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番外編
初恋の墓標①
しおりを挟むこれが恋だったと知ったのは、その人を失った瞬間だった。
近衛騎士であった父に連れられ皇帝の住まう城に連れて行かれたのは、5歳になる少し前。
招き入れられたのは真っ白な宮殿だった。よく手入れされ色とりどりの花を咲かせている庭園に囲まれいるそこは、この世のものとは思えないほど美しく世界の中心のように思えた。
きっとここが皇帝の住まう場所なのだと高揚した気分でカイゼルはその白亜の宮殿に見惚れた。
そこで引き合わされたのは、まるで絵画から現れたような美しい女性だった。ミルク色の肌に輝く髪と目の色は父や母、周りにいる人々とはまるで違う。
そして、その人の腕に抱かれた自分より少し小柄な男の子にも目を奪われた。こちらを不安そうに見つめる赤い瞳にはうっすらと涙が滲んでおり、胸の奥がギュッと苦しくなるほど愛らしい。
髪や目の色は違っても二人の顔立ちはどことなく似ていたから、母子であることはすぐにわかった。
宮殿に住まう天使のような母子はその日からカイゼルの全てになった。
父に連れられ毎日のように白亜の宮殿を訪れ、男の子と過ごすようになったカイゼルは彼と無二の親友になった。父にはこの子を守るようにと何度も言われた。カイゼルはそんな当たり前のことを言われなくてもわかっていると父に胸を張った。
男の子が怪我をしないように泣かないように健やかであるように。
何より、あの人の美しい顔が悲しみに沈まないように。
それはカイゼルにとって何より大切な使命。
ある日、宮殿の中にある庭園でカイゼルと少年は追いかけっこをしていた。
男の子が少しでも楽しめるようにと、腰高の樹木がまるで迷路のように複雑に植え込まれた庭園は格好の遊び場だったのだ。
カイゼルが本気を出してしまえば、男の子はすぐに捕まえることができた。だが、手抜きをして適当に追いかければ男の子は「ずるい」といってバラ色の頬を膨らまし涙を浮かべるだろう。しかし手を抜きすぎれば逆に「ばかにするな」と怒り出すに決まっていた。
だからカイゼルはほんの少しだけ手を抜いて、本気で取り掛かるよりちょっぴり時間をかけて男の子を捕まえ、すぐに逃がす。
そんな遊びを繰り返して気が付いた時に二人ども泥だらけだった。怒られるかもとこわごわ宮殿に戻れば、美しい人は少しだけ眉をひそめたが怒ることはなかった。
それどころかミルクのように白い手で男の子とカイゼルの頭撫でてくれ、顔の汚れをぬぐってくれた。
その柔らく温かい感触にカイゼルは胸の奥がほわほわとくすぐったくなって、落ち着かない。もっと撫でてほしいのに逃げだしたくなる。
「カイゼル、いつもありがとうね」
「い、いいえ!」
「本当にこの子はやんちゃで……あなたが一緒に遊んでくれて助かるわ」
「ぼく……俺も、ここで遊ぶのが好きです」
「そう」
嬉しそうな笑顔に胸の奥がギュッとなる。
「母上ずるい! カイゼルは僕のともだちだ!」
男の子が頬を膨らましてカイゼルにしがみついてきた。その小さな温もりもまた、カイゼルにとってかけがえのないもので。
二人の傍にいたい。ずっとこの笑顔を見ていた。
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