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第二部

五話 蕾の薔薇の世の喜び《開演》 中③

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 グウェンドルフが魔法を使い、馬車が人気のない道で人の背の高さくらいまで浮いた。そしてぴたりと停止する。
 彼は続けて地面を蹴って一息で飛び上がると、そのまま馬車のほろの向こうに消えた。多分御者の乗り場に飛び乗ったのだろう。すぐに御者の男が地面に蹴り落とされてきた。あれ? 様子を見るって話はどこに行ったんだ?
 ソフィアも馬車に颯爽と走っていくと、荷台に飛び乗りそのままほろの中に消えた。そしてやはり後ろ暗いところのある男達だったのか、すぐに怒号と鈍い音が続けて聞こえ、気絶した男達がどんどん外に放り出されてくる。多分グウェンも前から乗り込んでソフィアと一緒に制圧してるんだろう。異常なスピードで不審者達がのされていく。
 この二人に行き合ってしまった男達が不運だったとしか言いようがない。俺は心の中でタイミング悪く目撃されてしまった不審者達に合掌した。

 俺とオルタンシアは気絶して地面に転がっている男達を、馬車の中にあった予備の手綱を使って順番に縛りあげた。

 男達が全員のされた後、グウェンが馬車を地面に下ろした。戦闘慣れしていて魔法が使えるグウェンはともかく、ソフィアは素手(メリケンサック装備)だったにも関わらず無傷だ。やはりこの師弟は恐ろしい。

「中には炭なんて積んでいないようだ。さっきこいつらが運び込んでいた荷物以外のものは何もない」

 そう言ってソフィアが荷台から軽やかに飛び降りてくる。
 グウェンが荷台の中にあった大きな箱を浮かせて外に出し、地面に下ろした。木で出来ているそれに近付いて被さっていた蓋を開けてみる。
 中には気を失って項垂れているお婆さんが入っていた。

「あれ? この人」

 俺はそのお婆さんに見覚えがあることに気がついて声を上げた。

「知り合いか、レモ」
「うん。昨日ここじゃない街の露店で会ったんだ」

 確かに、昨日泥棒騒ぎがあって知り合った、あの脱走した犬を飼ってたお婆さんだ。なんでこんなところに。
 俺が首を傾げると、「とりあえず、人攫いで間違いないようだな。警備隊を呼んでくる」とソフィアがオルタンシアを連れて広場の方へ戻って行った。広場には警備隊の詰所があるからすぐ戻ってくるだろう。

「うーん……」

 陽の光で気がついたのか、お婆さんが薄ら目を開けた。

「お婆さん大丈夫?」
「……おやおや。お兄さんは昨日の」

 お婆さんは意外に動揺を見せずに周りを冷静に見回してから、縛られて地面に転がっている男達を見つけた。

「どうやら、また助けてもらったようだね」

 そう言いながら箱の横板に手をついて中で立ち上がり、俺とグウェンの手を借りて地面に降り立つ。

「お婆さん攫われてたんだよね? 今知り合いが警備隊を呼びに行ってるよ」
「警備隊? それは困るねぇ……」

 お婆さんが驚いてから眉尻を下げたので、俺は首を傾ける。

「お婆さん訳あり?」
「そうね。ついこの間外国からこの国に来たばかりなんだよ。外国人だっていうのに、すぐに警備隊に目をつけられるのは困るねえ」

 俺は少し考えてから、ズボンのポケットから普通サイズの手紙蝶を取り出した。前回の事件があってから、懐中時計の仕込み以外にも一応一つは持っておくようにしたのだが、意外に役に立っている。

 ソフィアに杖でメッセージを書き込み、すぐに手放して空中に放した。

「とりあえずお婆さんは騒ぎに巻き込まれたくないからうまくやってって書いておいたから、あの二人なら大丈夫だと思う。少し様子を見よう」

 そう言ってお婆さんとグウェンドルフを促して近くの路地裏に入って馬車を見守った。

 ソフィア達が警備隊を連れて帰ってきて、何やら馬車の近くで説明している。被害者はいつの間にかいなくなった、とか適当に言いくるめてくれるだろう。被害者はいなくなってしまったが、炭売りの馬車なのに品物はないし、商売の許可証なんか持っていないだろうから男達が捕まっただけでなんとか処理してくれると助かるな。
 今のところ特に揉めることもなさそうなソフィア達の様子を遠目に見守ってから、俺はお婆さんとグウェンドルフを連れて路地の先に足を進めた。
 人の気配を感じなくなったところで立ち止まり、お婆さんを振り返って首を傾げる。

「お婆さんはこれから大丈夫? あいつらなんでお婆さんを攫おうとしてたの?」

 そう聞くと、お婆さんは軽くため息を吐いて頬に手をつけた。

「さぁどうだろうねぇ。私はね、実はよその国では占い師として生活していたんだよ。そこそこ歴史のある一族の末裔でね。でも、そこの国の王家に期待されたような結果が出せなかったのさ。それで数年前に家を焼かれて放浪していたんだが、最近また追われるようになって、とうとう国から逃げ出して来たって訳さね」
「占い師? お婆さん未来を予知したりできるってこと?」

 帝国では聞かない職業だ。占い師なんて初めて聞いた。
 俺は新鮮な驚きを覚えてお婆さんの顔をまじまじと見た。確かに、そう言われると帝国の人間よりはお婆さんは少し肌が黄色い気がする。髪は年齢のせいか白髪だが、瞳は独特な色味の濃い青色だ。

「いいや、あくまでただの占いだよ。これからどうしたらいいか迷った人が助言を求めて聞きにくるのさ。私に出来ることは占った結果を伝えることだけ」
「たとえばどんな?」

 興味本位で聞いてみると、お婆さんは少し考えるような顔をして俺を見上げた。

「そうさね、色々な人間を占ったよ。婚期がどうかとか、子供ができるかとか、どうやったら病気が治るか、好きな人を振り向かせるにはどうしたらいいか、とか、大抵そんなものだったね。それから偶に商売仇を呪いたいとか、逆に呪われてると思うから呪いを解きたいとか、きな臭い相談もあったねぇ」
「へぇ。結構なんでもありなんだね」

 俺が知ってる占いとはまた違うのかもしれない。前世の記憶による俺のイメージは星座占いとか、血液型占いとかだけど、お婆さんが言ってるのはもっと個人の内側に入り込んだ占いみたいだ。

「あくまで占いだからね。知り合いから呪う方法を教えて欲しいなんて頼まれたこともあったけど、そういうのは断ったよ。素人が軽い気持ちで呪術に手を出すものじゃない。結局そういう薄暗い頼みには、それ相応の代償がいると占いの結果を伝えても、それはそれでそんなものは用意できないと相手の怒りを買ってしまうしね」

 お婆さんはため息をつきながらそう言った。
 何か思うところがあるのか、少し沈んだような顔をしてから、気持ちを切り替えるように頭を振った。
 俺は踏み込みすぎたかなと反省して話を変えることにする。

「さっきお婆さんを拉致しようとしてたのは、じゃあよその国の人達ってこと?」
「おそらくそうだろう。巻き込んですまなかったね。それとも、この国のごろつきに私を連れてくるように頼んだのかもしれない。未だに追ってくるなんて、私が昔占ったことに不満でもあったのかもね」

 お婆さんはまたため息をついた。

「さて、ここの住処も知られてしまったことだし、また何処かへ移住しなけりゃね」

 そう言って少し不安そうな顔をしたお婆さんを見て、俺はつい口を出す。

「お婆さん、ここで会ったのも何かの縁だし、もし良ければエリス公爵領に来る?」

 そう言うと、お婆さんは俺の顔を見た。

「郊外の小さな町か村で良ければ、町長か村長に一筆書くけど。しばらく匿ってもらえるように」
「それはなんと、ありがたいお申し出」

 お婆さんはまじまじとした顔で俺を見ると、ほっとしたように顔から力を抜いて笑みを浮かべた。そして俺の両手をそっと握る。

「お兄さんは、実は身分のある方だったんだね。今まで無礼な振る舞いがあったら許しておくれ。そしてありがとう。二度も助けてもらった上に、こんな好意をいただくなんて。私からもお兄さんに何かお礼をしなければね」

 そう言ってお婆さんは俺の手に何か握らせた。
 手を離されて、渡されたものを見てみると、それは小さな三日月型のペンダントトップがついた金色の華奢なネックレスだった。宝石のような緑色の石が三日月の真ん中についている。

「これは、その昔の、歴史のある魔道具の一つでね、これを身につけていればお兄さんの身に最も大きな危険が迫ったとき、その石が一度だけ危険を肩代わりしてくれると言われている」

 俺は手の中にある三日月のペンダントをじっと見下ろした。
 持ってみたかんじはそんなに大きな力が篭っているようには見えないが、本当にそんな強力な魔道具なんだろうか。

「そんなに貴重なもの、受け取れないよ。人攫いに狙われてるお婆さんが持っていた方がいいと思うけど」
「いいや。私には必要のないものでね。それに、お兄さんには受難の相が出ている。これからも良からぬことに巻き込まれるだろうから、持っておいた方がいい」

 これから

 もっておかしくない?

 隣からグウェンの強い視線を感じるけど、俺のせいじゃないから。お婆さんの見立てなんだから俺をそんな責めるような目で見るな。

「そうなんだ……ありがとう」

 今までの経験上笑い飛ばして否定することが出来ず、項垂れた俺はお礼を言い、ネックレスはありがたくもらっておくことにした。

 受難の相って、何?
 何の受難がくるの?
 めっちゃ怖いんだけど。

 
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