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闇の力
生きる
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――すると、後ろから本城先輩が僕のことを追いかけてきていた。普段ならこんな状況になれば嫌な予感しかしないのだが、逆に今は、不思議とその状況がなんだか嬉しいという気持ちになっていた。
「ちょ、待ってくれ! おい、光峰、これも何かの縁だ、もし、何か困ったことがあったら、俺に相談してくれよ。お前がイジメにあっているって噂も聞いたことあるしさ、それが本当なら力になれるから」
本城先輩が僕を気遣ってくれる。本当に、彼はなんて良い先輩なのだろう。この世界もそんなに捨てたものでもないのかもしれない。彼は僕を、そんな気持ちにさせてくれる。
「ありがとうございます。もし、何かあれば、その時は相談させてください」
「おう、いつでも頼ってくれていいからな」
本城先輩は拳を強く握りしめて熱血的に答えた。そんな先輩に軽くお辞儀をして、僕はその場を後にした。
しかし、この事件によって僕は思わぬ方向へと進んでいく。混沌をもたらす冥界の王になったつもりが、わけのわからない推理ごっこをして、次は見知らぬ女の子に自ら話しかけるなど――正気の沙汰ではない――だが、しかし、御堂 祢子、あの変わったケモ耳女子が犯人だったというオチがあるのやも知れぬ。僕の、この行動に間違いはないはずなのだ。そして、彼女が犯人だった暁には、この世界はやはりこの『闇の力』によって滅びなければならないと、確信させられる僕がいるはずだ。いいだろう――それがこの世界の望みだというのならば、僕は、この『闇の力』によって、この世界を終わらせてやろう。待っていろ、世界! 待っていろ、御堂 祢子! もはや善意は朽ち果て、混沌と悪意に満ちたこの世界に、一片の希望すらないということを――僕自身に思い知らせてやろう――これは、僕だけの秘密なのだ。僕はダークヒーローだ。こんなのを誰かに知られたくないとか、黒歴史とか、恥ずかしいとか、そういうわけじゃない。単に、僕だけが、それを理解していればいいのだ。ダークヒーローとは、そういうものなのだ。孤高の存在なのだ。
結局、昼休みの時間は、三年生の教室で聞き込みをしていただけで終わってしまった。わざわざ僕に付き合ってくれた、雲永先輩も、本城先輩も、今日は昼食を食べ損ねてしまったのではないだろうか。それは、少し、いや、かなり悪いことをしてしまったかもしれない。後日、彼らに何か差し入れでも持っていこうか――いや、そんなくだらない感情を持つべきではない。僕は、そんな情に流されるような人間じゃない。他人は怖い。他人は裏切る。他人は敵だ!
――その拍子に、僕の頭の中に、とても重要な情報、その記憶の断片が彗星の如くにして僕の脳裏をよぎった。そうだ、雲永 餡子が殺害された翌週、クラスのホームルームの時に、確かに担任の教師がその旨を慎み深く語っていた。それに、雲永 餡子の机の上には、小さな白い花が活けられている花瓶も置いてあったはずだ。僕が事件当日に、雑木林に入っていったのを目撃した人がいるという噂話が流れているのも耳にしていた。僕は、僕の在らぬ噂、情報を、僕自身の頭の中、記憶から排除、遮断するため、自らその記憶に鍵をかけ、厳重な封印を施し、何事もなかったかのように、僕は、僕の記憶を誤魔化し続けていた。いや、厳密には、自分に『嘘』をつき続けていた。なぜなら、それを認めてしまえば、僕が他人からの攻撃対象になっている、という現実に、日々を怯えて過ごさなければならないからだ。だからこそ、僕は、自分自身に『嘘』をつき、素知らぬ顔をして、平静を装いつつ、事件などなかったことのように普段と変わらぬ日常生活を演じていた。
――いや、違う、そんなのは単なる建前であり、言い訳だ。僕は、不都合な真実を冷淡な感情という虚構で上塗りしていた。ただ単に、現実と向き合うのが怖かっただけなのだ。人の死を、身近な人の死を、受け入れたくなかっただけなのだ。憐憫の情を覚えれば、湧き上がる悲嘆が津波のように押し寄せてくる……僕は、ただ、ただ、それを受け入れたくなかった――その瞬間、この世に未練などないと、強がり、うそぶいていた僕は、とてつもなく大きな死の恐怖にかられ、死にたくないという気持ちでいっぱいになった。僕は、まだ、死にたくない――恐ろしい。自分の本当の気持ちに向き合うと、それがなんだかとても恥ずかしい気分にさせられる。
上手く生きていけないからって、誰かにイジメられているからって、自分の命に価値などないと卑下しているからって、死んでしまいたいという感情が溢れてくるからって――本心では、死にたくない、上手に生きていきたい、みんなから必要とされたい――って、狂おしいくらいの感情を抱えていたのだろうな。はあ、なんだか、僕は嫌になってしまう。
――どのくらいだろう? 僕の黒歴史と真摯に向き合い、魂が抜けたようになっていた僕は廊下の窓から見える景色を眺めていた。そして、学校のチャイムの音――僕は、僕の現状に大きなため息をつきながらも、授業に遅れないようにと教室に急いで戻るのだった。
そうして、教室に戻った僕は午後の授業を真面目に受けるのだ。こんな世界に未練など微塵もなかった僕でも、必要な範囲内での勉強はきちんとしていた。何事にも、真面目な人間をいい子ちゃんだと茶化すクズはいる。そんな人間によって、いつだって、僕はどん底に叩き落されてしまうのだ。だが、真面目で外交的な人間は、なぜか格好いい。しかし、僕のような内向的で真面目な人間は、なぜかイジメの対象にされてしまうのだ。それはおそらく、生物としての本能、獲物として、狡猾な弱者は噛みつくが、愚直な弱者はただ捕食されるのみ。であれば、捕食者は愚直な弱者を迷わず狙うのだろう。
僕は、どんなに虐げられようとも、絶対に、狡猾な弱者になんてなれ果てたくはない。なぜなら、『善人であれ』という、僕の中での格言を曲げることはできないからだ。頭が固いと言われようと、キモいと言われようと、格好悪いと言われようと、僕は、その格言に従い続けるのだ。僕は、僕自身を貶めるようなことをしてまで、他人に認められようとは思わない――そのはずだったのだが、今の僕には、とてもやましい気持ちが――『闇の力』を手に入れた直後から僕の中に悪の衝動が芽生え、それに従って『闇の力』を行使してしまう、そんな自分がいる。つまり、僕の格言は、今ではすっかりと『偽善者であれ』になってしまったのだ。ああ、なんと嘆かわしい。
こうして、悩める僕は授業を終え、何事もなく放課後を迎えるのだ。さて、早速ではあるが、御堂 祢子に会いに行こう、と決意するも、その決意が僕の中で大きく揺らぎ始める――なぜだろう、言いようのない恐怖心が僕を打ちのめす。武者震い――いや、恐怖? そうか、やはり、御堂 祢子、貴様が、真犯人なのだろう。これは、きっと、雲永 餡子の感情が流れ込んできているに違いない。いや、でも、決めつけはよくない。これでは、僕に対する根も葉もない噂話となんら変わりがないではないか! とにかく、事の真相をはっきりとさせなければ。
ホームルームを終えると、僕はすぐに隣のクラスへと赴いた。隣のクラスのホームルームも今しがた終わったところだ。大丈夫、僕に策はある。
御堂 祢子、彼女は今日もケモ耳のような変な髪形だったが、なんだか昨日とは少し違うケモ耳だ。なんというか、クマ耳だ。彼女は毎日、あのケモ耳を別の動物のものに変えているというのか? バリエーション豊富なのだろうか? もしかすると、周りを油断させるためのカモフラージュなのかもしれない。僕は、隣のクラスの扉、その一番近い席にいた女子生徒に声をかけた。
「あの、御堂 祢子さん、いますか?」
僕は勇気を振り絞って彼女にそう聞いた。御堂 祢子が、この教室にいることはわかっている。だが、もし、『いません』って言われたらどうしようとか考える。
「御堂さんですか? いますよ。御堂さん――この人が、『御堂さんはいますか』、ですって」
その女子生徒が、なんだか面倒くさそうにしながらも御堂 祢子を呼んでくれた。『いません』と返されなくてよかったと安堵する。
「あ、はい、私です。御堂 祢子です。あの、私に何かご用ですか?」
御堂 祢子、髪形以外は至って普通の女の子なのだが、なんとなく、影がある、というか、僕と同じ匂いがする。
「ちょ、待ってくれ! おい、光峰、これも何かの縁だ、もし、何か困ったことがあったら、俺に相談してくれよ。お前がイジメにあっているって噂も聞いたことあるしさ、それが本当なら力になれるから」
本城先輩が僕を気遣ってくれる。本当に、彼はなんて良い先輩なのだろう。この世界もそんなに捨てたものでもないのかもしれない。彼は僕を、そんな気持ちにさせてくれる。
「ありがとうございます。もし、何かあれば、その時は相談させてください」
「おう、いつでも頼ってくれていいからな」
本城先輩は拳を強く握りしめて熱血的に答えた。そんな先輩に軽くお辞儀をして、僕はその場を後にした。
しかし、この事件によって僕は思わぬ方向へと進んでいく。混沌をもたらす冥界の王になったつもりが、わけのわからない推理ごっこをして、次は見知らぬ女の子に自ら話しかけるなど――正気の沙汰ではない――だが、しかし、御堂 祢子、あの変わったケモ耳女子が犯人だったというオチがあるのやも知れぬ。僕の、この行動に間違いはないはずなのだ。そして、彼女が犯人だった暁には、この世界はやはりこの『闇の力』によって滅びなければならないと、確信させられる僕がいるはずだ。いいだろう――それがこの世界の望みだというのならば、僕は、この『闇の力』によって、この世界を終わらせてやろう。待っていろ、世界! 待っていろ、御堂 祢子! もはや善意は朽ち果て、混沌と悪意に満ちたこの世界に、一片の希望すらないということを――僕自身に思い知らせてやろう――これは、僕だけの秘密なのだ。僕はダークヒーローだ。こんなのを誰かに知られたくないとか、黒歴史とか、恥ずかしいとか、そういうわけじゃない。単に、僕だけが、それを理解していればいいのだ。ダークヒーローとは、そういうものなのだ。孤高の存在なのだ。
結局、昼休みの時間は、三年生の教室で聞き込みをしていただけで終わってしまった。わざわざ僕に付き合ってくれた、雲永先輩も、本城先輩も、今日は昼食を食べ損ねてしまったのではないだろうか。それは、少し、いや、かなり悪いことをしてしまったかもしれない。後日、彼らに何か差し入れでも持っていこうか――いや、そんなくだらない感情を持つべきではない。僕は、そんな情に流されるような人間じゃない。他人は怖い。他人は裏切る。他人は敵だ!
――その拍子に、僕の頭の中に、とても重要な情報、その記憶の断片が彗星の如くにして僕の脳裏をよぎった。そうだ、雲永 餡子が殺害された翌週、クラスのホームルームの時に、確かに担任の教師がその旨を慎み深く語っていた。それに、雲永 餡子の机の上には、小さな白い花が活けられている花瓶も置いてあったはずだ。僕が事件当日に、雑木林に入っていったのを目撃した人がいるという噂話が流れているのも耳にしていた。僕は、僕の在らぬ噂、情報を、僕自身の頭の中、記憶から排除、遮断するため、自らその記憶に鍵をかけ、厳重な封印を施し、何事もなかったかのように、僕は、僕の記憶を誤魔化し続けていた。いや、厳密には、自分に『嘘』をつき続けていた。なぜなら、それを認めてしまえば、僕が他人からの攻撃対象になっている、という現実に、日々を怯えて過ごさなければならないからだ。だからこそ、僕は、自分自身に『嘘』をつき、素知らぬ顔をして、平静を装いつつ、事件などなかったことのように普段と変わらぬ日常生活を演じていた。
――いや、違う、そんなのは単なる建前であり、言い訳だ。僕は、不都合な真実を冷淡な感情という虚構で上塗りしていた。ただ単に、現実と向き合うのが怖かっただけなのだ。人の死を、身近な人の死を、受け入れたくなかっただけなのだ。憐憫の情を覚えれば、湧き上がる悲嘆が津波のように押し寄せてくる……僕は、ただ、ただ、それを受け入れたくなかった――その瞬間、この世に未練などないと、強がり、うそぶいていた僕は、とてつもなく大きな死の恐怖にかられ、死にたくないという気持ちでいっぱいになった。僕は、まだ、死にたくない――恐ろしい。自分の本当の気持ちに向き合うと、それがなんだかとても恥ずかしい気分にさせられる。
上手く生きていけないからって、誰かにイジメられているからって、自分の命に価値などないと卑下しているからって、死んでしまいたいという感情が溢れてくるからって――本心では、死にたくない、上手に生きていきたい、みんなから必要とされたい――って、狂おしいくらいの感情を抱えていたのだろうな。はあ、なんだか、僕は嫌になってしまう。
――どのくらいだろう? 僕の黒歴史と真摯に向き合い、魂が抜けたようになっていた僕は廊下の窓から見える景色を眺めていた。そして、学校のチャイムの音――僕は、僕の現状に大きなため息をつきながらも、授業に遅れないようにと教室に急いで戻るのだった。
そうして、教室に戻った僕は午後の授業を真面目に受けるのだ。こんな世界に未練など微塵もなかった僕でも、必要な範囲内での勉強はきちんとしていた。何事にも、真面目な人間をいい子ちゃんだと茶化すクズはいる。そんな人間によって、いつだって、僕はどん底に叩き落されてしまうのだ。だが、真面目で外交的な人間は、なぜか格好いい。しかし、僕のような内向的で真面目な人間は、なぜかイジメの対象にされてしまうのだ。それはおそらく、生物としての本能、獲物として、狡猾な弱者は噛みつくが、愚直な弱者はただ捕食されるのみ。であれば、捕食者は愚直な弱者を迷わず狙うのだろう。
僕は、どんなに虐げられようとも、絶対に、狡猾な弱者になんてなれ果てたくはない。なぜなら、『善人であれ』という、僕の中での格言を曲げることはできないからだ。頭が固いと言われようと、キモいと言われようと、格好悪いと言われようと、僕は、その格言に従い続けるのだ。僕は、僕自身を貶めるようなことをしてまで、他人に認められようとは思わない――そのはずだったのだが、今の僕には、とてもやましい気持ちが――『闇の力』を手に入れた直後から僕の中に悪の衝動が芽生え、それに従って『闇の力』を行使してしまう、そんな自分がいる。つまり、僕の格言は、今ではすっかりと『偽善者であれ』になってしまったのだ。ああ、なんと嘆かわしい。
こうして、悩める僕は授業を終え、何事もなく放課後を迎えるのだ。さて、早速ではあるが、御堂 祢子に会いに行こう、と決意するも、その決意が僕の中で大きく揺らぎ始める――なぜだろう、言いようのない恐怖心が僕を打ちのめす。武者震い――いや、恐怖? そうか、やはり、御堂 祢子、貴様が、真犯人なのだろう。これは、きっと、雲永 餡子の感情が流れ込んできているに違いない。いや、でも、決めつけはよくない。これでは、僕に対する根も葉もない噂話となんら変わりがないではないか! とにかく、事の真相をはっきりとさせなければ。
ホームルームを終えると、僕はすぐに隣のクラスへと赴いた。隣のクラスのホームルームも今しがた終わったところだ。大丈夫、僕に策はある。
御堂 祢子、彼女は今日もケモ耳のような変な髪形だったが、なんだか昨日とは少し違うケモ耳だ。なんというか、クマ耳だ。彼女は毎日、あのケモ耳を別の動物のものに変えているというのか? バリエーション豊富なのだろうか? もしかすると、周りを油断させるためのカモフラージュなのかもしれない。僕は、隣のクラスの扉、その一番近い席にいた女子生徒に声をかけた。
「あの、御堂 祢子さん、いますか?」
僕は勇気を振り絞って彼女にそう聞いた。御堂 祢子が、この教室にいることはわかっている。だが、もし、『いません』って言われたらどうしようとか考える。
「御堂さんですか? いますよ。御堂さん――この人が、『御堂さんはいますか』、ですって」
その女子生徒が、なんだか面倒くさそうにしながらも御堂 祢子を呼んでくれた。『いません』と返されなくてよかったと安堵する。
「あ、はい、私です。御堂 祢子です。あの、私に何かご用ですか?」
御堂 祢子、髪形以外は至って普通の女の子なのだが、なんとなく、影がある、というか、僕と同じ匂いがする。
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