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待つ

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 ニーナが立ち去ったあと。
 会場に戻ることが躊躇われた私とフランツは、フローラに別れの挨拶を告げずに帰ることにした。
 別れ際、フランツは馬車に乗り込む私をエスコートしてくれた。
 彼からこんな気遣いをされた記憶はあまりない。これが私の夫であったあのフランツなのだと思うと、変に胸が騒いだ。

 「じゃあ……明日、待ってるわ……」

 「必ず行く」

 “必ず”なんて、フランツの口から初めて聞いた。
 彼はこれまで確かな約束なんてしてくれたことがなかった。
 だから私は、自分が傷つかないようにするために、いつでも話半分に聞くようにしていた。
 期待を裏切られるたびに悲しかったけど、いつもどこかで諦めていたからやってこれた。
 けれどこれ以上、同じ過ちは繰り返したくない。
 我慢するだけなんて、もうまっぴらだから。

 「……今度約束を破ったら、もう二度と会わないわ。あなたとのことはすべて忘れて、新しい人生を歩みます」

 フランツはこれに返事をしなかった。
 けれど、真剣な顔で私を見つめていた。


 *


 屋敷に戻った私は家令に『明日客人が来る』とだけ伝え、ベッドに潜り込んだ。
 いつもならパーティーのあとは疲れてよく眠れるのに、今夜はいつまで経っても眠気が訪れてくれない。
 結局、ようやく眠りにつけたのは、空が白み始めるころだった。

 いつもより遅く目覚めた私だったが、来訪者の知らせは届かなかった。
 それは正午を過ぎ、午後のティータイムを過ぎても。

 まさか──

 また、約束を破るのか。
 信じたくはないが、嫌な記憶が頭をもたげ、私から徐々に冷静さを奪っていく。

 なにも喉を通らず、私はひとり自室の椅子に座り、ひたすらに同じリズムを刻み続ける時計の音を聞いていた。

 そして、真っ赤な夕日が空を染める頃になっても、フランツはやってこなかった。
 悲しいのか苦しいのか、この重苦しい気持ちがなんなのかさえわからない。
 ただ虚しくて、自嘲する気力も起きなかった。

 空はやがて赤から紺色に変わり、一番星が光を放ち始める。
 私は、開け放っていた窓を閉めようと立ち上がった。
 その時だ。
 外の方からなにやら物騒な人の声と、金属がぶつかるような音がする。

 「お嬢様!」

 扉の外から焦った様子の家令の声がした。
 入室を許可すると、彼は急いだ様子で口を開いた。

 「ならず者が屋敷の外で暴れているようです!ですが、屋敷の中は安全ですのでご安心ください」

 家令はそれだけ言うと足早に部屋を出ていった。
 この王都の中心地にならず者なんて珍しい。
 心配ないとは思ったが、私も足早に窓を閉めに向かった。

 「リズ……!」

 暗いバルコニーから聞こえた声に身体が固まる。
 
 「フランツ……!!」

 
 

 


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