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9.一度目の世界 サイラス視点②

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 二階に着くと、すぐに頑丈そうな門が見えた。

 ここから先は鍵がないと入れないらしい。

 大きく息を吸い込み、お嬢様の部屋から持ちだした金色の鍵を鍵穴に差し入れる。祈るような気持ちで扉を引くと、あっさり開いた。

 ほっとして体から力が抜け、まだまだやることがあるのだと慌てて気合を入れ直す。

 静かな廊下を早足で進んだ。天井から床まで届く大きな窓からは、まるで私の罪を暴き出すかのように、明るい太陽の光が差し込んでいる。

 幸いにも誰とも会うことなく、教会の二階にある儀式の間に辿りつくことができた。

 中に人がいないのを確認し、そっと薄暗い部屋の中に足を踏み入れる。


 そこは前方に大きな祭壇と、部屋の中央に椅子が並んでいるだけの空間だった。

 一階にある市民用の祭壇の間を一回り小さくしたような造りだ。ここで行われる儀式に呼ばれるのは限られた人物だけなので、広い空間は必要ないのだろう。

 部屋の空気はひんやりと冷たかった。

 辺りに人の気配は感じない。はやる気持ちを抑えて祭壇のほうまで向かう。


 なかなか見つからないことも覚悟していたのに、意外にもカミリアの血らしきものはあっさり見つかった。

 祭壇の前に血の入った小さな瓶がいくつも並び、瓶の蓋には金色の細工でそれぞれの名前が彫ってあったのだ。

 簡単に見つかったのはありがたいが、こんな風に目立つ場所に置いてあるのでは、血を盗んだことがバレないか心配になった。

 血を取り出すときは細心の注意を払わなければならない。


 そっと瓶を手に取り、祭壇の影に隠れて持ってきた小瓶に血を移す。

 量が減っていることがわからないようできる限り少なく、それでいてけがを負わせた際についた血だと不自然ではない範囲の量を小瓶に注いだ。

 注ぎ終わると小瓶を祭壇の上に戻した。ほかの瓶に比べ若干少ないようにも見えるが、この程度であればそこまで違和感はないはずだ。

 目的が済むと忍び足で儀式の間を出て、神殿を後にした。

 アメル公爵邸の使用人部屋についたときには、どっと緊張が抜けてしゃがみ込んでしまった。けれど、まだ気を抜くわけにはいかない。私にはやることがある。

 カミリアの血でナイフを凶器に使われたものだと偽装し、役人のところまで行かなければ。

 うまくいくだろうか。一度失敗すれば、もう二度と私がやったのだと主張しても聞き入れられなくなる。チャンスは一度だけだ。

 お嬢様を暗い地下牢から出すためにも、絶対に成功させなければならない。


 数日後、私はお嬢様の元へ、おそらくこれが最後になるであろう面会に行った。

 最後に見たお嬢様は、いつもより少しだけ元気そうだった。相変わらず顔色は悪く、痩せてしまってはいたけれど。

 お嬢様にはルディ・クレスウェルに気をつけるようにとだけ伝えておいた。

 見張られているせいで詳しい話をできなかったのが悔やまれるが、きっとその他の状況を考え合わせれば、彼が仕組んだことに近いうちに気づいてくれるだろう。

 最後に「いつか青空が見られるので楽しみにしていてください」と言うと、お嬢様は不思議そうな顔をした。

 そのぽかんとした顔が幼い頃のお嬢様のようでおかしくなり、つい笑ってしまった。
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