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5・オンとオフ
お昼休みの休憩室で
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その翌日。
早番の仕事を終え雨宮の車で帰宅した千紗子が、夕飯の準備の為にキッチンに立っていると、スーツから普段着に着替えた雨宮がやってきた。
「お弁当すごく美味かったよ。ありがとう」
そう言いながら雨宮が差し出したのは使い捨てのランチパック。
今朝千紗子がお弁当箱の代わりにおにぎりやおかずを詰めて渡したものだ。
それを受け取りながら、千紗子の頭には昼間の一幕が鮮やかに甦った。
_______________
__________
_____
早番の千紗子が昼休憩に入ろうとした時、検索端末機の前で何やら悩んでいる小学生の女の子がいた。
千紗子が声をかけると、思った通りその子は端末機の使い方で悩んでいたらしく、使い方を説明するとすんなりとそれを理解してくれた。
けれど、彼女が求めていることの合う蔵書になかなか当たらない。
話を聞きながら、キーワードの入れ方を教えたり、違う角度から検索してみたりするのを手伝っているうちに、すっかり昼休憩に入るのが遅れてしまったのだ。
その後すぐに休憩に入った千紗子は、急ぎ足で休憩室に向かっていた。
(あの子の希望に合う本が見付かってほんとに良かった)
お弁当の入ったかばんを抱えて、休憩室のドアを押そうとした手が、スッと空振った。
そのドアを中から誰かが引いたのだ。
押すつもりで手に力を入れたせいで、千紗子の体がバランスを崩す。
ドアの前でよろめきかけた彼女を、中から出てきた人がとっさに支えた。
「おっと、大丈夫か?」
「すっすみません。あっ!」
自分の肩を支えている手の、持ち主を見上げた千紗子の胸が飛び跳ねる。
雨宮だった。
千紗子が体勢を戻すと、雨宮の手はすぐに千紗子の肩から離れていった。
「木ノ下は今から昼休憩なのか?今日は少し遅めだな」
「は、はい。来館者の女の子の質問を受けてたら遅れてしまって。」
「そうか。ごゆっくり」
雨宮はそれ以上何も言わずに、少し微笑むと休憩室から出て行った。
(ちょっとびっくりしたわ……やっぱり心臓に悪いかも、雨宮さんって……)
千紗子の挙動不審は昨日よりもましになって、今日は職場での雨宮を見てもそんなに動揺せずに仕事に集中できている、と思う。
けれどこんなふうに不意打ちで接触されると、やっぱり千紗子の小さな心臓は跳ねてしまうのだ。
(仕方ない、わよね……だってあの『雨宮さん』だもの……)
美香曰くの『無自覚な美男子』の威力は、プライベートの姿を知った後、衰えるどころかその勢力を増すばかりだ。
小さく溜め息をつきながら、休憩室のテーブルに持って来たお弁当を広げようとした時、女性の先輩たちの騒ぐ声が千紗子の耳に入ってきた。
「ちょっとっ!見た!?」
「見た見た~!!」
聞くとは無しに入ってくるそのワイワイとした声に、聴いてない顔をしている千紗子は、次に聞こえた言葉に心臓がドクリ、と音を立てた。
「雨宮さんのお弁当!!」
背筋を冷たい汗が伝う。
そんな千紗子の様子など目にも入らない先輩たちは、キャーキャーと会話を続ける。
「手作りだったよね!?」
「うん。私の所からは中身が少し見えたよ。おにぎりと玉子焼きがあった!」
「あ~っ、ショック!!雨宮さん、やっぱり彼女がいるんだ~っ!」
そう言った一人はテーブルに突っ伏してしまう。
「仕方ないわよ、あんなに素敵な人に恋人がいないわけないわよ」
「でも、今まで手作り弁当なんて持って来たことなかったわよっ!」
突っ伏した先輩がそのまま悲嘆の声を漏らす。
「そう言えば、そんなこと他の子からも聞いたことないわ。もしかして、結婚間近で同棲でも始めたとか?」
「いや~っ!もっとサイアクっ!!」
耳に流れ込んでくるその会話に、千紗子の体は震えあがる。
千紗子は開きかけていたお弁当の包みをそれ以上開くことが出来ずに、用もない携帯を取り出して、画面を見続けた。
その会話のすぐ後、彼女たちの休憩が終わりの時間を迎えたようで、バタバタといなくなり、休憩室には千紗子一人が残された。
手元のお弁当の包みを、震える手で開く。
そこには俵型に握ったおにぎりが二つと、出汁巻玉子、蕪の浅漬け、ブロッコリーのおかか和え、そして肉じゃがをリメイクしたコロッケが、所狭しと並んでいる。
(お弁当箱は別のものにしてて良かった……)
ふぅ、と息をつくと強張っていた体から力が抜ける。
千紗子のお弁当は、たまたま水曜日に使ったいつもの弁当箱があったので、それに詰めた。
雨宮の家には弁当箱どころかタッパーの類が一つも無かった為、千紗子は百均の店で作り置きのおかずを入れる為に買っておいた使い捨てのランチパックに彼のお弁当を詰めたのだ。
(入れ物は違うけれど、見る人が見たらお揃いだって一目瞭然だわ……)
千紗子は雨宮と同じタイミングで休憩に入らずに済んだこと、そして勘の鋭い美香が今日は休みだということに、心から安堵した。
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その翌日。
早番の仕事を終え雨宮の車で帰宅した千紗子が、夕飯の準備の為にキッチンに立っていると、スーツから普段着に着替えた雨宮がやってきた。
「お弁当すごく美味かったよ。ありがとう」
そう言いながら雨宮が差し出したのは使い捨てのランチパック。
今朝千紗子がお弁当箱の代わりにおにぎりやおかずを詰めて渡したものだ。
それを受け取りながら、千紗子の頭には昼間の一幕が鮮やかに甦った。
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早番の千紗子が昼休憩に入ろうとした時、検索端末機の前で何やら悩んでいる小学生の女の子がいた。
千紗子が声をかけると、思った通りその子は端末機の使い方で悩んでいたらしく、使い方を説明するとすんなりとそれを理解してくれた。
けれど、彼女が求めていることの合う蔵書になかなか当たらない。
話を聞きながら、キーワードの入れ方を教えたり、違う角度から検索してみたりするのを手伝っているうちに、すっかり昼休憩に入るのが遅れてしまったのだ。
その後すぐに休憩に入った千紗子は、急ぎ足で休憩室に向かっていた。
(あの子の希望に合う本が見付かってほんとに良かった)
お弁当の入ったかばんを抱えて、休憩室のドアを押そうとした手が、スッと空振った。
そのドアを中から誰かが引いたのだ。
押すつもりで手に力を入れたせいで、千紗子の体がバランスを崩す。
ドアの前でよろめきかけた彼女を、中から出てきた人がとっさに支えた。
「おっと、大丈夫か?」
「すっすみません。あっ!」
自分の肩を支えている手の、持ち主を見上げた千紗子の胸が飛び跳ねる。
雨宮だった。
千紗子が体勢を戻すと、雨宮の手はすぐに千紗子の肩から離れていった。
「木ノ下は今から昼休憩なのか?今日は少し遅めだな」
「は、はい。来館者の女の子の質問を受けてたら遅れてしまって。」
「そうか。ごゆっくり」
雨宮はそれ以上何も言わずに、少し微笑むと休憩室から出て行った。
(ちょっとびっくりしたわ……やっぱり心臓に悪いかも、雨宮さんって……)
千紗子の挙動不審は昨日よりもましになって、今日は職場での雨宮を見てもそんなに動揺せずに仕事に集中できている、と思う。
けれどこんなふうに不意打ちで接触されると、やっぱり千紗子の小さな心臓は跳ねてしまうのだ。
(仕方ない、わよね……だってあの『雨宮さん』だもの……)
美香曰くの『無自覚な美男子』の威力は、プライベートの姿を知った後、衰えるどころかその勢力を増すばかりだ。
小さく溜め息をつきながら、休憩室のテーブルに持って来たお弁当を広げようとした時、女性の先輩たちの騒ぐ声が千紗子の耳に入ってきた。
「ちょっとっ!見た!?」
「見た見た~!!」
聞くとは無しに入ってくるそのワイワイとした声に、聴いてない顔をしている千紗子は、次に聞こえた言葉に心臓がドクリ、と音を立てた。
「雨宮さんのお弁当!!」
背筋を冷たい汗が伝う。
そんな千紗子の様子など目にも入らない先輩たちは、キャーキャーと会話を続ける。
「手作りだったよね!?」
「うん。私の所からは中身が少し見えたよ。おにぎりと玉子焼きがあった!」
「あ~っ、ショック!!雨宮さん、やっぱり彼女がいるんだ~っ!」
そう言った一人はテーブルに突っ伏してしまう。
「仕方ないわよ、あんなに素敵な人に恋人がいないわけないわよ」
「でも、今まで手作り弁当なんて持って来たことなかったわよっ!」
突っ伏した先輩がそのまま悲嘆の声を漏らす。
「そう言えば、そんなこと他の子からも聞いたことないわ。もしかして、結婚間近で同棲でも始めたとか?」
「いや~っ!もっとサイアクっ!!」
耳に流れ込んでくるその会話に、千紗子の体は震えあがる。
千紗子は開きかけていたお弁当の包みをそれ以上開くことが出来ずに、用もない携帯を取り出して、画面を見続けた。
その会話のすぐ後、彼女たちの休憩が終わりの時間を迎えたようで、バタバタといなくなり、休憩室には千紗子一人が残された。
手元のお弁当の包みを、震える手で開く。
そこには俵型に握ったおにぎりが二つと、出汁巻玉子、蕪の浅漬け、ブロッコリーのおかか和え、そして肉じゃがをリメイクしたコロッケが、所狭しと並んでいる。
(お弁当箱は別のものにしてて良かった……)
ふぅ、と息をつくと強張っていた体から力が抜ける。
千紗子のお弁当は、たまたま水曜日に使ったいつもの弁当箱があったので、それに詰めた。
雨宮の家には弁当箱どころかタッパーの類が一つも無かった為、千紗子は百均の店で作り置きのおかずを入れる為に買っておいた使い捨てのランチパックに彼のお弁当を詰めたのだ。
(入れ物は違うけれど、見る人が見たらお揃いだって一目瞭然だわ……)
千紗子は雨宮と同じタイミングで休憩に入らずに済んだこと、そして勘の鋭い美香が今日は休みだということに、心から安堵した。
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