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一話完結 慰謝料として王都のつぶれかけたホテルをくれてやる

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「アナに離婚を言い渡す」

 夫である侯爵が、昼前、私に宣言しました。

 栗毛の彼は、侯爵家の三代目であり、これまで15年間、夫婦として過ごしてきました。

 仕事が忙しいからと、屋敷で一緒に話すことは少なかったですが、良好な関係を築いてきたと思っていました。


「なぜでしょうか?」

 銀髪の私は、侯爵の妻として、一人娘の母親として、神殿での仕事も含め、精一杯がんばってきたつもりです。

 30代半ばで離婚される理由なんて……あ、ありました、彼の不貞です。


「答える必要はない。慰謝料として王都のつぶれかけたホテルをくれてやる。さっさと出ていけ」

 離婚には法に基づく手続きが必要です。場合によっては、調停や裁判もあります。彼には理由を答える義務があります。


「娘はどうするのですか。全寮制の王国学園に入っていますが、まだ中等部ですよ」

 娘は、まだ婚約をしていません。

「娘には、我が侯爵家が選んだ相手と政略結婚させる。問題ない」

 この男は、私の時と同様に、娘を爵位の道具として使うつもりです。


    ◇


 馬車に揺られ、窓のカーテンを閉じ、気持ちを整理します。

 宣言の後、すぐに、屋敷を追い出されました。

 荷物は古いスーツケース2個分だけです。馬車を使えたことはラッキーです。

 侯爵は、とにかく急いで出ていけと、なぜか、その一点張りでした。

 荷造りを手伝ってくれた優しいメイド長が「なんで新しい夫人が今日来るのよ」と、私に聞こえるようにつぶやいてくれました。その言葉で、理解ができました。


「奥様、神殿に着きました。ご実家ではなく、仕事先の神殿でよろしいのですか?」

 御者さんは心配顔です。

 私は、神殿で聖女として働いています。

「ええ、でも皆には、実家に送り届けたと報告してください。送ってくれて、ありがとう」

 実家には、兄嫁がいますので、離婚された私は顔を出しにくいです。


「いえ、新しい夫人を迎えに上がる途中ですから」

 申し訳なさそうに答え、馬車を動かし始めました。

 たぶん、優しい御者さんは少しウソを言っています。浮気相手の伯爵家令嬢の屋敷は、逆方向だからです。

    ◇

「アナです。よろしいでしょうか」

 神殿の奥、神殿長の部屋の扉をノックします。

 中に入り、神殿長である金髪碧眼の王弟陛下に挨拶をしました。

「侯爵夫人? こちらから話があったので、聖女の執務室へ向かうところだったのだが、どうかしたのか」

 神殿長の顔には、いつもの笑顔がありません。何かトラブルがあったようです。

「先ほど、私は侯爵夫人ではなくなりました」

 私は、悲しんではいないという感じで、でも、少し涙声を交え、説明しました。


「さっき、伯爵家の令嬢が子供を授かったとの情報が、俺のところに入った。これでつながった」

 神殿長の視線が、壁に飾られた小さな額に移動しました。亡くなった奥様が描かれた絵姿です。

「ですので、私は、仕事部屋である聖女の執務室に、しばらく住み込みを致します」

 こんな不幸な私の頼みですよ、認めますよね?


「その前に、こちらの話をさせてもらう。先ほど、国王陛下による異世界からの聖女召喚が行われた」

「またですか、あれは迷惑行為です」

 私は、不快感をあらわにします。

「また聖女召喚に失敗して、異世界から関係のない女性を呼び出したのですか」

 間違って召喚された女性たちは、すぐに王宮を追い出されるので、この神殿長が、秘密の部屋で保護しています。


「今回は、成功した」

「え?」

 聖女は、治癒の魔法を使う仕事もあり、誰でも務まる仕事ではありません。まさか成功するなんて。


「アナ、今をもって聖女の職を解く。新しい聖女は、異世界から召喚した令嬢だ」

「え!」

 離婚された私は、聖女の職まで失いました。踏んだり蹴ったりとは、こんな状況のことでしょうか。絶望感で、涙も出ません。


    ◇


「この扉の奥だ」

 神殿長から案内されたのは、神殿長の部屋のさらに奥へ進んだ、間違って異世界から召喚された女性たちを保護している秘密の部屋です。

「新しい仲間だ、仲良くしてやってくれ」

 そう言って神殿長は戻っていきました。


 広いリビングに、ジュータンが敷き詰められ、黒髪でメガネをかけた女性が一人、くつろいでいます。

「アナと申します。よろしくお願いします」

 カーテシーをとって挨拶します。

「堅苦しい挨拶はいりませんよ、あら? 貴女は黒髪じゃありませんね。どこの国から召喚されたの?」

 彼女は、紺色で見たことのないスーツを着ています。

「こんな奇麗な銀髪は初めて、北欧の人?」

 話しかけられました。初めて聞く単語が混じっていて、意味がよく分かりません。


「私は、離婚されて、職も失ったので、ここにかくまって頂くことになりました」

 私と異世界の女性とが暮らすって……これから、大丈夫なのでしょうか。


「貴女は、元の世界では聖女に関係されたお仕事だったのですか?」

「私は事務員よ。この世界では文官のような仕事です。元の世界には、聖女なんて仕事はありませんよ」

「でも、聖女の召喚に成功したようですよ」

「たぶん偽物よ」
 一刀両断、彼女は、よほど自信があるようです。


「夜になる前に、私は出かける所がありますけど、一緒に街を歩きましょうか」


    ◇


 神殿長の許可を得て、外出することが出来ました。

 私と彼女は、旅行者用の砂色のフードをかぶって、衣服と髪の色を隠しています。

 彼女は、最初は面白がっていましたけど、同じ風景に飽きてきたようです。


「ここが、慰謝料としてもらったホテルです」

 大きく立派なホテルです。でも、国の経済が傾いた影響で、宿泊客が減り、つぶれかけています。

 隣にはつぶれかけている教会があり、ここからは見えませんが、裏にはつぶれかけている娼館があります。


    ◇


 ホテルの中に、正面玄関から入りました。

 少し薄暗いです。フロントで呼び鈴を鳴らします。

「奥様!」

 出てきた女性従業員は驚き、でも、喜んでいるようにも見えます。

 ゾロゾロと、他の従業員も出てきました。全て女性で、10人です。

「他の従業員は?」
「皆さん、辞めました」

「今日のお客様は?」
「ゼロです」

 ふ~ …… ため息が出ます。

「貴女たちの忠誠心には応えたいと思います。私のことは聞きましたか?」

「はい、本日から奥様が、いえ、アナスタシア様がこのホテルのオーナーだと聞いています」


「アナって、アナスタシアって言うんだ」
 異世界の女性が、少し驚いています.

「はい、学生時代まではナーシャと呼ばれていましたけど、大人になった今はアナって呼んでください」


「だれか、こちらの女性に、このホテルを案内してください」
 従業員にお願いします。



 私は一人で、大きな扉を開けます。大きなホールが、十五年前と同じように、たたずんでいます。

 懐かしい、ここで盛大に結婚披露パーティーを……涙がこぼれました。

 静か……このホテルも泣いているのね。



「ねぇ、アナ」
 異世界の女性が、ホールに入ってきました。

「このホテル、少し手直しをすれば、再建できるかもよ」

「私の他にも異世界から召喚された女性たちがいるので、皆の知識で、ここを再建してみたいの」

 彼女の黒い瞳は真剣そのものです。


「表の顔は、教会と組んで、結婚式とパーティーができるホテルにして」

「異世界の美味しい料理を出して」

「裏の顔は、娼館と組んで、高級娼婦を呼べる迎賓館にしましょ」

 彼女は楽しそうです。


「でも、資金と、従業員、そして貴族への営業ルートが足りないのよね」

 異世界から来たので、人のつながりが、まるで無いとのことでした。私ができること、何があるか考えます。



「ナーシャ」
 突然、ホールに男性の声が響きました。

「お父様!」

 お父様が私を抱きしめました。


「どうしてここが」
 実家には知らせていないのに。

「この二人に聞いた」

 荷造りを手伝ってくれたメイド長、馬車を出してくれた御者が、お父様の後ろに立っていました。


「資金は、私が出そう」
 伯爵家で、商才があるお父様は、とても心強いです。

「従業員は、人財派遣ギルドを仕切っている私が揃えます」
 メイド長は、裏の顔をもっているようです。

「従業員は、私たちが、みっちりと教育します」
 異世界の女性が笑いました。


「私は、馬車を動かすことしかできませんが、恩がある奥様に、尽くしたいと思っています」

「おじさん、娼婦を送り迎えする仕事がありますよ」
 異世界の女性が、ニヤリと笑っています。


「これで、再建は成功します」
 彼女の目が、輝いています。

 異世界から召喚されて、とても辛い状況なのに、笑って、前に歩き出そうとしている彼女。彼女こそ、本当の聖女なのではないかと思います。


    ◇


 日が傾く前に、神殿へ戻ると、神殿長から呼ばれました。

「学園にいるアナの娘さんが、自分の親は、母だけだと言い張っている」

「うれしいです。あの子は、私に似て頑固ですから」

「でも、それが何か?」
 突然、娘の話をするなんて、変です。


「侯爵家令嬢の立場を捨てて、爵位のない母をとると、言っている」

「私は実家に戻りませんので、私のもとに来たら、娘は爵位がなくて、結婚に影響してしまいます。これは、困りました」

「たしかに、爵位を守るため、政略結婚する貴族は多いから、爵位はあった方が良い」

 王弟陛下と私は、学園時代は仲が良く、婚約の噂までありました。

 でも、二人とも政略結婚を命令されました。


「しかし、俺も、俺の息子も、爵位に縛られたくない」

「え?」

 私も、政略結婚はこりごりです。けど、神殿長の息子さんは、政略結婚すべきでしょ。

「実は、俺の息子が、アナの娘さんに求婚した」

「え!」

 まだ中等部なのに、娘が、婚約ではなく、求婚されたなんて。


「中等部での結婚は、法によって罰せられます。そのような関係は、せめて、高等部に進んでからにしてください」

「そうだな、法を守る貴族の正しい考えだ。婚約だけにしろと、俺から息子に釘を刺しておこう」

 神殿長の表情が、学生時代の王弟陛下のものに変わり、視線を私から外しました。


「アナ、離婚した侯爵の相手、伯爵家令嬢は、学園の中等部の生徒だということは、知っているか?」

「まさか、末っ子の令嬢のほうでしたか、あの令嬢は娘の同級生ですよ!」

 私は、浮気相手は、伯爵家の出戻り長女だと思っていました。娘と同い年の令嬢に手を出すなんて、考えられません。

「侯爵は、罰として爵位を剥奪される」
「極刑でも良いと思います」

 冷たく言い放ちます。

「未練はないのか?」
「あんな男には、全くありません」

 愛情など微塵もありません。


 私が未練を抱いているのは、今も昔も、ただ一人です。貴方は、解っているのでしょ?


「……ナーシャ、お互い独り身になった。学生時代の関係に、戻れないかな」

「つまりだ、俺と結婚してくれ」

 王弟陛下が、学生時代のように、ぶっきらぼうに言いました。


「はい、うれしいです」

 その言葉を期待して、私は貴方を頼って、神殿に来たのですから。


「それから、異世界の聖女は偽物だった。ということで、ナーシャは、また聖女として働いてもらう」

「……男って、勝手……」



 ━━ FIN ━━





【後書き】
お読みいただきありがとうございました。
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