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ニーナ⑤
しおりを挟むしばらくは平和な日々が続いた。
フランツはまた一緒にお茶会に出てくれるようになったし、私は以前のように大勢の令嬢に囲まれる日々に戻れた。
しかし、周りがだんだんと社交界デビューを果たすようになってきた頃、突然フランツが騎士になると言い出した。
私は断固反対した。
だって、フランツを連れて歩くことができなくなってしまうから。
けれど、一緒に反対してくれるとばかり思っていたお父さまもお母さまも、私の味方にはなってくれなかった。
それはフランツが騎士になる理由が、武勲を立て、家門を立て直すことだったから。
私の将来を任せることを考えると、破産寸前の貧乏貴族の次男として一から事業を始めるよりは、よほど望みが持てると思ったらしい。
フランツを説得してもらうつもりが、逆に彼の心意気を無駄にするなと怒られた。
騎士になってからも数ヶ月に一度、休暇になればフランツは実家に帰ってきた。
私たちはそれに合わせロイスナー子爵家を訪問し、フランツの状況を聞いては励ました。
でも、フランツの足は実家からどんどん遠のいていった。
家族を大切にする彼にどんな心境の変化があったのか。
この時の私は、いずれフランツとは結婚するんだからと、そんなこと気にもとめなかった。
そして数年が経ち、フランツは周囲の期待以上の武功を収めた。
いったい誰が予想しただろう。
絶世の美男子と謳われ、争いとは無縁に見えた細身の少年が、戦争を勝利に導く英雄に姿を変えるなんて。
騎士の旦那様なんて野蛮で泥臭くてみっともない。
そう思っていたけど“英雄”なら話は別。
なんて素晴らしいのフランツ、よくやってくれたわ。
これで私は更に周りから注目される。
フランツにはたっぷりと報奨金が出るだろうし、休暇も貰えるだろうから、すぐ帰ってくるだろう。
私はどんなドレスを買おうかワクワクしながらフランツの帰りを待った。
けれど待てども待てどもフランツからは便り一つ届かない。
そんな時、お父さまがロイスナー子爵家にお祝いに行くというのでついて行くと、おじさまの元にもフランツからはなにも届いていないという。
それと、フランツではなく、王都の伯爵家から手紙が届いたと。
おじさまが見せてくれたのは、花模様の型押しがしてある美しい封筒。
差出人の名は“フローラ・エッケナー”と書いてある。
──まさか、フランツに恋人が?
だから、実家に帰ってこなくなったの?
ううん、そんなはずない。
だってフランツは私と結婚するんだから。
あの真面目なフランツがお父さまとの約束を破るなんてありえない。
でも、じゃああの手紙はなんなの?
中身が気になって仕方ない。
けど、勝手に開けることを許してくれるとも思えない。
だから私は一か八か、泣き落としに出た。
『ひどいわフランツ……私がどんな思いで待っていたと……こんな、王都で恋人を作るなんて……!!』
私の泣き顔に、お父さまもおじさまも焦り顔だ。
『ニーナ、フランツに限ってそんな浮ついた真似するはずがない!お前の勘違いだよ』
『そんなのわからないじゃない!勘違いだというのなら、おじさまが手紙の中身を確認してよ!』
『ええっ?』
『だってフランツは帰ってこないし、恋人じゃなくてもなにか緊急の用事だったら?無視して困るのはフランツよ?』
おじさまは少し悩んでいたが、私の意見に耳を傾けてくれた。
そうして開けられた手紙の中に入っていたのは、パーティーの招待状だった。
『ほら、お前の勘違いだっただろう』
ほら、と渡された手紙には確かにそう書いてあった。
ニ枚目には招待客のリストと……
──あら、最後になにか……
そこには『追伸。この招待状はご生家と騎士団の屯所両方に送らせていただきました。片方は破棄してくださいませ』とあった。
お父さまもおじさまもほっとしたように笑っていたが、その時私はまったく違うことを考えていた。
おそらくおじさまはこの最後の文章は読んでない。
──チャンスだわ!
そのフランツが招待されたというパーティーに、この招待状を持って出席すれば、地方のお茶会なんてレベルじゃなく、私は王都中の女性の憧れの的になるんじゃない?
──だって、私は英雄の婚約者なんだから!
万が一フランツが出席しなかったとしても、招待状は持っている。
フランツに頼まれてきたと言えばいいのだ。
『おじさま!この手紙、私がフランツに届けてあげるわ!』
気づいたらそう叫んでいた。
王都には親族がいる。そこに泊めてもらいながら、王都中のパーティーに出席するんだ。
もちろん、フランツと一緒に。
幸いなことに、おじさまは最後まで手紙を確認しなかった。
私はなんとかふたりを説得して、王都に向かった。
都が近づくにつれ、胸が踊った。
だってあと数日後に、私はこの国で一番注目される女性になるんだから。
パーティー当日。
出発前に借りた、お母さまが持っていた中でも一番いいドレス。
それを着て出発した。
本当は新しいドレスがよかったけど、それはもういい。
だってフランツが隣にいれば、着ているものがなんだって関係ないんだから。
入り口ではうるさい使用人たちと一悶着あったけど、フランツとも会えた。
そして会場に入ると、みんなが一斉に私に注目した。
やっぱりわかる人には私が特別だってわかるんだ。
久しぶりに味わう高揚感に、笑い出しそうになるのを必死で堪えた。
早くフランツも隣にくればいいのに。
私たちはふたりでひとつなのよ。
けれど後ろから私を追って来ていたはずのフランツは、少し離れた場所で時が止まったかのように立ちすくみ、その視線は一点を見つめていた。
フランツの視線の先にいたのは、波打つ金の髪を半分結い上げた、真っ白な肌を持つ見たこともないほど綺麗な人。
思わず、目を奪われた。
けれど、彼女はその美しさとは真逆の、とても傲慢な女だった。
──まさか、あれが幼い頃から耳にしてた“ローエンシュタインの真珠”だったなんて……!!
「許さないんだから……!」
この私を二度も打つなんて……!
フランツとどんな関係なのかは知らないけれど、あの二人には絶対になにかある。
きっとあの女が権力を振りかざしてフランツを操っているに違いない。
でもフランツは絶対に渡さない。
でもそれだけじゃ済まさない。
私に恥をかかせたあの女ごと、二度と人前に出れないようにしてやる。
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