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一章

元、幼なじみ

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 桜が遅く咲き乱れる中、広翔と璃久は同じ高校へと歩を進めていた。
「まさか高校まで一緒とはな。またよろしくな」
 と言い、渡辺わたなべ璃久りくは人懐こい笑みを浮かべた。
「ああ。璃久と同じ高校で良かったよ。またクラスも同じだったしな」
 と返すのは葛西かさい広翔ひろとだ。
 二人は小学校で知り合い、意気投合してよく遊ぶようになった。また、クラスが九年間一緒だったため一緒に居るのがほとんどだった。
「あーあ。入学式サボりたいな」
「わかる」
 他愛ない会話をしながら、二人は高校に足を踏み入れて行った。
 入学式では、体育館に集められた生徒たちは校長先生、理事長先生の長い話を聞く。一人ずつ名前が呼ばれ、生徒代表挨拶があり、生徒会長の挨拶が終わってから、ようやく教室に案内される。
 教室に入ると、既に大半が埋まっていた。男子より女子が多いこの学校は、当然クラスも男子より女子が多かった。
「……それにしたって、女子多くないか」
 広翔は少なからず驚いたが、一クラス三十六人、そのうち女子は二十一人という人数は、他の学校からすれば珍しくもなく、むしろ「今回男子割と居るな」と言っている者もいた。
 広翔の入学した学校は学力ごとにコースが別れていて、全部で三つに別れている。
 広翔と璃久は真ん中のクラスだ。
 名前の書かれている机に行くと、左隣が璃久だった。前はギャルのような女子で、後ろは大人しそうな女子。右隣は·····と視線を移した。
 男子のような髪型の美人だった。おそらくこのクラス、いやこの学年で一番、二番の美人だろう。
 思わず魅入っていると、「何?」と不機嫌そうに言われてしまった。
 君に見とれていたんだよ、なんて口が裂けても言えるはずがない。
「いや、あの……か、髪」
 髪短いね、かっこいー。……とまでは言う気がなかったものの、何かを話すきっかけを探す前に言葉が滑り落ちていた。広翔は冷や汗が背を伝うのを感じた。いきなり話しかけて髪型似合ってるー、なんてチャラ男以外誰が言うのだろうか。それにノリのいい女子ならまだしも、胡桃のようなクール系の一匹狼的存在からすれば、ドン引きも有り得るだろう。
 そんなことをぐるぐると考えていると、
「紙?ルーズリーフでいい?」
 はい、と素早く取り出し、ルーズリーフを2枚寄越してきた。
「……ありがとう」
 礼を言うと「いいえ」と返事が返ってきた。
 冷たい対応をされているのかと思ったが、どうやらこれが彼女の通常運転らしい。クールな雰囲気が漂っている。
「はーい、席ついてー。ホームルーム始めますー」
 高めの声が教室に響き、何人か立っていた人達が席に着く。
 担任は女教師で、英語担当らしい。
難波なにわ美晴みはるです。今日から一年間、よろしくね」
 ほんわかとした雰囲気の、優しそうな先生だった。
「部活は野球部の顧問やってます」
 と笑顔で言われた時、優しそう、という概念がガラガラと音を立てて崩れた。
 何故なら、広翔達の通う学校はここ数年で野球部の活躍が目覚しいのだ。
 野球部の部員が投稿したSNSには「鬼コーチ&鬼ティーチャー」と書かれていたのだ。ただ、その成果があって甲子園まで出場できるようにまで成長したのだから、腕は確かなのだろう。実際、そのコメントには続きがあり、「この人たちについて行けば大丈夫の気がする笑」と書いてあった。
 それはとてもいい事だとは思ったが、自分の担任になるなら話は変わってくる。
 絶対怒らせないようにしよう。
 そう広翔は決心した。


***


 最初にやることといえば、自己紹介だ。 出席番号一番からすることになった。
 右隣の子の番になると、ガタガタっと音がした。早くも注目の的のようだ。
雨水うすい胡桃くるみです。好きな歌手は中島みゆきです。よろしくお願いします」
 ぺこりとお辞儀すると、拍手が鳴り響いた。前二人の自己紹介の時はパラパラとしか鳴っていなかったのだが。
 一列目が終わり、ギャルの番になった。
尾田おだ真理まりです。よく校則違反って言われるけど、この髪地毛です。あと名前ほどうるさくはないんで、安心して欲しーです。得意なのはお菓子作りです。一年間よろしくお願いします」
 真理は茶髪を手でいじりながら自己紹介を終えた。
 広翔は心の中で謝った。
 名前で決めつけてすみません。
「えーと、葛西広翔です。サッカーやってました。よろしくお願いします」
 短く自己紹介を終えると、何故か胡桃がじっと広翔を見ていた。
「えっと、何か?」
 戸惑いながら小声で聞くと、
「別に」
 と言うなり前を向いてしまった。他の人の自己紹介を聞く気があるように思えない態度だ。
 そんなことを考えているうちに自己紹介は終わり、委員会やら係やらを決める時間になった。
「それじゃ、ホームルーム委員さんを決めちゃってー、その人に仕切ってもらおっかなー」
 と言い、「はい、やりたい人挙手ー」と朗らかに笑う。
 しかし誰もやる気配がない。
「お前やれば?」
「いや、お前の方が向いてる」
 など、既に押し付け合いが始まっていた。
「んー。決まりそうにない?」
 困り顔で難波が聞いてきた。
「あ、葛西とかどうっすか」
 一人の男子生徒が唐突に言った。
「え?」
 困惑気味に聞き返す。
「ほら、サッカーってチームワーク大事じゃないっすか。きっと皆をまとめられますって」
 なんともそれっぽいことを言っているが、かく言う彼は元野球部だ。野球もチームワークが大切のはずだが。
「じゃ、西村くんにやってもらおっかなぁ」
 難波が笑顔で言う。
「げっ。何でっ!?」
 西村こと西村啓太にしむらけいたは軽く身を引いた。
「人に押し付ける前に自分でやりなさいね」
 有無を言わさぬ圧迫感に、「や、やらせて頂きます」と啓太はこくこく頷いた。
 もしかすると野球部部員にはより一層厳しくしているのかもしれない、と思った。
 だが実際、西村は当たりだった。
 野球部で重役でも担っていたのだろうか、スムーズに事が進む。難波はこの状況を見越していたのだろうか。ちなみにもう一人のホームルーム委員は、広翔の後ろの席の神崎詩織かんざきしおりだ。西村に言われた内容を綺麗に書き上げていく。
 埋まっていないのは、面倒くさそうな保健委員と鍵係だけだった。既に広翔は国語係に入っている。安心して事の進みをぼんやり聞いていた。
「え、残ってんのあれだけ?」
 第一候補の数学係のじゃんけん大会に負けた真理は苦い顔をしている。
「え、真理残ってんの?国語係にすれば良かったのにー。」
 もう一人の国語係に決まった子が言った。どうやら友人だったらしい。
「……代わろうか?」
 何とも微妙な気持ちになったので、そう提案した。
「え、いいの?」
「いいよ、別に」
 と言うと、真理は「良い奴ね」と笑った。
 別にそういう理由ではないのだが、と一人苦笑する。
「え、代わんの?どっちにするよ」
「保健委員で」
 鍵係は誰になったかというと、じゃんけんに負けまくった璃久だった。
「あーあ。美人な先輩と話す接点が無くなったな」
 そんなことをぼやいていた。
 そのときだった。
「保健委員、私やります」
 保健委員は男子と女子との二人必要なのだが、女子は空欄になっていた。
 挙手をしたのは胡桃だった。周りからどよめきが走り、
「おい!葛西!代わってやるよ」
「いや、俺が」
 など、色々なところから声が飛び交う。
「──うるさいなぁ」
 身震いしそうな冷たい声が室内に響く。
「さっきまでやろうとしてなかったくせに、何?やるんなら最初っから意思表示しなよ。そんな適当な気持ちの人と組みたくなんてないんだけど」
 淡々とした口調の胡桃の態度で、教室は水を打ったように静まり返った。
「その態度はなくね」
「いくら顔がよくても、なぁ」
 と、あちこちからざわざわと音がする。
「まぁまぁ、そー言うなってー」
 明るい声で抗議したのは璃久だった。
「女の子一人に何もそんな必死になんなくていいじゃんか。委員会以外にも接点あるだろうし、それに、お前らがミーハーなことするから、雨水さん怒ったんだろ?仕事に責任もつのは当たり前だって。正論言ってる雨水さんに何も言えないからってネチネチすんのは無しっしょ」
 まくし立てて、「雨水さんって責任感強いから、そういうの許せないんだよ」と付け加えた。
「なに、お前雨水さんと同じ中学だったわけ?」
 ブーイングしていた男子生徒が不満そうに璃久に言う。
「広翔もだよ。まぁ中学校じゃなくて小学校だけどな」
 とサラリと言う。
「な、広翔」
 といきなり話を降ってくる。
「ああ、そうだよ。」
 と頷くものの、

──雨水さんて同じ学校だったっけ?

 と密かに思った時、
「保健室行ってきます」
 胡桃がガタッと椅子から立ち上がった。広翔はなんと声をかけたら良いのかわからなかった。
「あ、葛西君。雨水さん具合悪そうだから付き添ってあげて?保健委員になったんだから、彼女のことよろしくね」
 と難波が有無を言わさぬ口調で言う。
「あ、はい」
 とあわてて席を立ち胡桃を追う。
 突然の出来事に、皆呆然と二人を見送った。


***


 教室を出て、廊下を歩く。
「あの、話合わせてくれてありがとう」
「それは、こちらこそって感じだよ」
 胡桃はふわりと微笑んで「ありがとう」といった。先程までの冷ややかな空気はどこへやら、だ。
「ごめんね、変な空気にしちゃって。私、男子があんまり好きじゃなくて。つい、きつく言っちゃうんだ」
 と申し訳なさそうに項垂れ、ゆっくり顔を上げて広翔を見る。
「それに、嘘でもないんだよ」
「え?」
 胡桃が足を止め、じっと見つめる。
「私、前は高田胡桃だったの。·····同じ保育園で、家も隣だった。小学校三年のときに引っ越したんだけど、覚えてない?」
 タカダクルミ。
 どこかで聞いたような、懐かしい響き。
「……もしかして、めちゃめちゃ背が小さかった?あと、髪は長くて、腰くらいまで」
 そこまで言って、広翔は足を止めた。

──駄目だよ。

 誰かがそう言って、広翔の目を隠す。耳を覆う。
「そう、それ」
 覚えててくれたんだ、と胡桃は嬉しそうに言う。     
 その声が酷く遠く聞こえる。聴こえずらい。見えずらい。靄がどんどん濃くなっていく。
「再婚したの」
 腕を後ろで組んで、ゆっくり進む。その光景が目の前で起こっていることではなく、どこか遠くの出来事に思えた。遠くなる胡桃の声がやけに響いた。
「それにしても、御家族のことは災難だったね」
 たった、それだけ。それだけの言葉で、頭を支配していた靄が突然消え、無音と化した。
「え?なんのこと……」
 そういった時だった。
 ズキンと鈍い音が頭にこだました。
「うぁ」
 足の力が抜けて、その場に倒れ込む。
「葛西君!?」
 悲鳴のような胡桃の声がする。
 胡桃が必死に何かを叫んでいる。バタバタと足音が響く。広翔はそっと目を閉じ、意識を手放した。

──駄目だよ。駄目なの。
 しかし、声は変わらず広翔の頭に響き続けていた。
──まだ、その時・・・じゃないの。ごめんね。……ごめんね。
 そこで、意識が完全に途切れた。


──ごめんね、広翔……。
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