て口を開く。真剣な色を帯びた漆黒の瞳が真っ直ぐに俺を見つめた。
「色々あって聞くのが遅くなったが、あれを止めるのを手伝ってくれるか」
そう言われて、俺は軽く目を見開いた。
あの卒業考査の時、同じ場所で同じ悪魔を目の前にした時、逃げろと言った彼を俺は説教した。
こういう時に言うことは、逃げろじゃなくて、手伝ってくれ。
覚えてたんだな。
何か温かいものが身体の底から湧き上がって心臓を伝っていった。
緩んでしまう口元をそのままにして、俺はグウェンドルフを見上げてウインクした。
「もちろんだよ」
そう言うとグウェンドルフもふわっと薄く笑った。
彼が微笑むことなんて滅多に拝めないので、珍しくてつい凝視してしまう。すぐにその笑みは消えてしまったが、グウェンドルフのコンディションは高まっているようで、結界の隙間に浴びせる攻撃魔法がえげつない。さすがの悪魔も雷撃で防ぐ前に数秒の遅れもなく撃ち込まれる連撃に危うく結界の中に押し込まれそうになっている。
三年前と比べて、グウェンドルフの魔術のレベルは数段上がっているらしい。三年前も化け物級だったのに、更に強くなってるのか。今回、俺本当に必要かな?
三年前とは違って今回は負け戦をするつもりは全くない。悪魔の指も、まだ出てきているのは三本だけ。六本の指と手の平が全部出てきていたあの時とは違う。
「さて、俺たちとあいつのリベンジマッチってところだな」
「ああ」
俺は宝剣をグウェンドルフに持たせると、腕を組んで不敵に笑った。
「魔界へお帰り願おう」
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