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第五章 変化
04 父帰り母帰らず(帝国にて)
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ザイの帰国は、華々しく騒がしかった。
仮宮を出て再び都を練り歩き、そのまま宮にて奏上、祝賀だの、返礼だの、随行の者たちへの慰撫だの、落ち着いたのは夜も更けた頃。出入りする官吏も皆仕事を終えて退出した後のことだ。
宰相も既に退出している。なぜなら、宰相夫人が未だ邸を空けているからだ。
「で、宰相が死んだ顔してる、と」
近頃、多少は宰相の表情が読み取れるようになった皇帝が言う。侍従筆頭が官吏たちの送り出しに出ているため、皇帝がザイに直に話をしている、というか愚痴っている。
「演習は週末まで。軍の仕上がりは上々だそうだ」
先代の宮がやたら上機嫌だと、東の宮から報告があったと言う。
「あの、なぜ、母が」
「あー、色々あってな。原因はお前」
「私ですか?」
ぎょっとするザイに、いや、お前は全然悪くないんだけどな、と皇帝は続ける。
「暇で暇で死にそうなクマの所にお前が行ったろ? で、あのクマ、戦がしたくてしょうがなくなったらしいわ」
大人しくしてるって話だったから大丈夫だと思ったんだけどなー、と皇帝は頰杖をつく。
「リヒトが相手してたけど、アイツはガンガン打ち合う奴じゃねえから、クマとしちゃ物足りねえんだろな。リヒトもキリがねえから東の宮に泣きついたが、東の宮もそんなん相手してる暇はねえ。
それ聞いた西の宮が『では、私が先代様とお手合わせを』とか言い出したから、それは西の宮臣下総出でやめてくれ、どうか止めてくれってなって、東の宮も『先の西の宮様は~』な話を西の宮にしてそれは無くなって、そんなこんなで、とりあえずあのクマにやらせてやってくれって東西の宮から正式に答えがあってな。
……西の宮の面倒まで若干見てる東の宮は偉いと思う」
「左様でございましたか」
ザイが東を発った後、東は西の宮も加わって妙な騒ぎになっていたらしい。今度東の宮様にお会いしたら、存分に碧でも構って頂こうかなと思うザイだった。
「で、あのクマ、絶対、余分に暴れまくるに決まってるから、北の宮から抑え役が要る。
そんなん出来るやつは限られてる。
お前は居ねえ、俺が出たらあのクマのことだ、魔物そっちのけで俺に斬りかかってくるだろ?
で、親父の意を汲んだ西の宮が、お前の母親を候補に挙げてきたわけだ。
宰相は猛反対」
それはそうだろう、とザイは思う。宰相夫人の長年の病弱設定は有名な話だ。
「まあ、だから、例によって『身にあまる云々』で終わるだろなと思ってたんだが。
ちょっと前の皇妃の文にな、『お加減がよろしゅうございましたら宮においでませんか、お力をお借りしたいのでございます』ってなことを書かせてたわけよ。別件でだぞ? そりゃもう、長々と切々と」
皇妃様の御文、に聞き覚えがあるザイは思い当たる。
「この間のセラ女官の使いの時ですか? それで、まさか?」
「そのまさか。先の陛下と今上陛下を袖にした伝説の女官が、たかが側室の『お願い』で復帰しやがる。
ほんと食えねえわ」
そういえばあの時、母は返事を書き直すと言っていた。セラに懐くザイの契約精霊を見て、セラを本気で守ることに決めたのだろうか。
「しかし、その復帰が『魔物の討伐』というのは、女官としても宰相夫人としても無理がありませんか?」
あの母のすることにあれこれ言っても仕方がないと知るザイであるが、どうやってそれを通したのか気になる。
「ところが、これが誰も変だと言わねえんだ」
北の宮は大丈夫だろうかと皇帝は暗く笑う。
「無理があるどころか、そもそも、無関係だろうよ。元々は皇后が復帰するための手助けを頼むつもりだったからな。
だけども、クマ野郎が指名して、西の宮の推薦まで添えて、さらに、夫人本人が『わたくしめでよろしければ』と皇妃への返事に紛れ込ませてくりゃ、宰相も無視はできねえ。
つーか、クマの野郎め、夫人と共謀してねえかな? 宰相はなんか頭抱えてたし」
「共謀……」
あの東の先代と宰相夫人に、似合い過ぎる言葉である。
「まあ、南はこの週末までほっとけ。それより先に王国だ」
今日の衣装、前よりも重てえとボヤきながら皇帝は机に突っ伏した。そして言う。
「この、ヘタレめ」
※────
・暇で暇で死にそうなクマのところにお前が行った
→第三章20話「東の港にクマが出る」
・ちょっと前の皇妃の文
→第三章27話「寄せてくる」
・そういえばあの時、母は返事を書き直すと言っていた
→第三章31話「精霊のもたらす色々な色々」
仮宮を出て再び都を練り歩き、そのまま宮にて奏上、祝賀だの、返礼だの、随行の者たちへの慰撫だの、落ち着いたのは夜も更けた頃。出入りする官吏も皆仕事を終えて退出した後のことだ。
宰相も既に退出している。なぜなら、宰相夫人が未だ邸を空けているからだ。
「で、宰相が死んだ顔してる、と」
近頃、多少は宰相の表情が読み取れるようになった皇帝が言う。侍従筆頭が官吏たちの送り出しに出ているため、皇帝がザイに直に話をしている、というか愚痴っている。
「演習は週末まで。軍の仕上がりは上々だそうだ」
先代の宮がやたら上機嫌だと、東の宮から報告があったと言う。
「あの、なぜ、母が」
「あー、色々あってな。原因はお前」
「私ですか?」
ぎょっとするザイに、いや、お前は全然悪くないんだけどな、と皇帝は続ける。
「暇で暇で死にそうなクマの所にお前が行ったろ? で、あのクマ、戦がしたくてしょうがなくなったらしいわ」
大人しくしてるって話だったから大丈夫だと思ったんだけどなー、と皇帝は頰杖をつく。
「リヒトが相手してたけど、アイツはガンガン打ち合う奴じゃねえから、クマとしちゃ物足りねえんだろな。リヒトもキリがねえから東の宮に泣きついたが、東の宮もそんなん相手してる暇はねえ。
それ聞いた西の宮が『では、私が先代様とお手合わせを』とか言い出したから、それは西の宮臣下総出でやめてくれ、どうか止めてくれってなって、東の宮も『先の西の宮様は~』な話を西の宮にしてそれは無くなって、そんなこんなで、とりあえずあのクマにやらせてやってくれって東西の宮から正式に答えがあってな。
……西の宮の面倒まで若干見てる東の宮は偉いと思う」
「左様でございましたか」
ザイが東を発った後、東は西の宮も加わって妙な騒ぎになっていたらしい。今度東の宮様にお会いしたら、存分に碧でも構って頂こうかなと思うザイだった。
「で、あのクマ、絶対、余分に暴れまくるに決まってるから、北の宮から抑え役が要る。
そんなん出来るやつは限られてる。
お前は居ねえ、俺が出たらあのクマのことだ、魔物そっちのけで俺に斬りかかってくるだろ?
で、親父の意を汲んだ西の宮が、お前の母親を候補に挙げてきたわけだ。
宰相は猛反対」
それはそうだろう、とザイは思う。宰相夫人の長年の病弱設定は有名な話だ。
「まあ、だから、例によって『身にあまる云々』で終わるだろなと思ってたんだが。
ちょっと前の皇妃の文にな、『お加減がよろしゅうございましたら宮においでませんか、お力をお借りしたいのでございます』ってなことを書かせてたわけよ。別件でだぞ? そりゃもう、長々と切々と」
皇妃様の御文、に聞き覚えがあるザイは思い当たる。
「この間のセラ女官の使いの時ですか? それで、まさか?」
「そのまさか。先の陛下と今上陛下を袖にした伝説の女官が、たかが側室の『お願い』で復帰しやがる。
ほんと食えねえわ」
そういえばあの時、母は返事を書き直すと言っていた。セラに懐くザイの契約精霊を見て、セラを本気で守ることに決めたのだろうか。
「しかし、その復帰が『魔物の討伐』というのは、女官としても宰相夫人としても無理がありませんか?」
あの母のすることにあれこれ言っても仕方がないと知るザイであるが、どうやってそれを通したのか気になる。
「ところが、これが誰も変だと言わねえんだ」
北の宮は大丈夫だろうかと皇帝は暗く笑う。
「無理があるどころか、そもそも、無関係だろうよ。元々は皇后が復帰するための手助けを頼むつもりだったからな。
だけども、クマ野郎が指名して、西の宮の推薦まで添えて、さらに、夫人本人が『わたくしめでよろしければ』と皇妃への返事に紛れ込ませてくりゃ、宰相も無視はできねえ。
つーか、クマの野郎め、夫人と共謀してねえかな? 宰相はなんか頭抱えてたし」
「共謀……」
あの東の先代と宰相夫人に、似合い過ぎる言葉である。
「まあ、南はこの週末までほっとけ。それより先に王国だ」
今日の衣装、前よりも重てえとボヤきながら皇帝は机に突っ伏した。そして言う。
「この、ヘタレめ」
※────
・暇で暇で死にそうなクマのところにお前が行った
→第三章20話「東の港にクマが出る」
・ちょっと前の皇妃の文
→第三章27話「寄せてくる」
・そういえばあの時、母は返事を書き直すと言っていた
→第三章31話「精霊のもたらす色々な色々」
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