かさなる、かさねる

ユウキ カノ

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3.思い出す痛み

3-④

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 部活にいくことをやめた。監督と校内ですれ違うこともあったけれど、なにか言いたそうな視線に反して、声をかけられることはなかった。それが教員として正しい行動なのかはわからない。俺に対してなにも言おうとしないのは、やはり監督に陸上の知識がないからなのかもしれない。でもそんなことはどうでもよかった。
 監督が俺を腫れもののように扱うのなら、部員たちはなおさら俺には触れてこない。それでよかった。
 それでも、走ることはやめなかった。美奈子の部活が終わるのを待つあいだ、中学校を離れてちいさな商店街を走った。風を切る音が耳元で鋭く鳴る。頭のなかはからっぽだった。心地のいいからっぽだ。速さにこだわることなんてばからしいことだと、その快感が教えてくれる。
「今日もおつかれ」
 美奈子にはなにも話していなかった。けれど、小さな学校だ、俺が部活にいっていないことを、知らないはずがなかった。それでもなにも言ってこないのは、彼女も同情しているからだろうか。たとえそうだとしても、美奈子の態度はこれまでと変わらなかった。おかげで俺たちのあいだに、ほかのやつらに対して感じるようなよそよそしさはなかった。
 手をつなぎ、すっかり紅葉した公園の桜並木の脇を通りぬけて、いつものように別れ道のちいさな橋までやってくる。
 手を離した美奈子が俺に向き合う。ほんのわずか低い位置にある彼女のまんまるの瞳は、まっすぐこちらを見ていた。
 離した指先をもう一度握って、半歩だけ美奈子に歩み寄る。息を止めて、唇を合わせた。楽器を吹いていると荒れるのだと言っていた唇のうえに、うっすらとリップクリームのあまい香りを感じる。顔を離して息を吸った瞬間、あたりに落ちている桜紅葉の葉の、香ばしいにおいが鼻についた。
 新人戦が終わっても、俺たちの関係性はなにも変わらなかった。ただひとつ、別れ際の儀式をのぞいては。
「じゃあね」
「ああ」
 頬を染めて、恥ずかしそうに美奈子が去っていく。その後ろ姿を見送ってから、リュックの前ベルトを締めて走りだした。
 キスという行為を最初に実行したのはだれだったのだろう。何度この場所でしてみても、この行為をどう自分のなかで消化したらいいのか、俺は考えあぐねていた。手をつないでもわからないのに、唇を重ねただけで美奈子の体温や緊張が伝わってくることを不思議に思う。けれどその熱を、疎ましくは感じなかった。
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