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第一部
二十五話 闇色エクスプロージョン 後①
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ここまで見れば、俺にも何が起こっているのかはわかる。
魔力暴走だ。
叡智の塔に入った頃、ルウェインがグウェンドルフについてそう言及していたことを思い出す。
確か、グウェンドルフは魔力量が多すぎて、定期的に大量の魔力を消費しないと魔力暴走を起こすことがあるって言ってたな。
この前の結界の事件のせいで普段よりも消費魔力は多かったはずなのに、それでも魔力暴走するのか。すごい保有量だな。
この様子だともしかして、定期的に発作みたいになっているのかもしれない。
「大丈夫か。俺のことはいいから魔力を解放していいぞ」
「駄目だ。そんなことをしたら、君が……」
グウェンドルフは胸を押さえて俯いたまま、絞り出すような小さな声で呟いた。
どうしてこの部屋に召喚されたのかは後で考えることにして、とにかく目の前のグウェンドルフをどうにかするのが先だな。
魔力暴走なんだから魔力を体の外に出させてやればいい訳なんだが、いっそのこと外に出て地面に深い穴でも掘ってみようか。でもグウェンドルフが本気出したら山とか平気で吹っ飛びそうだよな。
少しずつ魔力を放出しようとしているのか、グウェンドルフは吐く息すらも押し込めるように全身に力を入れているように見える。
ぐっとその肩が強張ったように見えたとき、二回目の衝撃波が放出された。
押し寄せる風圧を避けてかわすと、続けざまに氷の矢がグウェンドルフをぐるりと取り囲むようにして出現した。それが周囲に向けて無作為に発射される。
「うお」
「避けろ!」
咄嗟に部屋の隅に吹き飛んでいたテーブルの陰に滑り込んで盾にした。同時に氷の矢がドスドスとテーブルの板面に突き刺さっていく。
矢の追撃が終わってそっと前方の様子を伺うと、グウェンドルフは胸を押さえながら蒼白な顔で俺の方を見ていた。大丈夫だと手だけ出して軽く振ったら、小さく息をついたグウェンドルフがまた眉間に皺を寄せ始める。
今みたいに手当たり次第グウェンドルフの魔法が出てくると、俺には少し分が悪いかもしれない。土の力を使えないとガードに限界がある。流石に何処かもわからない部屋の床をぶち抜くわけにはいかないしなぁ。
なんて考えながらテーブルの陰に隠れていたら、グウェンドルフの方から微かにバチッと音がした。何だろうと顔を出そうとしたとき、ドォンと轟音を響かせて放たれた雷撃にテーブルは弾かれて木っ端微塵に吹き飛んだ。
「わお」
思わず感嘆の声が出る。
すごい威力だ。
「いや、感心してる場合じゃない」
目の前が開けてグウェンドルフの姿がよく見えるようになった。
グウェンドルフが膝をついている床の周りから突如ゴオッと音を立てて炎が立ち昇る。それがたちまち龍のようにうねって部屋の中を暴れ始めた。
当然本やカーテンなどに燃え移り、すぐに黒煙を上げながら部屋の中に燃え広がっていく。炎の龍を跳んで避けながら、俺は眉を顰めた。
「火はちょっと……対処が難しいな」
魔法陣を悠長に描いてる時間は無さそうだし、ここは思い切って外に出た方が得策か。このままだと火事になるけど、グウェンドルフが元に戻って魔法を思う通りに使えればすぐに鎮火はできる。
不思議なことに、こんな騒ぎになっているのに部屋には誰も来ないし、外も静かだ。
執事や使用人はどこにいるんだろう。
首を捻りながら窓に近寄って外を覗いてみる。
二階の部屋だったらしく、外は木に囲まれた普通の屋敷の庭という感じだった。これなら飛び降りても問題はない。
「グウェンドルフ」
外に出るよ、と言おうとして部屋の中を振り向いたとき、思いの外近くにいた炎龍が俺の方にまっすぐ飛んで来ていた。ぶわっと髪が焼けてしまいそうな熱気が顔にかかる。
近すぎて、避けるには間に合わない。
外に弾き落とされても問題ないが、多少の火傷は覚悟したほうが良いだろう。
そう考えて腕で顔をガードした。
「レイナルド!」
そのとき俺と炎龍の間にグウェンドルフが割って入った。炎から守るように強く抱きしめられ、その勢いのまま二人とも窓の外へ投げ出される。
熱風と赤い炎に一瞬包まれたが、すぐに炎のうねりは消滅した。グウェンドルフに抱きしめられたまま二階から外へ落下する。
そこで不思議なことが起きた。
グウェンドルフの身体から、魔力が俺の中に流れてきたのだ。
「え?」
グウェンドルフも何かおかしいと感じたようだった。しかし落下している最中だったため俺を抱えたまま魔法も使わず、くるりと上手く体勢を立て直し脚の力だけで上手く地面に降り立った。
「これは……」
どこか呆然とした顔で小さく呟いたグウェンドルフに、そっと地面に足を下ろしてもらいながら、俺も首を傾げた。
この感覚は、ベルに魔力を流したり貰ったりするときと同じだ。多分、グウェンドルフの魔力が俺に流れてきている。それも大量に。
「俺、吸い取ってるよな」
首を捻りながら言うと、グウェンドルフは無言で頷いた。
グウェンドルフが俺を離すと、流れていた魔力はぴたりと止まった。
グウェンドルフの顔を観察していると、手を離してから10秒ほど経ったときまた表情が険しくなってきたので俺は慌ててグウェンドルフの手を取った。
「掴んどけって」
手を繋ぐとまたグウェンドルフから魔力が流れてくる。
彼の表情が和らいだのを見て安心してから、これは一体何なんだろうとまた首を捻った。
「君は辛くないのか」
「全然。ベルに魔力あげたり貰ったりするのと同じ感覚だよ。グウェンから魔力が流れてくるな、って。それだけ」
「私も身体の中で暴走していた魔力が流れ出ていくのを感じる」
確かに、思えばベルを助けたときかなり太いラインが俺の中に出来たみたいなんだよね。そう言われてみればあれから魔法を使っていて精霊力が切れたなって思ったことはないしな。チーリン以外の魔力を通すのは初めてだけど、特に問題なく受け取っているみたいだ。いつの間にこんなことが出来るようになっていたんだろう。
「なんかよくわからないけど、グウェンドルフが苦しくなくなったなら良かったわ」
「君は本当に辛くないのか。かなりの量が放出されていると思うが」
心配そうな顔で俺を見下ろしてくるグウェンドルフに、俺は問題ないと頷いた。
「俺、ベルを助けたときにチーリンから身体の中にかなり巨大な貯蔵庫作られたっぽいんだよね。そう考えると、チーリンの角に溜め込める魔力もかなりの量なんだな。とにかく、俺は問題ないから大丈夫だよ」
そう言うと、グウェンドルフはほっとしたように表情を緩めた。
先程の張り詰めていた空気が解れて、全身から余計な力が抜けたように見える。気を緩めたらしいグウェンドルフは片手でほつれた髪を無造作に払った。
汗ばんだ首筋がちらりと見えてなんか色っぽいな、流石攻略対象者の兄、と妙なところで感心していると、グウェンドルフが辺りを見回して俺を再度見つめた。
「君は、なぜあの部屋に現れたんだ」
「それは俺も疑問なんだけど。俺何もしてないよ?」
俺が首を傾げると、グウェンドルフも少し考え込んで二階を見上げた。
「あの部屋大丈夫だったのか? 盛大に燃えてたけど」
「壁や床は燃えたり壊れたりしないように魔法がかかっているから大丈夫だ。魔力は消失したからもう燃えていないだろう」
「そっか。ベットとか無事だといいな」
俺が心の中でグウェンドルフが今夜寝るところは大丈夫なんだろうか、と余計なお世話な心配をしていると彼が俺に視線を戻した。
「とりあえず、中へ入ろう。……君が良ければだが」
「良いよ。良いに決まってる。俺も色々聞きたいし。そもそもなんだけど、ここどこ?」
俺の疑問にグウェンドルフは瞬きしてから答えた。
「私の家だ」
魔力暴走だ。
叡智の塔に入った頃、ルウェインがグウェンドルフについてそう言及していたことを思い出す。
確か、グウェンドルフは魔力量が多すぎて、定期的に大量の魔力を消費しないと魔力暴走を起こすことがあるって言ってたな。
この前の結界の事件のせいで普段よりも消費魔力は多かったはずなのに、それでも魔力暴走するのか。すごい保有量だな。
この様子だともしかして、定期的に発作みたいになっているのかもしれない。
「大丈夫か。俺のことはいいから魔力を解放していいぞ」
「駄目だ。そんなことをしたら、君が……」
グウェンドルフは胸を押さえて俯いたまま、絞り出すような小さな声で呟いた。
どうしてこの部屋に召喚されたのかは後で考えることにして、とにかく目の前のグウェンドルフをどうにかするのが先だな。
魔力暴走なんだから魔力を体の外に出させてやればいい訳なんだが、いっそのこと外に出て地面に深い穴でも掘ってみようか。でもグウェンドルフが本気出したら山とか平気で吹っ飛びそうだよな。
少しずつ魔力を放出しようとしているのか、グウェンドルフは吐く息すらも押し込めるように全身に力を入れているように見える。
ぐっとその肩が強張ったように見えたとき、二回目の衝撃波が放出された。
押し寄せる風圧を避けてかわすと、続けざまに氷の矢がグウェンドルフをぐるりと取り囲むようにして出現した。それが周囲に向けて無作為に発射される。
「うお」
「避けろ!」
咄嗟に部屋の隅に吹き飛んでいたテーブルの陰に滑り込んで盾にした。同時に氷の矢がドスドスとテーブルの板面に突き刺さっていく。
矢の追撃が終わってそっと前方の様子を伺うと、グウェンドルフは胸を押さえながら蒼白な顔で俺の方を見ていた。大丈夫だと手だけ出して軽く振ったら、小さく息をついたグウェンドルフがまた眉間に皺を寄せ始める。
今みたいに手当たり次第グウェンドルフの魔法が出てくると、俺には少し分が悪いかもしれない。土の力を使えないとガードに限界がある。流石に何処かもわからない部屋の床をぶち抜くわけにはいかないしなぁ。
なんて考えながらテーブルの陰に隠れていたら、グウェンドルフの方から微かにバチッと音がした。何だろうと顔を出そうとしたとき、ドォンと轟音を響かせて放たれた雷撃にテーブルは弾かれて木っ端微塵に吹き飛んだ。
「わお」
思わず感嘆の声が出る。
すごい威力だ。
「いや、感心してる場合じゃない」
目の前が開けてグウェンドルフの姿がよく見えるようになった。
グウェンドルフが膝をついている床の周りから突如ゴオッと音を立てて炎が立ち昇る。それがたちまち龍のようにうねって部屋の中を暴れ始めた。
当然本やカーテンなどに燃え移り、すぐに黒煙を上げながら部屋の中に燃え広がっていく。炎の龍を跳んで避けながら、俺は眉を顰めた。
「火はちょっと……対処が難しいな」
魔法陣を悠長に描いてる時間は無さそうだし、ここは思い切って外に出た方が得策か。このままだと火事になるけど、グウェンドルフが元に戻って魔法を思う通りに使えればすぐに鎮火はできる。
不思議なことに、こんな騒ぎになっているのに部屋には誰も来ないし、外も静かだ。
執事や使用人はどこにいるんだろう。
首を捻りながら窓に近寄って外を覗いてみる。
二階の部屋だったらしく、外は木に囲まれた普通の屋敷の庭という感じだった。これなら飛び降りても問題はない。
「グウェンドルフ」
外に出るよ、と言おうとして部屋の中を振り向いたとき、思いの外近くにいた炎龍が俺の方にまっすぐ飛んで来ていた。ぶわっと髪が焼けてしまいそうな熱気が顔にかかる。
近すぎて、避けるには間に合わない。
外に弾き落とされても問題ないが、多少の火傷は覚悟したほうが良いだろう。
そう考えて腕で顔をガードした。
「レイナルド!」
そのとき俺と炎龍の間にグウェンドルフが割って入った。炎から守るように強く抱きしめられ、その勢いのまま二人とも窓の外へ投げ出される。
熱風と赤い炎に一瞬包まれたが、すぐに炎のうねりは消滅した。グウェンドルフに抱きしめられたまま二階から外へ落下する。
そこで不思議なことが起きた。
グウェンドルフの身体から、魔力が俺の中に流れてきたのだ。
「え?」
グウェンドルフも何かおかしいと感じたようだった。しかし落下している最中だったため俺を抱えたまま魔法も使わず、くるりと上手く体勢を立て直し脚の力だけで上手く地面に降り立った。
「これは……」
どこか呆然とした顔で小さく呟いたグウェンドルフに、そっと地面に足を下ろしてもらいながら、俺も首を傾げた。
この感覚は、ベルに魔力を流したり貰ったりするときと同じだ。多分、グウェンドルフの魔力が俺に流れてきている。それも大量に。
「俺、吸い取ってるよな」
首を捻りながら言うと、グウェンドルフは無言で頷いた。
グウェンドルフが俺を離すと、流れていた魔力はぴたりと止まった。
グウェンドルフの顔を観察していると、手を離してから10秒ほど経ったときまた表情が険しくなってきたので俺は慌ててグウェンドルフの手を取った。
「掴んどけって」
手を繋ぐとまたグウェンドルフから魔力が流れてくる。
彼の表情が和らいだのを見て安心してから、これは一体何なんだろうとまた首を捻った。
「君は辛くないのか」
「全然。ベルに魔力あげたり貰ったりするのと同じ感覚だよ。グウェンから魔力が流れてくるな、って。それだけ」
「私も身体の中で暴走していた魔力が流れ出ていくのを感じる」
確かに、思えばベルを助けたときかなり太いラインが俺の中に出来たみたいなんだよね。そう言われてみればあれから魔法を使っていて精霊力が切れたなって思ったことはないしな。チーリン以外の魔力を通すのは初めてだけど、特に問題なく受け取っているみたいだ。いつの間にこんなことが出来るようになっていたんだろう。
「なんかよくわからないけど、グウェンドルフが苦しくなくなったなら良かったわ」
「君は本当に辛くないのか。かなりの量が放出されていると思うが」
心配そうな顔で俺を見下ろしてくるグウェンドルフに、俺は問題ないと頷いた。
「俺、ベルを助けたときにチーリンから身体の中にかなり巨大な貯蔵庫作られたっぽいんだよね。そう考えると、チーリンの角に溜め込める魔力もかなりの量なんだな。とにかく、俺は問題ないから大丈夫だよ」
そう言うと、グウェンドルフはほっとしたように表情を緩めた。
先程の張り詰めていた空気が解れて、全身から余計な力が抜けたように見える。気を緩めたらしいグウェンドルフは片手でほつれた髪を無造作に払った。
汗ばんだ首筋がちらりと見えてなんか色っぽいな、流石攻略対象者の兄、と妙なところで感心していると、グウェンドルフが辺りを見回して俺を再度見つめた。
「君は、なぜあの部屋に現れたんだ」
「それは俺も疑問なんだけど。俺何もしてないよ?」
俺が首を傾げると、グウェンドルフも少し考え込んで二階を見上げた。
「あの部屋大丈夫だったのか? 盛大に燃えてたけど」
「壁や床は燃えたり壊れたりしないように魔法がかかっているから大丈夫だ。魔力は消失したからもう燃えていないだろう」
「そっか。ベットとか無事だといいな」
俺が心の中でグウェンドルフが今夜寝るところは大丈夫なんだろうか、と余計なお世話な心配をしていると彼が俺に視線を戻した。
「とりあえず、中へ入ろう。……君が良ければだが」
「良いよ。良いに決まってる。俺も色々聞きたいし。そもそもなんだけど、ここどこ?」
俺の疑問にグウェンドルフは瞬きしてから答えた。
「私の家だ」
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