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ファースト・シーズン

3月3日(火)

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 早く寝たおかげか、早く目覚めた。

 昨日よりは気分が良い。手速くシャワーを浴びてコーヒーを飲み、朝食もしっかりと摂って出社した。

 今日はマーリー・マトリンに付き合って、彼女のお得意先を2社廻り、次は私が懇意にさせて頂いている取引会社の課長さんを訪ねた。

 この人が私以上に無類のゲーム好きであって勿論、私が艦長として選ばれたこのゲーム大会にも応募されたのだが、落選していた。

「やあ、アドル係長。わざわざ来て頂いてすみませんね。おや、マーリー・マトリンさん。お会いするのは2回目でしたね。お元気でしたか? 」

「はい、お陰様で元気にしております」

「いえ、メイナード課長。いつもご用命を頂いておりますので、呼んで頂けるのはありがたいです」

 それからの1時間弱は商談で経過した。小規模の契約を3件締結して、この課長との間で交渉中であった4件の中規模案件の内、2件を締結まで漕ぎ着けて残る2件の交渉状況も前進させる事が出来た。

「ところでさ…あのゲーム大会、いよいよ開幕したな…」

「そうですね。報道もかなり加熱しているようですが…」

「ああ…出たかったな…選ばれた20人が羨ましいよ…アドル係長も応募したんだよな? 」

「…ええ、応募しました…」

(…リアル・ライヴ・バラエティが配信されたらバレるんだろうけど、何と言われるかなあ…)

「…あの番組の初回配信は、3月8日の日曜日だったよな? 観るんだろ? 」

「…いや、残念ですけど所用があってリアルでは観られないんですよ…」

「…そうか…でもまあ、ダウンロードしといて後で観るだろ? 」

「…ええ、まあ…」

「…これ程大きい規模でのゲーム大会は初めてだからなあ…出たかったなあ…羨ましいなあ……」

「……そうですね……でも…選ばれた20人が指揮を執る20隻は……非常に危険な状況にあると思います……」

「……危険な状況ってのはどう言う事だい? 」

 3杯目の飲み物を手ずから持って来てくれたメイナード課長が、座り直して気さくに訊いた。

「……艦長に選ばれた20人は無料でこのゲームに参加しますね……戦果に因っては経験値や賞金も授与されますし、配信番組に出演しますからギャラも貰えます……クルーの殆どは自分で選抜した異性の芸能人で、言わばハーレム状態……メディア・マスコミにも連日のように取り上げられて、かなりチヤホヤされるでしょうし……時の人のようにも受け取られるでしょう……翻って一般の参加者は、高額の参加費用を負担して参加しますね……軽巡宙艦とは言え、クルーは少なくとも60人は必要でしょう……その全員を自分で説得して同意も得なければならない……彼等に対しての報酬も考えなければならない……ゲームの中で長く存続出来れば、蓄積した賞金で参加費用を回収してクルーへの報酬を賄う事も可能でしょうが、早々に撃沈されてしまえば、丸っ切りの大損です……そのような一般参加者から観れば、選ばれた20人は邪魔な存在でしかないでしょう……これは私の想像と仮定の話ですが……選ばれた20人に対して強い敵愾心を持つ艦長達が……既に連んで示し合わせて、彼等に対するタイミングを合わせた包囲攻撃を段取っている可能性があります……それも、かなり高いと思います……」

「……へえ……ふーん……言われてみれば……その可能性は、俺もあると思うね……しかしアドル係長……まるで選ばれた1人のような話ぶりだね? 」

「! いや💦いや💦……羨ましさが高じての想像と言うか、妄想ですよ💦 」

「ハッハ!(笑)冗談ですよ、アドルさん(笑)……それじゃあ、今回はこの辺でお開きにしましょうか? 引き留めてしまって、すみませんでしたね……またアポイントの上で、お会いしましょう……」

「……分かりました💦……メイナード課長……💦今回も貴重なお時間を頂きまして、更にお話も進めさせて頂きまして、ありがとうございました……大変にお騒がせ致しましたが、また次回も宜しくお願い致します……💦」

 そう伝えて立ち上がり、握手を交わしてその会社を後にした。

「……アドル係長……今回も付き合って下さって、ありがとうございました……」

「……僕の方こそ……君が居てくれたお陰で、メイナード課長とも好い話し合いが出来たよ……ありがとうね……」

「……そんな……でも、そのゲームのお話をされている時のアドル係長……何か別人みたいでした……」

「……そ、そう💦? そんなに人が変わったように観えたかな💦? 」

「……ええ……かなり……(ちょっと怪訝そうに首を捻る)」

「……まあ、課長も僕もゲームマニアだからね💦……」

 そんな事を言い合いながら、パブリックステーションまで歩いた。パブリックトレインで3駅を通過して、4駅目が本社最寄りのステーションだ。最寄りと言っても歩けば30分以上は掛かるので、タクシーを拾って本社に帰着した。

 もう終業まで45分だ。何が出来る訳でもないので、マトリン嬢と一緒に喫煙休憩室に入る。

「……煙草喫うけど、大丈夫? 」

「……いつもの事じゃないですか? 今更ですよ……」

「……そうだったな……」

 私はコーヒーを頼み、マトリン嬢はロシアンティーを頼んだ。

「……明日、外回りの予定は入れてないから、デスクワークの方で頑張ろうな? 」

「……はい! 分かりました……」

「……歩き回っていたから、疲れただろう? 」

「……いいえ、大丈夫です……」

「……お疲れさんね……」

「……ありがとうございます……」

 そのまま雑談しながらお茶を楽しみ、終業15分前にラウンジを出てワークフロアに上がる……明日の準備や下拵え……段取りの確認などを終えてデスク廻りを清掃中に、終業のチャイムが響く……今日、残業するメンバーはいない……コートの袖に手を通し、バッグを持って皆と挨拶を交わす……リフトで1階に降り、ラウンジのカウンターでアールグレイをカップに注いで、そのまま喫煙エリアのテーブル席に着く。

 灰皿を引き寄せ、一口飲んでから煙草を咥えて点けた頃合いで、いつものメンバーが同じテーブルに顔を揃える。

「……お疲れ様でした、先輩……今日も結構ハードでしたね……あれ? 最後は紅茶なんですね? 」

 スコット・グラハムが笑顔でそう言いながら、自分の保温ポットからコーヒーの残りをカバーカップに注ぐ……こいつは仕事の疲れぐらいは顔に出さない。

「……お疲れさんだね、スコット……ああ…もうコーヒーは結構飲んだからさ……最後はサッパリとね……晩飯は、ここで食うのか? 」

「……いやあ、まだ夕食には早いですからね……馴染みのダイナーで食いますよ……」

「……ああ! あそこの、可愛いウェイトレスの娘が居る店だよな? まだ話してないのか? 」

「……先輩……お願いですから、先に話し掛けないで下さいよ💦…後少しでお膳立てが整うんですから💦……」

「……おい……どうして俺が、お前の推しの娘に声を掛けるんだよ……そんな事する訳がないだろ? 」

「……いや……先輩自身にその気が無くてもですね……ホラ…この前一緒に行ったカフェバーのあの娘……先輩に観て貰おうと思って一緒に行きましたけど……僕が話し出すより先に、あの娘から先輩に話し掛けたじゃないですか……あの時、僕は殆ど喋れなかったんですからね!……」

「……それが俺のせいなのかよ? ああ、分かった、分かった…もう行かないよ!…買い込んでる食材をそろそろ料理して食わないとヤバそうだからな……当分外では食わないよ……」

「……お疲れ様でした、アドル係長……スコット先輩のお守りもしなければならないとは、心中お察し致します……早く帰られて、休まれた方が良いですね……」

 モリー・イーノス女史だ……終業直後でも、この人の元気な明るさは変わらない。

「……お疲れ様……モリーさんには、いつも元気を貰ってますよ……」

「……えっ、そんな💦……」

「……ホラホラ、係長……そんな事をサラっと言うから、女史社員が勘違いしちゃうんですよ……」

 マーリー・マトリン嬢が空かさず間に入る。

「……そんなに感動的な事を言ったかな? マーリー? 」

「……ハイハイ、アドル係長に1番足りないのは自覚力ですからね……今はそれだけ解っていて頂ければ結構ですから……」

 そう言いながらズライ・エナオ嬢がマーリー・マトリンの隣に座った。

「……お疲れ様でした、アドル係長……今日は1曲、歌って下さらないんですか? 」

 アンヴローズ・ターリントン女史が、レモンティーのカップを置いて訊いた。

「……いやあ、アンバーさん……毎日歌うのはちょっとね……水曜日か木曜日だったら、好いかも知れないけど……」

「……それじゃあ、明日、またおねだりします❤️……」

「…おっ、明日が水曜日だったか!?…」

「……今日は、アンバーさんのポイントですね、先輩? 」

「……ああ、そうだな……じゃあ、明日はウチからギターを持って来るよ……」

「…やった❤️…嬉しい❤️…超楽しみです!❤️…」

「……そんなに嬉しいか、マーリー? 」

「……嬉しいですよ❤️…だってアドルさんの歌は、とっても素敵ですもの❤️……」

「……ありがとうな…じゃあ今夜はウチでちょっと練習しておくから……」

「……ねえ、アドル係長……最近、このメンバーで食事に出ていませんから…今度また、行きませんか? 」

「……そうだな…最近は残業も無いし、木曜日に行こうか? 食べて、飲んでも好いだろう……じゃあ、スコット君……このメンバーで楽しめる、洒落たダイナーを検索しておいてくれ給え? 」

「…畏まりました。好い店を探します…」

「…宜しく頼む…スコットのチョイス・センスは僕より上だからね……こう言う場合は彼に頼んで間違いは無いよ…… 」

「…お褒めに与りまして、光栄です……」

「…アドル係長……お店でも歌って頂けませんか? 」

 と、アンバー女史……上目遣いでのおねだりモードだ。

「…歌って騒げる個室ダイナーなんてあるのかな? 」

「…任せて下さい。探します……」

「…頼むよ…アンバーさん、あったらそこに行こうね? 」

「…分かりました。楽しみにしています……」

 その後は、社内での恋愛噂話に花を咲かせて10分ほどを過ごした。

「……それじゃ、そろそろ帰るよ…皆、明日も宜しくね……ギター、持って来るからね……」

「…お疲れ様でした……気を付けて、お帰り下さい……」

「…ありがとう。皆もね…」

 そう言って席を立ち、右手を挙げてテーブルから離れる……カウンターで可愛いウェイトレスにカップとソーサーを渡しても、手を挙げる……ラウンジを出て駐車スペースに入り、自分のエレカーに乗ってスタートさせた。

 通りに出てから1分で端末が着信音を鳴らす……ハンズフリーで開いた。

「……フィオナです…退社されましたね? 」

「…観ているのか?! 」

「…お車の位置情報は常時モニターしています……私は保安部長ですから……」

「…了解だ…それで? 」

「…これからどちらへ? 」

「…帰るよ。買い込んでいた食材を早く使わないと悪くなりそうだからね……」

「…伺っても宜しいですか? 」

「…好いよ。何人で来る? 」

「……私とマレットと、エドナとエマです……」

「…分かった。夕食に付き合ってくれ。アイスクリームを買って来てくれると嬉しいな……」

「…分かりました。買って行きます……」

「…宜しく頼む。何時に着く? 」

「…7:30前には……」

「…分かった。まだ作っている途中だったら、手伝ってくれ……他には? 」

「…ありません……」

「…どうやって来る? 」

「…近くまでタクシーで行きます……」

「…直前に繋いでくれ。裏口の鍵を開けるから……」

「…分かりました…では、その時に…」

「…ああ…」

 フィオナの方から通話を切った……マーケットに寄って何かを買い足そうかとも思ったが、取り建てて無ければ困るような物もない……思い直して社宅への帰路を急ぐ。

 ガレージに入ったのが6:18……あまり時間もない……エアコンの暖房を少し強めに掛けて加湿器も起動させ、脱いだ服を片付けてシャワーを浴びる……15分で出て部屋着を着込む……冷蔵庫・冷凍庫・収納の中を一通り観て確認する……時間が読めないから麺料理はマズいか……それからの1分で4点の献立を決めた。

 肉料理、魚料理、温野菜料理にサラダとスープと、オードブルは温野菜とハーブ・ソーセージのソテーにしよう……卵料理は安直だから辞めておいた……酒は在り合わせで好いだろう……後は買って来てくれるアイスクリームで〆とできればな。

 仕上がりまで2割と言う処で着信音だ。

「…フィオナです…」

「…今開ける…」

 火を止めてからエプロン姿のままでガレージに出て、裏口の鍵を開ける。ドアを開けて出ると、ほんの10mほど向こうから、4人が歩いて来るのが観えた……そのまま4人を裏口から招き入れる。

「…やあ、いらっしゃい……早かったね……寒かっただろ? 上がってくれ……暖めてあるから……」

 そう言いながら荷物を受け取り、勝手口のドアを開けて皆を促す。

「…お邪魔します…」

「…失礼します…」

「…お疲れ様でした…」

 フィオナは会釈して上がった。

「……まだ夕食は全部完成していないんだよ……火は止めてあるから、お茶を淹れるね……コートを掛けてリビングで座っていて……」

「……相変わらず、奇麗にされていますね……」

 と、マレット・フェントン。

「…ありがとう。まあ、部屋の中でバタバタするような趣味も無いからさ……」

 そう言いながらキッチンに戻って、ミルクティーを点てる準備を始める……お湯を沸かしていなかったのは、段取りの悪さだな……出来上がっている料理の保温モードを確認しながら、準備を進める……自分の分はダージリンのストレートティーにした……ケトルでお湯が沸くまで、とろ火で調理を続けていたが沸いたので火を止めてミルクティーの仕上げに掛かる……4杯のミルクティーを仕上げるのに、5分も掛けなかった。

 ソーサーに乗せたカップのミルクティー4杯をトレイに乗せて再度火元を確認し、自分のストレートティーも乗せてリビングに運ぶ……ソファーに座っている彼女達の目の前にそれぞれを置いて自分も座る。

「…さあ、どうぞ? 」

「…ありがとうございます……火加減は大丈夫ですか? 」

 と、エドナ・ラティス。

「…ありがとう。大丈夫だよ、確認したから……どうだい? 今回のミルクティーは? 」

「……相変わらずの美味しさですね……いや、美味しいと言う表現だけでは足りないです……身体だけでなく、心にも染み渡って震わせて癒してくれる一杯です……」

 と、マレット・フェントン。

「……私もそう思います……最近では、身体よりも心がこの一杯を求めているようになっていると思います……この一杯を頂けると言う事で……アドルさんとの愛情的な絆を確認できています……」

 と、フィオナ・コアー。

「……私も2人と同様ですね……新しい表現を、思い付けなくて済みませんが……」

 と、エドナ・ラティス。

「……あの……実はこれ…まだ誰にも言ってないんですけど……エクセレント・フォーミュラのカラコルム・グランプリで、いつも泊まっている定宿の中のカフェで飲んでいたミルクティーが……アドルさんのミルクティーに…ごく近い味わいなんですよね……全く同じではないんですけど……とても近い味でした……」

 と、エマ・ラトナー。

「……へえ…世の中には、そう言う事もあるんだね……」

「……でも……最近になって、ひとつ感じている事があるんです……」

 と、マレット。

「……それは何だい? 」

「……私にとって……だけなのかも知れませんが……アドルさんが淹れて下さるミルクティーには……媚薬のような趣があるんです……はしたない事を言うようですみませんが……」

「……いや、僕は大丈夫だよ……それじゃあ、ちょっと手伝って貰うかな……」

 そう言って立ち上がると、彼女達も立ち上がって一緒にキッチンに入った。
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