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7.お嬢様と私 サイラス視点①
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慣れない公爵家での日々は戸惑いの連続だった。
子供なので当然そんなに難しい仕事は任されなかったけれど、それでも貴族の家で失礼のないように働くのは簡単ではなかった。何度も執事長から叱られた。
家を出る日、手紙を送ると笑顔で送り出してくれた両親から返事がきたことは一度もない。そのうち私からも手紙を書くことはなくなった。
両親に見放されるように家を出され、公爵家で大人たちから叱られて。
大げさだけど、そのときは自分が必要のない存在のような気がしていたのだ。
「あなた、新しいうちの使用人ね。こんなところで何してるの?」
「エヴェリーナお嬢様……?」
庭の隅でうずくまっていたとき、目の前に現れたのはアメル家のご令嬢、エヴェリーナ様だった。
エヴェリーナお嬢様はピンクベージュの長い髪を揺らし、上からじっと私を見つめている。
「もしかして嫌なことがあったの? だから元気がないのね?」
「いえ、そういうわけでは……」
「じゃあ私が元気になるよう歌を歌ってあげる! この前先生に習ったの!」
お嬢様はそう言うと、明るい声で歌い始めた。お世辞にも上手とは言えない、子供らしい歌い方。歌い終わるとお嬢様は得意げにこちらを見る。
「どう? 元気になった? 素敵な歌でしょう?」
「はい。とても元気をいただきました。ありがとうございます」
お嬢様に歌を歌っていただいてそう言わないわけにもいかず、私はお礼を言う。
しかしお嬢様は納得がいっていないようだった。
「まだ悲しそうな顔をしているわ。そうだ、私が好きなお話を聞かせてあげる! 王女様がお城を抜け出して、いろんな国を冒険する話なの。聞いたらきっと元気になるわ」
お嬢様は真面目な顔でそう言うと、私の隣に腰を下ろして話し始めた。歌と同様にこちらも失礼ながら大分舌ったらずで、話がしょっちゅう前後するので、内容はあまりつかめなかった。
けれど、話しているお嬢様の顔が本当に楽しそうなので、なんだかこっちまで気分が明るくなってくる。
「あっ、やっと笑ったわね! このお話とってもおもしろいでしょう?」
「はい。とても」
「残念ながら続きはまだ読んでないからわからないの。今日続きを読んだら、また話してあげるわね」
お嬢様はにこにこ笑いながらそう言った。その笑顔があんまり可愛らしいので、つい返事も忘れてぽかんとその顔を眺めてしまう。
「ちょっと、聞いてる?」
「は、はい! 聞いております」
「じゃあ、約束よ。明日もここに来てね」
お嬢様はそう言うと、ひらひら手を振って去って行った。
残された私は、お嬢様が去って行ったほうを呆然と見つめることしかできない。
先ほどまで感じていた憂鬱な気持ちは、突然のお嬢様の登場ですっかりどこかへ飛んでいってしまっていた。
お嬢様と初めて会話した日のことは、私の中に鮮烈な印象を残した。
お嬢様は言葉通り翌日も同じ場所に来て、またたどたどしい話し方でお話を聞かせてくれた。
話し終えると、彼女は私の顔をまじまじ見る。そして「元気になったわね!」と明るい声で言うと、手を振って去って行った。
その後も心優しいお嬢様は、年の近い少年が沈んだ様子でいるのがよほど心配だったのか、屋敷ですれ違う度に駆け寄ってきてくれるようになった。
目が合うと、お嬢様はにこにこ笑って私のほうまでやって来る。そして袖を掴むと、お庭や広間へ引っぱって行くのだ。連れて行かれた先で、お嬢様はいつまででも歌やお話を聞かせてくれた。
もちろん楽しい時間を過ごした分仕事は溜まってしまうので、その日は遅くまで仕事をすることになった。けれど、そんなことは気にならないくらいお嬢様といられるのは嬉しかった。
無邪気で、愛らしくて、いつも楽しそうなお嬢様。
お嬢様が笑顔を向けてくれるだけで疲れはあっという間に飛んでいく。お嬢様に会えるのを楽しみに毎日を過ごすうち、公爵家の仕事にもしだいに慣れて、戸惑うことは少なくなった。
心細かったはずの公爵家は、いつしか心安らぐ場所に変わっていた。
子供なので当然そんなに難しい仕事は任されなかったけれど、それでも貴族の家で失礼のないように働くのは簡単ではなかった。何度も執事長から叱られた。
家を出る日、手紙を送ると笑顔で送り出してくれた両親から返事がきたことは一度もない。そのうち私からも手紙を書くことはなくなった。
両親に見放されるように家を出され、公爵家で大人たちから叱られて。
大げさだけど、そのときは自分が必要のない存在のような気がしていたのだ。
「あなた、新しいうちの使用人ね。こんなところで何してるの?」
「エヴェリーナお嬢様……?」
庭の隅でうずくまっていたとき、目の前に現れたのはアメル家のご令嬢、エヴェリーナ様だった。
エヴェリーナお嬢様はピンクベージュの長い髪を揺らし、上からじっと私を見つめている。
「もしかして嫌なことがあったの? だから元気がないのね?」
「いえ、そういうわけでは……」
「じゃあ私が元気になるよう歌を歌ってあげる! この前先生に習ったの!」
お嬢様はそう言うと、明るい声で歌い始めた。お世辞にも上手とは言えない、子供らしい歌い方。歌い終わるとお嬢様は得意げにこちらを見る。
「どう? 元気になった? 素敵な歌でしょう?」
「はい。とても元気をいただきました。ありがとうございます」
お嬢様に歌を歌っていただいてそう言わないわけにもいかず、私はお礼を言う。
しかしお嬢様は納得がいっていないようだった。
「まだ悲しそうな顔をしているわ。そうだ、私が好きなお話を聞かせてあげる! 王女様がお城を抜け出して、いろんな国を冒険する話なの。聞いたらきっと元気になるわ」
お嬢様は真面目な顔でそう言うと、私の隣に腰を下ろして話し始めた。歌と同様にこちらも失礼ながら大分舌ったらずで、話がしょっちゅう前後するので、内容はあまりつかめなかった。
けれど、話しているお嬢様の顔が本当に楽しそうなので、なんだかこっちまで気分が明るくなってくる。
「あっ、やっと笑ったわね! このお話とってもおもしろいでしょう?」
「はい。とても」
「残念ながら続きはまだ読んでないからわからないの。今日続きを読んだら、また話してあげるわね」
お嬢様はにこにこ笑いながらそう言った。その笑顔があんまり可愛らしいので、つい返事も忘れてぽかんとその顔を眺めてしまう。
「ちょっと、聞いてる?」
「は、はい! 聞いております」
「じゃあ、約束よ。明日もここに来てね」
お嬢様はそう言うと、ひらひら手を振って去って行った。
残された私は、お嬢様が去って行ったほうを呆然と見つめることしかできない。
先ほどまで感じていた憂鬱な気持ちは、突然のお嬢様の登場ですっかりどこかへ飛んでいってしまっていた。
お嬢様と初めて会話した日のことは、私の中に鮮烈な印象を残した。
お嬢様は言葉通り翌日も同じ場所に来て、またたどたどしい話し方でお話を聞かせてくれた。
話し終えると、彼女は私の顔をまじまじ見る。そして「元気になったわね!」と明るい声で言うと、手を振って去って行った。
その後も心優しいお嬢様は、年の近い少年が沈んだ様子でいるのがよほど心配だったのか、屋敷ですれ違う度に駆け寄ってきてくれるようになった。
目が合うと、お嬢様はにこにこ笑って私のほうまでやって来る。そして袖を掴むと、お庭や広間へ引っぱって行くのだ。連れて行かれた先で、お嬢様はいつまででも歌やお話を聞かせてくれた。
もちろん楽しい時間を過ごした分仕事は溜まってしまうので、その日は遅くまで仕事をすることになった。けれど、そんなことは気にならないくらいお嬢様といられるのは嬉しかった。
無邪気で、愛らしくて、いつも楽しそうなお嬢様。
お嬢様が笑顔を向けてくれるだけで疲れはあっという間に飛んでいく。お嬢様に会えるのを楽しみに毎日を過ごすうち、公爵家の仕事にもしだいに慣れて、戸惑うことは少なくなった。
心細かったはずの公爵家は、いつしか心安らぐ場所に変わっていた。
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