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専属契約

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「すっごく良いお話なのよ!」と、エレンさんはニコニコ切り出した。

うう。
こういうの、この時点でなんか胃が痛いよ。こう、私が何も知らないのに周りがやたら乗り気な感じって苦手なんだよ……。

「実はマージョさんのお母様の形見をこちらで専門に取り扱おうかと思いましてね」

ハーマンさんは私が出したミント水をごくごくっと飲むとそう言った。


「いやあ、美味しいですな。今日は暑かったから助かりました。それで、まあ、今日は査定をしようと思って来たんですよ」


いやいやいやいや。


どうして私が売ることが前提になっているんですか。

「えーと……」

私が考え込んでしまったのを見てハーマンさんは若い娘が気後れしていると思ったみたいだ。

「心配しなくていいですよ」と、ニコニコした。「こちらで全部面倒を見ますから」

いや、そちらで全部されちゃったら困るんだよ!

「ガラス物が多いけれど、布物もあるって言ってたわよね、マージョ」

エレンさんの方も悪気はないんだろうけれど畳みかけるように声をかける。困るよ~。

正直、ハーマンさんとの関係はそれほど重要ではないけど、エレンさんとの関係は大事だ。

それからハーマンさんとエレンさんの関係はよくわからない。重要な取引相手なのかな、って感じはあるけれど、どのくらい重要なのか、とか、それによって私がとれる態度も変わってくる。

「えーっと、あの……」
私は、水を一口飲んで、喉を潤した。
「お売りするのはやぶさかではないのですが、全部まとめて処分する予定はないんです」

ハーマンさんは、私の答えを聞いて一瞬びっくりしたように私を見た。母の形見のガラス製品を沢山市場に持ってきた農村の娘という最初の説明……これは、あれだな。

どこかの金持ちにお手つきにされた女性が僅かな金とガラクタを押し付けられて追い出された……みたいな話だと思っていたんだろう。
多分、母親の形見というのは信じてなかったんだな。
私がお手つきにされた気の弱い娘役ってところだろうか。


「母と関わりのあるものですから、私にも思い入れがありますし、簡単に手放すのは母の関係の者にどう思われてしまうか……」

含みのある言い回しを使って、今でも母の関係者と繋がりがあるのかもしれない、と思わせる。

「もちろん、お互いに納得の行くように話がついたらぜひお願いしたいのですが」

交渉の余地はあるんだよ。

「具体的なご提案としてはどのようなことをお考えですか。当方といたしましては、先日の収益を元手に他の商品を手持ちのガラスに詰めて売ることも考えようかとも思っていたのですが……」

「……あ、いや、まあ、今日はまずは簡単に査定をさせていただこうかと思って伺ったので……」

ハーマンさんは額の汗をぬぐった。

エレンさんは思ったように話が進まなかったせいか、びっくりしたような顔で私を見ている。
普段の口調と違うのも驚いてるんだろう。でも、近所付き合いとビジネスは別物だよ。
こんな、どう見てもこちらを軽く見て来ている相手の言うことをそのまま聞いてられないよ……。

市場では丁々発止とハーマンさんとやり合っていたように見えたエレンさんだけど、あまり大口の取引はしたことがないのかも。
話の桁が大きくなって感覚が麻痺した感じかな。時々いるよね、日々の生活のレベルの計算は上手なのに、値段が大きくなると途端に計算できなくなる人。
でも、これは下手したら結構大口の話なんだよ、お互いに。


「長いお付き合いになるのだったら契約書も必要になりますよね」


念を押すように言ってみる。文盲だと思われている確率はかなり高い。

「あ、それは、そういうことになったらもちろん考えますが……」

ハーマンさんがモゴモゴ返事をしていると、チャーリーが小屋から出てきた。

「ごめん、マージョ、家の仕事があるから一度帰らなきゃいけないんだ。今日の宿題はあったかな」

……ワザとだ。

どんな話をしてるか興味津々ってところだよね。
それにしても帰っちゃうのか……。一緒にジャムを煮たかったのに。トホホだよ……!


「宿題は家の机の上に問題を書いておいたから、明日は答えを石板に書いてきてね」
「わかった」
チャーリーが頷くと、アリスちゃんが元気に手をふる。

「また明日ね~! マージョ先生!」
こっちもわざとだ!


「先生……と言いますと?」
「勉強を教えているんです」
私はニッコリした。
「この村からストウブリッジまではかなりありますから、私と勉強して試験だけストウブリッジで受ける子もいるんですよ」


ハーマンさんの中で私の位置づけが「農村の無知な小娘」から「若いけど学はあり多分後ろ盾もある一筋縄で行かない……かもしれない小娘」にグググ……と修正される音がした。

うん。こんな小さな小屋に住んでるけど、こんなにうら若い乙女だけど、マージョ、中の人はいい大人だから!
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