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偽聖女の事情
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リーリエが机に伏すようにして動かなくなった。
「……」
ひとつ、ふたつ、心の中で数え、マイラはこくりと喉を鳴らした。音をたてないように身を乗り出し、リーリエの体を軽く揺らす。
「……どうかなさいましたか、リーリエ様……?」
すう、とリーリエが深く息を吸った。
ゆっくりと吐く。
完全に寝入っている。
確認するとマイラは立ち上がり、部屋の扉を開けて、廊下で待っていた男に視線を向けた。
彼はすぐに入ってきて、リーリエの体を抱える。
「こっちよ」
浴室のある部屋は清掃のため、下女が入りやすくなっている。そのための道を使ってマイラと、リーリエを抱えた男は進んでいく。
時折、本来の使用者である下女とすれ違い、驚愕の目を向けられたが、彼女たちは貴人に物申すようなことはしない。マイラが堂々としていれば問題なく通っていけた。
そうして裏口から外に出れば、すでに馬車が用意してある。
「ありがとう」
「いや……」
マイラの言葉に男は戸惑いを見せながらも、眠るリーリエを馬車に乗せた。
「東の果ての消失を止めなきゃ」
「……それは俺も同じだ。だが、いいのか? マイラ、おまえは」
「いいの。もうどうでもいいことよ」
男はわずかに顔をしかめたが、素早く御者台に上がって鞭を持った。
「行くぞ」
「ええ」
マイラもリーリエの隣に収まり、馬車は走り出す。
侍女たちがリーリエの不在に気づいたのは、それからしばらく後のことだった。
「あなた、リーリエ様は?」
「えっ?」
「そちらに」
「いらっしゃらないわよ!」
王より、特にと任せられた大事な方だ。その姿が見えないとあって、侍女達は青ざめ、必死に周囲を探したが、少女の姿が見つかることはない。
「どうしてお一人にしたの!?」
「マイラ様がいらっしゃって」
「……マイラ様が?」
侍女の間でも聖女交代の話は知られている。
そんな相手と二人きりにして放っておいたとは、どうあがいても責任問題になる。最悪でもリーリエを見つけ出さねば無事ではすまない。
「マイラ様はどちらに!」
彼女を探すにあたって、一番に探すべき場所が王子の部屋だ。彼女達も関わりたくなどなかったが、声をかけないわけにはいかない。
「殿下、マイラ様はいらしておりませんか?」
「……なんだ? マイラがどうした」
王に謹慎を命じられていた王子は、眉をひそめて聞いた。マイラは毎日のように部屋を訪れるが、それでも以前ほどは会えなくなっていた。
マイラが自分に会いたくないはずはないので、誰かが邪魔をしているのだ。
「いえ……、いらっしゃらないのであれば、それで。大変に失礼いたしまし、」
「待て」
「……っ」
王子は侍女の肩を掴んで止めた。
「あの、」
侍女は急いでいる。
とにかくこの失態を即座に取り戻さねばならない。そしてもし、リーリエもマイラも見つからないのであれば、ただちに王に報告しなければならない。
「マイラはどこだ?」
王子は侍女を睨む。
そもそもにして、彼は王から直接の命令さえ受けていない。この謹慎は誰かの計略ではないかという考えがいつも頭にあった。
それでも大人しくしていたのは、マイラが来てくれていたからだ。マイラは聖女だ。この国に欠かせない存在だ。そうでなくとも、彼女の言葉なら信じられる。
マイラだけは、いつもバルカスの考えを理解してくれた。兄でなく、バルカスこそが神に選ばれた王なのだと言ってくれた。
「マイラ様は……今、お探しして……」
「何の用で探している?」
「それは……」
「言え」
侍女は怯えて体を強張らせた。
彼女が貴人つきの侍女であれば、あるいは逆らう余地があったかもしれない。だがリーリエの世話を一時的に任されただけの、後ろ盾のない侍女である。
「……リーリエ様が」
「リーリエだと?」
王子は眉をひそめた。すべての元凶とも言える女だ。あれが神を怒らせ、国を危機に陥らせたのに違いない。
そうでなければ正当な聖女であるマイラがいながら、国が荒れるはずがないのだ。
「王都に戻っているのか?」
「は、はい。本日陛下に謁見の予定でしたが、見当たらなくなり……」
「……マイラがリーリエと共にいるということか?」
「そのようで、」
「馬鹿者!」
「殿下……! お待ちを!」
王子は強引に部屋から出た。
見張りの兵士はいたが、王の唯一の子だ。「謹慎」とはあまりに曖昧な命令でもあり、結局のところは誰も強く逆らうことができなかった。
「城中を探せ! マイラが、偽聖女リーリエに連れ去られた!」
「……」
ひとつ、ふたつ、心の中で数え、マイラはこくりと喉を鳴らした。音をたてないように身を乗り出し、リーリエの体を軽く揺らす。
「……どうかなさいましたか、リーリエ様……?」
すう、とリーリエが深く息を吸った。
ゆっくりと吐く。
完全に寝入っている。
確認するとマイラは立ち上がり、部屋の扉を開けて、廊下で待っていた男に視線を向けた。
彼はすぐに入ってきて、リーリエの体を抱える。
「こっちよ」
浴室のある部屋は清掃のため、下女が入りやすくなっている。そのための道を使ってマイラと、リーリエを抱えた男は進んでいく。
時折、本来の使用者である下女とすれ違い、驚愕の目を向けられたが、彼女たちは貴人に物申すようなことはしない。マイラが堂々としていれば問題なく通っていけた。
そうして裏口から外に出れば、すでに馬車が用意してある。
「ありがとう」
「いや……」
マイラの言葉に男は戸惑いを見せながらも、眠るリーリエを馬車に乗せた。
「東の果ての消失を止めなきゃ」
「……それは俺も同じだ。だが、いいのか? マイラ、おまえは」
「いいの。もうどうでもいいことよ」
男はわずかに顔をしかめたが、素早く御者台に上がって鞭を持った。
「行くぞ」
「ええ」
マイラもリーリエの隣に収まり、馬車は走り出す。
侍女たちがリーリエの不在に気づいたのは、それからしばらく後のことだった。
「あなた、リーリエ様は?」
「えっ?」
「そちらに」
「いらっしゃらないわよ!」
王より、特にと任せられた大事な方だ。その姿が見えないとあって、侍女達は青ざめ、必死に周囲を探したが、少女の姿が見つかることはない。
「どうしてお一人にしたの!?」
「マイラ様がいらっしゃって」
「……マイラ様が?」
侍女の間でも聖女交代の話は知られている。
そんな相手と二人きりにして放っておいたとは、どうあがいても責任問題になる。最悪でもリーリエを見つけ出さねば無事ではすまない。
「マイラ様はどちらに!」
彼女を探すにあたって、一番に探すべき場所が王子の部屋だ。彼女達も関わりたくなどなかったが、声をかけないわけにはいかない。
「殿下、マイラ様はいらしておりませんか?」
「……なんだ? マイラがどうした」
王に謹慎を命じられていた王子は、眉をひそめて聞いた。マイラは毎日のように部屋を訪れるが、それでも以前ほどは会えなくなっていた。
マイラが自分に会いたくないはずはないので、誰かが邪魔をしているのだ。
「いえ……、いらっしゃらないのであれば、それで。大変に失礼いたしまし、」
「待て」
「……っ」
王子は侍女の肩を掴んで止めた。
「あの、」
侍女は急いでいる。
とにかくこの失態を即座に取り戻さねばならない。そしてもし、リーリエもマイラも見つからないのであれば、ただちに王に報告しなければならない。
「マイラはどこだ?」
王子は侍女を睨む。
そもそもにして、彼は王から直接の命令さえ受けていない。この謹慎は誰かの計略ではないかという考えがいつも頭にあった。
それでも大人しくしていたのは、マイラが来てくれていたからだ。マイラは聖女だ。この国に欠かせない存在だ。そうでなくとも、彼女の言葉なら信じられる。
マイラだけは、いつもバルカスの考えを理解してくれた。兄でなく、バルカスこそが神に選ばれた王なのだと言ってくれた。
「マイラ様は……今、お探しして……」
「何の用で探している?」
「それは……」
「言え」
侍女は怯えて体を強張らせた。
彼女が貴人つきの侍女であれば、あるいは逆らう余地があったかもしれない。だがリーリエの世話を一時的に任されただけの、後ろ盾のない侍女である。
「……リーリエ様が」
「リーリエだと?」
王子は眉をひそめた。すべての元凶とも言える女だ。あれが神を怒らせ、国を危機に陥らせたのに違いない。
そうでなければ正当な聖女であるマイラがいながら、国が荒れるはずがないのだ。
「王都に戻っているのか?」
「は、はい。本日陛下に謁見の予定でしたが、見当たらなくなり……」
「……マイラがリーリエと共にいるということか?」
「そのようで、」
「馬鹿者!」
「殿下……! お待ちを!」
王子は強引に部屋から出た。
見張りの兵士はいたが、王の唯一の子だ。「謹慎」とはあまりに曖昧な命令でもあり、結局のところは誰も強く逆らうことができなかった。
「城中を探せ! マイラが、偽聖女リーリエに連れ去られた!」
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