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まほらは別れを告げた

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「おはようございます!まほらさん、あの……早速の用件で申し訳ないんですけど、あの事、ギブソンさんにお伝え願えましたか?」

「おはようルミアちゃん」

まほらは顔を笑みを貼り付けて挨拶を返す。
彼女、ルミア=ヘンリーが言う“あの事”とはブレイズとの交際を視野に入れた食事の誘いの件だろう。

まほらは感情を押し殺してルミアに答えた。

「OKだって言っていたわ。多分アイツから何か言ってくると思うから、その時はよろしくね」

「ホントですか!嬉しい!ありがとうまほらさん!」

「いいえ。それじゃあ私、急ぐから……」

まほらはそう言ってその場を足早に去った。

弾けるような笑顔を見せたルミア。
彼女にはブレイズとの幸せな将来のみが輝いているのだろう。
まほらが望んでも得られなかった将来だ。

「………さっさと引越そう」


そう決めたまほらは次の日にはもう新しいアパートへ入居する事に決めた。

引越し業者は少しお高いけれども魔術を用いてあっという間に作業してくれるところに頼んだ。

不用品の引き取りもその業者が請け負ってくれるという。
その日の朝に業者が来て、一旦家財一式を預かってくれる。
そして仕事が終わり次第新居にて落ち合い、必要なものだけを魔術にて運び入れ配置してくれるのだ。
代金は高いが、引越し作業に時間を取られる事がないので本当に助かる。

当日、運び出しの作業を終えてまほらは隣のブレイズの家へと挨拶に行く。
今朝はブレイズは早番で既に登省しているのは織り込み済みだ。

長年世話になったブレイズの両親はまほらが急に引っ越すことに衝撃を受け、かなり狼狽していた。

「そ、そんなまほらちゃんっ……どうして急にっ?な、何かあったのっ?」

「まるで逃げるみたいに、どうしたんだまほらちゃん」

驚きを隠しきれないブレイズの両親にまほらは心からの謝罪を口にする。

「おじさん、おばさん、急に…しかも勝手に決めてしまってごめんなさい。でも話してしまうと決心が鈍ると思ったし、迷惑をかけてしまうと思ったから……」

「「まほらちゃんの事に関して迷惑に思う事など一つもない!」わよっ!」

ブレイズの両親が口を揃えて同時にそう言うのを見て、まほらは肩の力が抜けたように微笑んだ。

二人は本当に変わらない。
幼い頃から、まほらの両親が亡くなった後も、まほらを本当の娘のように可愛がり慈しんでくれる。
だからこそギリギリまで引越しの事を言えなかったのだ。
言えば必ず引き止められる。
ずるずると引越しが先延ばしになり、ブレイズの側でブレイズがルミアと幸せになる光景を見せつけられるのだ。
そうなる前にここを去りたい。
一方的な悋気を起こして醜態を晒す前に。


まほらは二人に頭を下げた。

「お世話になったご恩も返せないままここを発つ不義理を許してください。これからは一人で、頑張って生きてみようと思っています」

「なぜ?本当にどうして急に……?お家賃が払えないとかじゃないわよね?まほらちゃんもお勤めしている訳だし、ご両親が遺された貯えもあるわよね?」

「何か問題でも起きたのかい?それならなんでも力になるから話してくれないか?」

まほらのために必死になる二人を見ていると胸が苦しくなって辛くなる。
これ以上二人に心配を掛けたくなくて、まほらは敢えて元気におどけて見せた。

「何も問題なんて起きてないわ!両親と暮らした家は一人では広すぎるし掃除が大変なの!仕事も忙しくなりそうだから、それならばいっそ省舎の近くに引っ越そうと思っただけよ!」

「でも、まほらちゃん……」

「この事は、ブレイズのヤツは知っているのか?」

「知らないわ。あ、そうそう!大ニュースよ、ブレイズに可愛い彼女が出来そうなの!きっと近々おじさんとおばさんにも紹介してくれると思うわ!」

まほらは二人に明るい気持ちになって貰いたくて、おめでたい話題を口にした。
息子が口にしていない事を勝手に喋るのはどうかと思ったけど、ブレイズに春が来る事を二人が喜ばないはずはない。
両親の心を明るくするために話すのであればきっとブレイズも許してくれるだろう。
それくらいは、十年以上の付き合いとなる幼馴染の特権として許してくれるだろう。

しかしそれを聞いたブレイズの母親眉間にぎゅん、とシワが寄る。

「え?彼女……って……まさかブレイズに?」

「……あのバカ、鈍感だとは思っていたが何を考えてるんだ……」

父親の方は頭を抱えて低く唸るように言った。

なんだかブレイズの両親の反応はまほらが思っていたのとは違うが、悲しみの表情ではなくなった事にまほらは安堵した。
ちょうど引き際だ、ここらでお暇しよう。

「それじゃあ、そろそろ行かないと遅刻になるから。おじさん、おばさん、今まで本当にありがとうございました。お二人ともお元気で!」

「あ、まほらちゃん……!」

引き止めるようなブレイズの母親の声を背に受け、まほらは振り返る事なく歩いてゆく。

振り返れば戻ってしまいそうになる。
温かくて優しいその場所から離れ難くなってしまう。

さよなら、さよなら。

まほらは子ども時代から自分を育んでくれた温もりに別れを告げた。




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まほらの新生活、はじまります。
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