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第二章 竜の文化、人の文化
三十一話
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着いた三の客間は全体的に落ち着いた内装で、アイリスは今住んでいる家と同じ雰囲気を感じた。
つまり、ここはある程度ヘイルがくつろげる空間で、親しい者とのやり取りを想定した場所なのではないかと。
(……それはそれで、いいのだけれど)
アイリスは、ヘイルが部屋まで歩く間にそれなりに冷静さを取り戻した。そして、今の状態についてどう切り出すか悩んでいる。
「……あ、あの、ヘイルさん」
「ん?」
何故自分は、抱えられたままなのか。
「下ろして、頂けないでしょうか……」
三の客間に着いたヘイルは手近な椅子に腰を下ろした。
それは二人掛けのソファだったが、ヘイルはアイリスを抱き抱えたまま、下ろさずにいる。
(なんで?)
今自分は竜の姿で、爪もあれば牙もある。羽根だって邪魔だろうし、そもそも長の手をずっと借りているという事が、アイリスには恐れ多い事だった。
「……ふむ」
ヘイルは顎に手を当て、アイリスを上から見つめる。
「今はこのままの方が良いだろう」
「え?」
「アイリス、俺から身体を離して姿勢を保てるか?」
「え、それなら……っ?」
アイリスは凭れていたヘイルから身を離そうとし、ぐらりと揺れた視界に慌てて元の体勢に戻った。
「え、な、なん」
「時折、幼子なんかに出る症状なんだが。歩行時と飛行時のバランスの違いに身体が慣れず、上手く動けない者がいたりする」
「そんな事、が」
自分の身体なのに、と目をぱちくりさせるアイリスへ、ヘイルが頷く。
「アイリスは人間だからな、特にそれが出るんじゃないかと思った。羽根の可動域は掴めているか?」
「……さっぱりです」
「なら尚更だな。余計バランスを崩したりどこかに引っかけたりして怪我をするかも知れない」
だからこのままの方が良い、と説かれ、アイリスは首を縦に振らざるを得なかった。
◆
「アイリス!」
「ブランゼンさん。ファスティさん」
それほど経たずに二竜が現れ、ヘイルと二人きりだったアイリスは内心ほっと息を吐く。
「何がどうしてこうなっちゃったの? でも無事でよかった……!」
竜のままの顔をぐい、と両手で挟まれ、不安が顔いっぱいに広がったブランゼンが目に映る。
「す、すみません……その、私にもよく分からないのですが……」
アイリスはここまでの事を辿々しく話し出した。竜の翼無し翼有りについて考えていた事、竜の魔力について、自分の中の竜の魔力について。
「同じものがあるなら、同じ事が出来ないかなって……ふと考えてしまって…………そしたら、いつの間にかこの姿に……」
それを聞いて、ヘイルもブランゼンも驚きに目を見開いた。
「そんな事があるのですねぇ……」
ファスティものんびりとした声だが、しかしそれなりに驚いている。
「あ、あの、……私、これ、戻れるんでしょうか……?」
恐々と聞くアイリスの背を、ヘイルが優しく撫でる。
「大丈夫だろう。今の話だと本当に俺達と同じ事をしているだけだ。アイリスの魔力も変化していない。「変わろう」と思った時と同じ様に、「人の姿に戻ろう」と念じてみろ」
(念じる……)
アイリスは言われるままに、不安ながらも己の中の魔力を感じ、目を閉じて人の姿を思い描く。
ふわり、と風が吹いた気がした。
「おお」「あ」「まあ」
三竜の声を聞いて、また恐々と目を開けると──
「も、戻ってる……」
人の姿に、戻っていた。
つまり、ここはある程度ヘイルがくつろげる空間で、親しい者とのやり取りを想定した場所なのではないかと。
(……それはそれで、いいのだけれど)
アイリスは、ヘイルが部屋まで歩く間にそれなりに冷静さを取り戻した。そして、今の状態についてどう切り出すか悩んでいる。
「……あ、あの、ヘイルさん」
「ん?」
何故自分は、抱えられたままなのか。
「下ろして、頂けないでしょうか……」
三の客間に着いたヘイルは手近な椅子に腰を下ろした。
それは二人掛けのソファだったが、ヘイルはアイリスを抱き抱えたまま、下ろさずにいる。
(なんで?)
今自分は竜の姿で、爪もあれば牙もある。羽根だって邪魔だろうし、そもそも長の手をずっと借りているという事が、アイリスには恐れ多い事だった。
「……ふむ」
ヘイルは顎に手を当て、アイリスを上から見つめる。
「今はこのままの方が良いだろう」
「え?」
「アイリス、俺から身体を離して姿勢を保てるか?」
「え、それなら……っ?」
アイリスは凭れていたヘイルから身を離そうとし、ぐらりと揺れた視界に慌てて元の体勢に戻った。
「え、な、なん」
「時折、幼子なんかに出る症状なんだが。歩行時と飛行時のバランスの違いに身体が慣れず、上手く動けない者がいたりする」
「そんな事、が」
自分の身体なのに、と目をぱちくりさせるアイリスへ、ヘイルが頷く。
「アイリスは人間だからな、特にそれが出るんじゃないかと思った。羽根の可動域は掴めているか?」
「……さっぱりです」
「なら尚更だな。余計バランスを崩したりどこかに引っかけたりして怪我をするかも知れない」
だからこのままの方が良い、と説かれ、アイリスは首を縦に振らざるを得なかった。
◆
「アイリス!」
「ブランゼンさん。ファスティさん」
それほど経たずに二竜が現れ、ヘイルと二人きりだったアイリスは内心ほっと息を吐く。
「何がどうしてこうなっちゃったの? でも無事でよかった……!」
竜のままの顔をぐい、と両手で挟まれ、不安が顔いっぱいに広がったブランゼンが目に映る。
「す、すみません……その、私にもよく分からないのですが……」
アイリスはここまでの事を辿々しく話し出した。竜の翼無し翼有りについて考えていた事、竜の魔力について、自分の中の竜の魔力について。
「同じものがあるなら、同じ事が出来ないかなって……ふと考えてしまって…………そしたら、いつの間にかこの姿に……」
それを聞いて、ヘイルもブランゼンも驚きに目を見開いた。
「そんな事があるのですねぇ……」
ファスティものんびりとした声だが、しかしそれなりに驚いている。
「あ、あの、……私、これ、戻れるんでしょうか……?」
恐々と聞くアイリスの背を、ヘイルが優しく撫でる。
「大丈夫だろう。今の話だと本当に俺達と同じ事をしているだけだ。アイリスの魔力も変化していない。「変わろう」と思った時と同じ様に、「人の姿に戻ろう」と念じてみろ」
(念じる……)
アイリスは言われるままに、不安ながらも己の中の魔力を感じ、目を閉じて人の姿を思い描く。
ふわり、と風が吹いた気がした。
「おお」「あ」「まあ」
三竜の声を聞いて、また恐々と目を開けると──
「も、戻ってる……」
人の姿に、戻っていた。
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