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第四章 半年後
4. 辻褄
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樹が『熊平衛』に着くと上機嫌の霧島が青砥を撫でながら山口の肩をバシバシと叩いているところだった。二か月前に少しだけ会ったとはいえ久しぶりに見る青砥だ。
前髪が眉毛にかかるようになったな。
笑いながら眉間に皺が寄ってる。ふふ、きっと茜さんの声がデカいと思ってるんだ。
今までと同じ日々にいたいなどと思っていたことが嘘のように青砥の存在が樹の視界に溶け込んだ。
「樹ぃ! やっときた。こっちこっち」
霧島が手を挙げながら山口をグイグイと押す。樹はまるで初めて会うかのような顔をして青砥の正面に座った。チラッと青砥を見たものの視線が合うことが恥ずかしくて目を逸らす。
「何を話してたんですか?」
「茜ちゃんに警察官にもどってよぅってお願いしてたのよ。樹君からもお願いしてよぅ」
「だからー、戻りたいって思ってないって言ってるじゃん」
「そもそもなんで警察官を辞めたんですか?」
「そっか、アオは知らないんだ」
霧島が口を尖らせながら卵焼きをつまむ。卵焼きを箸で更に細かくしながら「刑務所での暴動があった日のことなんだけど」と言葉を続けた。
暴動があったあの日、収監されている受刑者たちに頭を下げて挨拶をされたこと。ありがとうとお礼を言われたこと、事件後呼び出されて受刑者たちの行動の意味を問われたこと。
「どうしてだって言われたってさ、そんなのこっちが聞きたいわよ。何も心当たりがないんだから。それなのに私が犯人たちの仲間だって疑われちゃってさ」
山口がうんうん、と頷きながら潤んだ目で霧島を見ている。まるで推しの引退コンサートにでも来ているような眼差しだ。
「加賀美室長や小暮課長たちはなんて言ってたんですか?」
「係長や小暮課長は何も言わなかったわ。いくら口でやってないって言っても、やってないことを証明するのって難しいじゃない!? やってないっていう確たる証拠が無いから加賀美室長は立場上、私を庇うわけにはいかなかったし。まぁ、辞めろって言われたわけではないんだけど」
「「えっ、そうなの?」」
山口と樹が揃って声を上げた。あわあわと口を動かし霧島がいなくなった悲しみを語る山口を霧島は少しだけ嬉しそうに目を細めてから「もういい」と制した。
「だって疑われている状況で仕事したって楽しくないじゃない。私が辞めれば室長の立場も守れるわけだし」
「だけど、茜さんが犯人の一味だとする証拠が挨拶だけじゃちょっと弱いですよね。それなのに小暮課長や如月係長が何も言わなかったのも気になる」
うん、と同意を示しながら樹は目の前にあった卵焼きを自身の皿に乗せようと箸でつまんだ。途中卵焼きが落ちそうになったが中心から少しずれたところに卵焼きは無事に着陸し、樹は几帳面に卵焼きを中心に置き直した。
「樹、何か知ってるの?」
「いや、知らないよ」
青砥が疑いの目を向けたことで霧島も樹を見、山口の視線は何かビームが出ているのかと思う程熱かった。
3人の視線が集まればそれを乗り切る術はない。樹はイケナイことをした子犬のように視線をさ迷わせた後、重い口を開いた。
「リステアには耳にN+を持った新メンバーがいる、神崎が取り調べの時にそう言ったんですよ。そういえばそちらにも耳にN+を持っている捜査官がいますよね? って言葉も添えて」
「もしかして私がそのメンバーだって信じたわけ!?」
「信じてなんかないですよ。だからとりあえず内密にって」
「でも、これで茜ちゃんが疑われた理由が分かったわね。神崎にそんなことを言われた後に刑務所での一件があれば疑う理由が二つになるわ」
「でも何で私が嵌められるわけ?」
「普通に考えて茜さんの能力は厄介ですよ。音を拾う範囲が広すぎる。人は目に映る範囲のことは意識できても、目に映らないものを意識するのは難しいですから警察側に茜さんが居ない方が良いと思ったんでしょうね」
「それってつまり、私が優秀だってことじゃんっ」
ヤバっと霧島は笑ったが他の3人は真面目な表情をしたままだ。唇に指を当てたまま何か考え事をしている青砥を見て樹は「どうしたんですか?」と聞いた。
「……ちょっと思っていることがあって。確証もないし、ちょっと思っただけなんだけど」
「歯切れ悪いな。ちょっとちょっと言ってないで言いなさいよ」
焦れた霧島が声を上げると青砥はようやく唇から手を離した。
「今日、スポーツジムで立てこもり事件がありましたよね」
「あぁ、私と樹君が対応したやつね」
「そうです。あの事件のニュース映像を観ました。犯人が、能力のある者たちに立ち上がれと言っていた。能力のある者とない者が同等で良いはずがないと。その考えはリステアの里中とまるっきり同じ考えです」
「でもそれって今までもあったよね。N+能力がある方が偉い的なやつ」
「今までもありましたけど、今回のはちょっと雰囲気が違ったというか……」
「確かに今回のはちょっと雰囲気が違ったわ」
「山さんまで!」
「だって茜ちゃん、今回の犯人は明らかに配信ドローンを気にしてた。ドローンに向かって話してたわ」
「里中は国会議事堂を襲撃することで更に仲間を集めようとしていました。大きな事件を起こすことで手っ取り早く全国に自分たちの考えを広めて同胞を募ったんです。今回の犯人は配信ドローンを使って地道に同胞を募っているとしたら?」
「まさか……」
「里中の最終目的はN+能力を持った者たちが支配する国でした。手っ取り早く、確実に目的を達成するために能力のない者たちが減ればいい」
「何それ。どういうこと?」
「リステアの残党か、誰かが……N+能力者たちと能力のない者たちの間に戦争を起こそうとしている」
「ちょ、ちょっと待ってよぅ。それはあまりにも強引じゃない?」
「強引じゃないよ、山さん。粗削りだけど確かに辻妻は合う。アオ、この件は明日如月班長たちに話した方がいい」
3人が見守る中、青砥が静かに頷いた。
前髪が眉毛にかかるようになったな。
笑いながら眉間に皺が寄ってる。ふふ、きっと茜さんの声がデカいと思ってるんだ。
今までと同じ日々にいたいなどと思っていたことが嘘のように青砥の存在が樹の視界に溶け込んだ。
「樹ぃ! やっときた。こっちこっち」
霧島が手を挙げながら山口をグイグイと押す。樹はまるで初めて会うかのような顔をして青砥の正面に座った。チラッと青砥を見たものの視線が合うことが恥ずかしくて目を逸らす。
「何を話してたんですか?」
「茜ちゃんに警察官にもどってよぅってお願いしてたのよ。樹君からもお願いしてよぅ」
「だからー、戻りたいって思ってないって言ってるじゃん」
「そもそもなんで警察官を辞めたんですか?」
「そっか、アオは知らないんだ」
霧島が口を尖らせながら卵焼きをつまむ。卵焼きを箸で更に細かくしながら「刑務所での暴動があった日のことなんだけど」と言葉を続けた。
暴動があったあの日、収監されている受刑者たちに頭を下げて挨拶をされたこと。ありがとうとお礼を言われたこと、事件後呼び出されて受刑者たちの行動の意味を問われたこと。
「どうしてだって言われたってさ、そんなのこっちが聞きたいわよ。何も心当たりがないんだから。それなのに私が犯人たちの仲間だって疑われちゃってさ」
山口がうんうん、と頷きながら潤んだ目で霧島を見ている。まるで推しの引退コンサートにでも来ているような眼差しだ。
「加賀美室長や小暮課長たちはなんて言ってたんですか?」
「係長や小暮課長は何も言わなかったわ。いくら口でやってないって言っても、やってないことを証明するのって難しいじゃない!? やってないっていう確たる証拠が無いから加賀美室長は立場上、私を庇うわけにはいかなかったし。まぁ、辞めろって言われたわけではないんだけど」
「「えっ、そうなの?」」
山口と樹が揃って声を上げた。あわあわと口を動かし霧島がいなくなった悲しみを語る山口を霧島は少しだけ嬉しそうに目を細めてから「もういい」と制した。
「だって疑われている状況で仕事したって楽しくないじゃない。私が辞めれば室長の立場も守れるわけだし」
「だけど、茜さんが犯人の一味だとする証拠が挨拶だけじゃちょっと弱いですよね。それなのに小暮課長や如月係長が何も言わなかったのも気になる」
うん、と同意を示しながら樹は目の前にあった卵焼きを自身の皿に乗せようと箸でつまんだ。途中卵焼きが落ちそうになったが中心から少しずれたところに卵焼きは無事に着陸し、樹は几帳面に卵焼きを中心に置き直した。
「樹、何か知ってるの?」
「いや、知らないよ」
青砥が疑いの目を向けたことで霧島も樹を見、山口の視線は何かビームが出ているのかと思う程熱かった。
3人の視線が集まればそれを乗り切る術はない。樹はイケナイことをした子犬のように視線をさ迷わせた後、重い口を開いた。
「リステアには耳にN+を持った新メンバーがいる、神崎が取り調べの時にそう言ったんですよ。そういえばそちらにも耳にN+を持っている捜査官がいますよね? って言葉も添えて」
「もしかして私がそのメンバーだって信じたわけ!?」
「信じてなんかないですよ。だからとりあえず内密にって」
「でも、これで茜ちゃんが疑われた理由が分かったわね。神崎にそんなことを言われた後に刑務所での一件があれば疑う理由が二つになるわ」
「でも何で私が嵌められるわけ?」
「普通に考えて茜さんの能力は厄介ですよ。音を拾う範囲が広すぎる。人は目に映る範囲のことは意識できても、目に映らないものを意識するのは難しいですから警察側に茜さんが居ない方が良いと思ったんでしょうね」
「それってつまり、私が優秀だってことじゃんっ」
ヤバっと霧島は笑ったが他の3人は真面目な表情をしたままだ。唇に指を当てたまま何か考え事をしている青砥を見て樹は「どうしたんですか?」と聞いた。
「……ちょっと思っていることがあって。確証もないし、ちょっと思っただけなんだけど」
「歯切れ悪いな。ちょっとちょっと言ってないで言いなさいよ」
焦れた霧島が声を上げると青砥はようやく唇から手を離した。
「今日、スポーツジムで立てこもり事件がありましたよね」
「あぁ、私と樹君が対応したやつね」
「そうです。あの事件のニュース映像を観ました。犯人が、能力のある者たちに立ち上がれと言っていた。能力のある者とない者が同等で良いはずがないと。その考えはリステアの里中とまるっきり同じ考えです」
「でもそれって今までもあったよね。N+能力がある方が偉い的なやつ」
「今までもありましたけど、今回のはちょっと雰囲気が違ったというか……」
「確かに今回のはちょっと雰囲気が違ったわ」
「山さんまで!」
「だって茜ちゃん、今回の犯人は明らかに配信ドローンを気にしてた。ドローンに向かって話してたわ」
「里中は国会議事堂を襲撃することで更に仲間を集めようとしていました。大きな事件を起こすことで手っ取り早く全国に自分たちの考えを広めて同胞を募ったんです。今回の犯人は配信ドローンを使って地道に同胞を募っているとしたら?」
「まさか……」
「里中の最終目的はN+能力を持った者たちが支配する国でした。手っ取り早く、確実に目的を達成するために能力のない者たちが減ればいい」
「何それ。どういうこと?」
「リステアの残党か、誰かが……N+能力者たちと能力のない者たちの間に戦争を起こそうとしている」
「ちょ、ちょっと待ってよぅ。それはあまりにも強引じゃない?」
「強引じゃないよ、山さん。粗削りだけど確かに辻妻は合う。アオ、この件は明日如月班長たちに話した方がいい」
3人が見守る中、青砥が静かに頷いた。
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