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7.お嬢様と私 サイラス視点①

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 お嬢様が突然こちらを見てくれた。

 今までジャレッド王子に夢中で、ほかの人間なんてちっとも目に入らない様子だったお嬢様が。

 王宮でお嬢様が王子から婚約破棄されたと聞いたとき、彼女はどうなってしまうのだろうと不安になった。

 きっとひどく取り乱して落ち込んでいるだろう。そう思って慌てて探したのに、目に入ってきたのは満面の笑みを浮かべるお嬢様の姿だった。

「私、今度の人生ではあなたに恩返しするために生きることにするから!」

 お嬢様は曇りのない表情でそう言った。

 お嬢様はずっと、今回の人生だとか、やり直しだとか、不思議なことばかり話していた。それに、私に「恩返し」するなんてことも。

 返されるような恩があるとは思えない。

 むしろお嬢様に恩義を感じているのは、私のほうだ。


 最初にお嬢様に身の程知らずの想いを抱いたのは、まだ九歳の頃のこと。

 公爵家に雇い入れられて間もなかった当時の私は、仕事がうまくできずに怒られて、庭の隅で落ちこんでいた。

 私の家では割と大きめの洋服店を営んでいた。

 私には二つ上の兄がいて、両親の期待は全て兄のほうに向けられていた。同じ兄弟でありながら両親は兄が行うことには何でも興味を示すのに、私のほうには見向きもしない。

 物心ついた頃からずっとそうだったので不満を持ったことはないけれど、心の中はいつもぽっかり穴が空いたように空虚だった。


 あるとき、アメル公爵家の当主様がうちへ商品を見にやって来た。

 うちの店では希少なアンティーク品等も扱っており、貴族が訪れることも少なくない。そうは言っても、公爵様が直接来店する機会など滅多になく、両親は緊張と興奮の混ざった様子で彼を出迎えていた。

 両親は公爵様を手厚く接客した。私と兄も公爵をもてなすように言われ、店の中でも特に重要な方を招くために用意された部屋に呼ばれる。

 両親はその際ずっと兄の両隣にいて、公爵に兄のことを誇らしそうに紹介していた。

 私には事前に一言、公爵様に失礼のないよう礼儀正しくするようにと注意するだけだった。

 寂しい気持ちを隠すように、黙々と雑用をこなす。


 しかし、両親が見てくれない寂しさを紛らわせるために、紅茶を注いだり、以前教わった通り商品の紹介をしていただけだというのに、公爵の目には私がしっかりした子供に映ったようだった。

 帰り際、アメル公爵はそちらのダークブラウンの髪の子をうちに見習いに来させないかと両親に向かって尋ねた。うちで働けば、きっとこの子の将来にも役立つと。

 両親はお気に入りの長男ではなく、私が指名されたことを明らかに不満そうにしていた。

 しかし、公爵家と縁ができるメリットのほうが大きいと思ったのだろう。すぐさま表情を緩めて了承した。その間、私に意見が聞かれることは一切なかった。

 まだ九歳だった私は、家を離れてよその家、しかも公爵家なんて遠い世界で働くなんて不安だった。しかし、両親はそんな心情など気にも留めない。

 私はしばらくアメル公爵家に通った後、住み込みで働くことになった。
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