婚約者の恋人

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 「ちょっと待ってよルシール。僕は今の話が全部本当だとは到底思えないんだけど。」

 突然割って入ったアベルの発言にわかりやすくルシールは驚いている。まさかアベルが自分に異を唱えるなんて思っても見なかったとでも言うような顔だ。
 ルシールはアベルの二つ下だ。アベルは幼い頃弟が欲しくて仕方なかった。従兄弟のルシールはそんなアベルに甘えるのが上手で、アベルも何だか頼りなげな第二王子の面倒を見るのが好きだった。
 
 「どうしたのアベル。それじゃまるで僕が嘘をついているとでも言ってるようなもんじゃない。」

 「嘘だなんて言ってない。だけど変だよルシール。」

 「何が?」

 「お前がだよ。」

 「僕?」

 ルシールは邪気のない顔で首を傾げて見せるがアベルの表情は真剣だ。

 「何で辺境の地で、しかもバジューなんて名前も聞いた事のないような貴族の謀反をお前が知ってるんだ。ベルクール卿が起こした事ならいざ知らず、王家直属の諜報員だって事が起こるまでは気付きもしないような小物だろうに。」

 アベルの言う事はもっともだ。
 王都に住まう者でバジューなんて姓の貴族を知る者などいやしない。それはすなわち没落寸前で夜会に出席する金もない、覚えるだけ無駄な取るに足らない存在だと言う事。そんな貴族に何が出来る。監視対象になるなどと有り得ない。
 しかしルシールは両手を広げ、やや大げさな身振りでアベルに反論する。

 「やだなぁ。僕だってちゃんと国のために働いてるんだよ?僕の仕事は兄上が取りこぼしたごくごく僅かな火種を拾い上げる事だ。なんてったって兄は王になる人間だからね。些末な事になんて構ってられないのさ。」

 しかしその言葉にもアベルは顔を顰めた。それはおかしい。ルシールの兄カイオンはそんな“取りこぼし”など微塵も許さない男だ。“厳格”と言えば聞こえは良いが、彼に身近な者達からすれば冷徹無比な王太子。カイオンは一度問題が起こればそれを根絶やしにするまで許さない。
 ルシールの言う事が事実だったとしても、それこそこの従兄弟はそんな些細な取りこぼしなんかに興味を示すような男じゃない。
 ルシールが表立って動くとすれば、それは彼の“私欲”のためにほかならない。それをアベルはよく知っていた。
 
 「それじゃあなんでシルフィがそこに関わらなきゃならなかったんだ?囮に使うなら別にシルフィじゃなくたって良かっただろう?」

 それにルシールがシルフィーラを想っているのは紛れもない事実だ。それなのになぜ惚れた女を他の男に預けるような真似をしたのだ。

 「それはベルクール卿に一時の夢をあげようと思っただけさ。」

 いくら大事な従兄弟と言えど、フェリクスに対するこの小馬鹿にしたような物言いにアベルは抵抗を感じた。

 「そんな必要ないだろ。ベルクール卿はシルフィを前にするとこんな状態になるんだ。それならもっと普通に接する事のできる令嬢の方がやりやすかっただろう。それにシルフィだって前もって知らされていればこんなに傷付く事は無かった。シルフィなら事情を知ったところで相手に勘付かせやしない。きっとうまくやったさ。」

 アベルの言う通りだ。
 前もって教えてくれさえすれば誰も傷付く事なんて無かった。

 「それに取り引きはお前とベルクール卿二人の間で交わされたのか?父上はこの事を知っているの?」

 「……知らないよ。叔父上には言ってない。」

 「何で!?」

 アベルは少し頭に血が上ってる様子だが言っている事は間違っていない。
 ルシールはベルクール領で謀反の疑いがあると事前にわかっていた。一歩間違えばシルフィーラだって危険に晒されたかもしれない。いや、もしかしたら知らぬうちに既に危ない目に遭っていたのかも……。
 それならばまずはその旨を叔父である父に話した上で、然るべき護衛をつけるなり何なりしてシルフィーラの安全を確保するのが当たり前だろうに。確かに旅の道中は大袈裟なほど護衛がいたが、今現在王都から付いてきたのは侍女のセイラただ一人だ。
 
 「だってベルクール卿はこんなにシルフィーラの事を想っているんだから死ぬ気で守るはずでしょ。」

 シルフィーラの一つしかない大切な命について語っているのに無責任ともとれるルシールの発言。シルフィーラの表情も険しくなった。
 アベルはもっとだ。

 「そんな怖い顔しないでよアベル。僕だって何もしてない訳じゃない。ちゃんとシルフィーラを見守らせていたよ。」

 「誰に?」

 「それは言えない。」

 これにフェリクスが顔色を変えたのをシルフィーラは見逃さなかった。
 (何……今の言葉に何かあったの……?)
 言葉通り受け取ればルシールはシルフィーラを守るために秘密裏に護衛をつけていた。特に不思議な事はない。けれど明らかにフェリクスはルシールを警戒しているように見受けられる。
 
 「そんな人見掛けなかったけど、どこにいるのルシール?」

 しかしシルフィーラの問い掛けにルシールは困ったような顔をして笑うだけだ。
 (もしかして……ベルクール卿はこの事を知らされていなかった……?)
 それだとしたらさっきの表情も納得できる。
 しかしそれならフェリクスと協力関係にあると言ったルシールは一体何をしているのだ。協力関係にあるのならお互いの動向は把握しておくのが当然だろうに。
 フェリクスにさえ秘密にしてこの邸内に護衛を潜ませていたとしたらそれは問題なのではないだろうか。お互いの信頼関係にも関わる事だ。
 しかしルシールにはフェリクスにそれを詫びる気などまったくないように感じられる。
 シルフィーラは再び感じた違和感がさっきよりも強いものになっている事に気付いた。
 


 

 

 

 
 


 
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