竜の国の魔法使い

風結

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六章 世界と魔法使い

竜饅事件 そのさん「間接作戦」

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 私服で、帽子を被って、俯き加減で並んでいる。予約札は、すでに入手済みである。

「ひっ、侍じゅ……」
「三個お願いします」

 販売許可を取り消す目で睨んであげたら、親方であるジークライさんが無言で商品を差し出してくれる。

 代金を払い、他言しないよう冷酷侍従長の薄笑いを投げ掛けてから、「みー様と愉快な仲間たち」を後にする。

 ……袋を見たら、四個入っていた。

 ああ、まぁいいか、たぶん三個多く作っていたんだろうし、みーと二個ずつ仲良く食べるとするかな。

 そそくさと翠緑宮へ。着替える時間も惜しいので、そのままコウさんの居室に向かう。

 王様は、二つ音から用事があって外出している。そこら辺、抜かりはない。僕の特性を最大限利用して、一切の遅滞ちたいを許さず突貫、不法侵入ちょいとごめんよ

「みー様~、取り引きの報酬、竜饅持ってきましたよ~」

 竜饅の入った袋を掲げて、雰囲気的に抑えた声で囁きかけると、匂いに釣られたのか、ぴょこっと寝床の布の中からみーが顔を出した。

 そのまま動かないので、近付いてみると、透き通るような純白の布に目を惹かれる。

 この毛布は、コウさんが魔力で編んだ、魔力布なのだろう。恐らく、寝具一式がそう。みーは炎竜であり、その性質が表出するのは当然のこと。竜の休憩所の用具と併せて、みーの属性の抑制と耐性の品は、コウさんの自作である。

「だーう、こーとやくそくなのだー、きょーはだめなんだぞー」
「そうですね。コウさんとの約束は大事です。でも、昨日僕とも約束しました。竜饅を食べてくれないと、僕との約束を破ったことになります。約束は二つ、片方を守れば、もう片方を守れません。なので、全責任は僕が負います。たとえコウさんにぎっちょんぎっちょんにされようと、みー様に責任が及ばないよう命を懸けてお守りいたします」

 むむむっ、とみーが真剣に考え始める。

 うみゅみゅー、と頭を抱えて、ぐむむっ、とこまぬいて、そのまま仰け反って、ぽすんっ。左右にごろごろ、やうやうやうやうやうっ、とじたんばたんっじたんばたんっ。あ、魔力布に包まって、抜け出せなくなって、竜の簀巻きたべごろ

 ……ごふっ、……あ、いや、鼻血なんて出そうになってませんよ。いくらみーが言葉に出来ないくらいでも、よくわからないものが心の奥から溢れそうでも、クーさんと同水準にんげんしっかくになるなんてそんなこと、あるわけないじゃないですか、ねぇ。

 ああ、そういえば、みーを見ていて思い出した。

 コウさんの、悩んで困ったときの、左右にもそもぞの謎舞踊をずいぶん見ていない。王様として立派になってきている証左なのかもしれないが、もうあれを見られないかと思うと……、あ、そうか、コウさんを今よりもっと追い詰めたり煩悶はんもんさせたりすれば、もそもぞな可能性も上がるのだろうか。

 でも、追い詰めるだけなら、今でもやってるし。と策を練っていたら、簀巻すまきから脱皮だっぴしたみーが、じぃ~と僕を見ていた。

 どうやら、結論が出たようだ。

 炎眼が、決意に揺れて、いつもより鮮やかである。すっくと立ち上がると、誰の仕込みなのだろう、謎舞踊の開始である。

「そーなのだー、だんまりだまだま、まるまるこめこめ、そそのかなのだー、そーなのだー。りゅーのおみみとおめめは、なんでもしってーーる?」

 予兆を感じたらしいみーが謎舞踊を停止すると、居室にコウさんが「転移」してきた。

「みーちゃん~、買ってきまし……」

 今更隠しても遅いのに、竜饅の袋をどこかへ「転送」するコウさん。

「ふぇ……? ふぁ! なっ、何でここにいるのかなのですっ、リシェさん!?」
「コウさん、竜茶を淹れてください。三人分ですよ」
「な、なんで私がなのです!」
「あれ? もしかして説明しないといけないのですか?」
「ふぎゅ……、今用意するのです……」

 コウさんが、とぼとぼ隣室に入っていくのを見送りながら、部屋の端にあった卓と椅子を窓際に運ぶ。

 窓を開けて、風通しを良くしたら、準備完竜。

 みーに、おいでおいで~をすると、竜饅効果なのか、すたたーっ、と元気よく走ってきて椅子に飛び乗る。

 竜茶をお盆に載せたコウさんも遣って来て、幸せ日和うきうきるんるんなみー。それとなく観察してみるが、みーの目元に赤みは確認できない。竜の治癒能力の高さで、あとは残らなかったのだろう。

 でも、ちょっとくらい後を引いても、と我が侭なことを考えてしまう。

 悲しみや傷の痛みは、治る過程も含めて重要な要素なのだと、まぁ、これは人間らしい感傷なのかな。

「リシェさんも買ったのです。同罪なのです。不法侵入へんたいさんなのです。女の子の部屋に勝手に入るなんて、万死に値するのです。竜に蹴られてあっかんりゅー、なのです」

 剥れるコウさんだが、往生際が悪いにも程がある。もはやすべての種は明かされている。では「やわらかいところ」を刺激する為に、「間接作戦」を始めるとしよう。

「僕は、予約札を貰うところから並んでいました。さて、その列にコウさんの姿はなかったようですが?」
「そ、それは、王さまが並んでたら、目立ってしまうので『隠蔽』を使ってたのです」
「そうなんですか? それは知りませんでした。では、その『隠蔽』を今使って頂けますか?」
「ふぉ? ……何故なのです?」
「簡単なことです。僕が気付かなかったということは、僕の目をだまくらかすだけの『隠蔽』を行使したということですよね」
「っ!?」
「それと、何故竜饅を三個ではなく、二個しか買わなかったのですか?」
「…………」
「列に並ばず、店が多く作った分を貰ってきたのですよね?」
「……竜に喰われろ、なのです」
「竜に喰われるのは明日にして、今日は竜饅を食べましょう」

 僕が卓を指差すと、コウさんは観念して、「転送」で袋を呼び寄せる。

 竜饅に釘付けで、僕とコウさんの遣り取りを上の空で聞いていたみーが、待ち切れず、犬の尻尾のようにぱたぱたと卓を両手で叩く。

 お行儀が悪いが、自分のことで手一杯のコウさんは叱るどころではないらしい。当然、竜のぱたぱた、が可愛過ぎて、僕がみーを掣肘せいちゅうするなんて出来ようはずがない。

 ふむ、和んでいる場合ではない、作戦を継続しなくては。

 コウさんが買ってきた袋をみーの前に置いて、僕の袋から竜饅を一つ取り出す。それを、みーの袋に移す。

 それから袋を破いて、二つに分けると、僕の前に竜饅二個、コウさんの前に竜饅一個置く。

 果たして、自分の立場も弁えず、コウさんがむっとして僕を睨む。

「おや? 嘘吐きの王様は、もっとたくさん食べたいとか抜かすのですか? あ、みー様、いけませんよ。みー様は、三個食べないと、僕との約束を破ることになってしまいます」

 優しいみーが、コウさんに一個あげようとするが、それでは僕の計画が破綻はたんしてしまうので、邪魔させてもらう。

 僕は、竜茶を一口飲んでから、

「嘘吐きな王様には、罰が必要です」

 王様を断罪する。

 竜饅を半分こにして、片方を僕の袋の上に置く。そして、残りの半分、竜饅の端を千切ると、コウさんの口の前に持っていって。

「はい。食べさせてあげますので、あ~ん、してください」
「ふぃ、ふぁっ?! ふぉんなじゃなぶのでず??」

 謎言語を発しながら反射的に飛び退いて、背凭れにぶつかって、危うく倒れそうになる。

 僕も恥ずかしいが、コウさんが激烈に、炎竜の吐息のように真っ赤に色付いているので、演技で装うことが出来る。世の中には、こんなことをでできる人がいるらしいが、何という精神的強者なのか。現実的常識人は、真っ青だ。

「はっはっはっ、もし、あ~ん、をしなかったら、この一件をクーさんに告げ口します。さて、嘘吐きな王様は、『おしおき』何回なのでしょうね、くっくっくっ」

 半泣きのコウさんだが、今彼女の頭の中では、しっかりと打算が駆け巡っているはずである。しかして、答えなど始めから一つしかないというのに、可愛いものである。

 一度決めたら、意外に度胸のあるコウさんである。頬を薄っすらと紅色に染めながら、やや上向きながら、口を開ける。

 でも、それでは足りない。

「ちゃんと、おねだりしてください。あ~ん、と」
「ふぁはぁっ!?」

 みーが、びくんっ、と跳ねて、竜饅でお手玉をする。

 僕にはわからなかったが、みーが吃驚したということは、理不尽な要求に憤ってコウさんが魔力を爆発させたらしい。

 でも、残念。魔力放出は、中途半端な威力だったのだろう、僕にそんなものは効きません。

「はい、おねだりですよ。あ~ん、です。あ~ん、ってしてください。みー様は、証竜ですので、よく見ていてくださいね」
「ぁっ、……っ。……あ、ぅ、あ、~ん……」

 微温湯に浸かり過ぎたような気だるさを漂わせながら、目に屈辱の色彩を程好く散らして、王様の口がおねだりの言葉とともにほんのりと開く。

 そんな小さな隙間ではどうにもならないので、もっと開けてください、と目で命令する。

 服従するしかない女の子の口が、じ~と見詰める一人と一竜ふたりの目の前で、ゆぅ~く~り~と開帳してゆく。それが本当に緩やかだったので、じっくりと観察できてしまった。

 歯の並びや、その奥の舌の色までくっきり見えてしまう。

 ここまできちんと見ることなんてなかったので、改めてコウさんの、新鮮な驚きというか、男とは違う肌の感じというか、繊細なのに肉感的なというか、やっぱり綺麗というより可愛さのほうが際立つというか……、……ふぅ、ちょっと、僕、冷静になろうか。

 現在の状況を正確に分析しなくてはならない。

 やっぱり、遣り過ぎたのだろうか。火照ほてって、汗まで掻いてしまっているコウさんの幼さが残る姿が不思議と……、あれ? なんで僕の心臓が悲鳴を上げているんだ。いやいや、落ち着け僕、背中にじっとり汗なんて掻いている場合じゃない。

 頭が茹ってきてるのなんて勘違いに決まっている。さぁ、コウさんの口はぱっくり開いたので、僕の番である。

 コウさんの唇に触れないようにしながら、指が震えないようにしながら、口の中に押し込む。

 ……はぁ、失敗しなくてよかった。それらの、よくわからない感情なのか衝動なのかをおくびにも出さず、演技に埋没させて全精力を注ぎ込んで平静な振りをする。

「はい、よくできました。では次です、あ~ん」

 竜饅を千切って、次を差し出す。「間接作戦」を次の段階へと移行させる。

 僕は、コウさんが、あ~ん、に慣れてしまわない内に、気付かれないよう僕の飲み掛けのカップを彼女のカップの横に移動させる。

「あ~ん」
「ぁあ…ん」
「みーちゃんもやるのだー、あーん」
「あ~ん」
「みー様、あ~ん」
「あーん」
「あ~ん」
「あ…ん」
「あーん、あう、みーちゃんたべちゃったのだー」
「あ~ん」
「あ~ん…」
「あーん」
「あ~ん」
「あ~ん」
「あーん」
「あ~ん」
「あ~ん……はふぅ」

 到頭半分こにした竜饅が無くなってしまったので。汗を掻いて、喉が渇いただろうコウさんに、やっとこ終わって一息吐いている少女に、次の試練を課す。

「それでは、次は竜茶を飲み飲みしましょうね」

 僕はカップを持ち上げて、コウさんの口元まで近付けてゆく。

 固形物を食べさせられるのと違って、液体を飲まされるというのは、また異なる感覚やら感触やらがあるだろう。

 もう考えることを止めてしまったのだろうか。コウさんは、小刻みにぷるぷるしながら、カップに口をつける。

 こくり、と一口飲む。喉が動くのは当たり前のことなのに、なぜか別の生き物が動いているような艶めかしさに、うづづっ、と変な感じがする。

 飲み難そうだ。傾け過ぎて零さないように気を付けながら続けるーーはずだったのだが。

「あっ」
「んぅ」

 失敗した。

 指に力が入り過ぎた所為か、多めに液体がコウさんの口に。でも、コウさんの機転で、ずずっと強めに吸って、難を逃れることに成功。

 ああ、どうやら、彼女は僕が態とやったと思ったらしい。

 小さく、んぅ~、と唸り声を上げる。これが終わったら処刑なのです(訳、ランル・リシェ)、と聞こえてしまったが、僕の幻聴に違いない、それ以外の可能性など暗竜のお口に、ぽいっ、である。

 いや、心を落ち着けろ。ここは冷静に。って、いったい何度同じことを念じているのか。

 一時期、「やわらかいところ」対策に於けるコウさんの反発が大きくて、過剰接触に傾いていたが、彼女の機嫌が緩和されてからは、精神的な方面での触れ方を模索している。

 「幸せなら手を繋ごう」作戦もその一環だったのだが、予想以上の攻撃性が発現したので、気を緩めることは出来ない。

 ふぅ、それでは、「間接作戦」の総仕上げである。

 すべて飲み干したカップを、コウさんがよく見える位置に持っていって、

「あっ、うっかりです。すみません、間違えました。コウさんが口をつけて飲んだ、このカップ、僕の飲み掛けのやつでした」

 満面の笑みで謝ると、カップを卓の上に戻す。

 自分の前に並んでいる、二つのカップに気付いたコウさんは、一時停止。やがて、震える手が、ふらふらと唇に。

 ぶぉんっ。

 うわっ、こんな大きな音は初めてじゃないだろうか。

 無言で静止状態のまま、仰け反るくらいの、大量の魔力が放出されたようだ。って、うぅあ……、コウさんが放心状態だ!?

「…………」
「っ!? っ?! っ??」

 あぁ、早く、はやく、速く、ハヤくぅ、はやはやでちょっぱやな竜速でも神速でも何でもいい感じな真実を、打ち明けないと、昨日の炎竜の涙みたいなことになってしまう!!

「コウさんっ、今のは嘘です! コウさんが飲んだのは、元から置いてあったコウさんのカップで、『間接作戦』が上手くいき過ぎて、僕が戸惑っているだけです!」

 何だかよくわからないことを僕は言っているようだがそれどころではない、匙加減を間違えたのかどうなのかもわからないが、この泣くんだか笑ってるんだかよくわからない顔をしている、なんだか凄く魅力的な感じの王様な女の子を、どうにかしないといけないのは、きっと僕の義務感から生じる庇護欲の塊のような純粋で純朴な少年の頃に培った……。

「まーう、ごちそーさまーなのだー」

 竜饅を平らげたみーの、ご機嫌な笑顔で、僕だけでなく、コウさんも現実に回帰する。

 ああ「竜の笑顔」は、本当に祝福のみなもとなのかもしれない。

 みーは、無邪気な顔で、コウさんの前にあるカップを指差して、超特大の爆弾投下かいしんのいちげき

「んーう、みーちゃんみてたのだー。こーのかっぷ、ずっとおんなじところで、おきっぱのほーちっちだったんだぞー」
「……えっ?」
「……ふぁぇぉうっ!?」

 ごぶぉんっ。

 ふぐぁっ!!

 こ、これは、凄い。

 びりびりと肌を刺激する爆音。先程より一回り大きな魔力が放出されたようだ。

 翠緑宮の真上なので、「祝福の淡雪」を浴びられる人がいないのが残念である。僕自身も予期していなかった僕の過誤による、時間差攻撃というか、安堵したあとの不意打ちに、精神に多大な負荷が掛かったのか、コウさんがすすけてしまう。

 どうするのが最善なのかわからないので。

 みーに悪気はないし、ここはこう言ってしまうのが、最悪なのかもしれない。

「みー様。お見事です」
「えっへんっ」

 両手を腰に持っていくかと思いきや、腕を拱いて、仁王立ち。

 どうやら、誰かさんの影響を受けているらしいのだが、そんな姿も悪くない、じゃなくて。状況を理解していないみーの能天気さを分けて欲しいところなのだが。

 いや、実際に頂いちゃったりなんかしたら、きっと破滅の鐘を鳴らす存在に、気付くのが遅れていただろう。

「…………」
「……っ!?」

 竜の国の危機を直感して、満腹満開えっへんなみーのお口に、まだ一口も食べていない僕の、一個と半分の竜饅を無理やり突っ込む。

 然てまた振り返れば竜がいる、の故事の通りに。

「り、リシェさん……? 三つ数える内に消えないと、『星降』百個贈呈ぞうていなのです??」

 ひぎっ、コウさんが錯乱状態だ。目の焦点が定まってない!!

「一……、二……、さ」

 これまでの人生の中で、最も速く逃げ出した瞬間だった。

 僕の耳には、「ん」は聞こえなかった。そう、聞こえなかったんだーー、……。

 ……、ーーこうして、人知れず、翠緑宮の、或いは竜の国の平和は守られたのだった。
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