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第8章 ナンシー 

37 バッカスと面会

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「黒猫君、止めて?」
「無理」
「ね? お願い、これもう止めよう?!」
「今更止まらねえ」
「やだー! ムリー! もう無理もう無理!!!」
「耳元で叫ぶな! 口塞ぐぞ!」
「そんなこと言ったってもうヤダー!」
「いいから口閉じてろ、舌噛むぞ。ほら次のジャンプだ。備えろよ?」
「いやああああーー!!!」

 確かに私言ったよ、一緒に行くって。
 でも誰がこんな山猿みたいなの予想する!?
 普通に登山道行くんだと思ったんだよ、私は。
 黒猫君が跳ねるように岩から岩に飛び上がる。バッカスがいるのはこの岩山の頂上らしい。
 途中までは普通に山道があってそこは私でも歩けた。最初っから抱えてもらうのも申し訳なかったし、森の中を久しぶりに散歩したくてしばらくは自分で歩いたりもした。
 でも途中で坂がきつくなって、変な植物とかも生えてて。危ないから駄目だとアッサリ黒猫君に抱き上げられて進み始めて。まあ、私ももう自分で登るのがきつくなってきてたからよかったんだけど。
 その内黒猫君がこっちだって向かったのはもう道なき山道で。それでも黒猫君に抱えられてるからバッカスの背中に乗って森を走り回ってもらってた時と同様に周りの葉っぱでちょっと肌が切れる程度で他には問題なかったんだけど。
 そのうち木も草もなくなって岩だらけになって。人が通ることなんてまるっきり考慮されてないからどこまでも岩だらけの所を黒猫君、私を片手に飛び跳ね始めた。
 最初はそれでもチョンチョンって岩を渡っていく程度で、ああ、これならなんとかって思って止めなかった私が馬鹿だった。チョンチョンがピョンピョンになってそれがビヨンビヨンになって。
 一体どういう跳躍力だよ!

 只今スッポーンって感じで空中飛んでる。
 下は崖。ははは。私空飛んでる。

「おい! しっかり捕まってろ! 間違っても気絶するなよ!?」
「うえええん、あははは、いやぁぁぁぁーーーーー!!!」

 もう泣いてるのか笑ってるのか。

「おい、お前らうるさすぎるぞ!」

 突然バッカスの声が上から聞こえてきた。っと思ったら黒猫君と交差して下に落ちてく。

「下で話そう、上には食うもんもないし」
「分かった」
「え? へ? うひゃあああああ!」

 く、黒猫君、空中で方向転換は駄目ぇぇぇぇぇ!

 そのまま今度は宙に放り出されるようなジャンプを繰り返して今来た道を降りていく。
 今度こそ意識がどっかいった。



「俺と同じスピードであゆみ抱えて降りてくるとかお前鬼だな。こいつ気絶してるだろ」

 そういいながらもバッカスは呑気にあゆみの鼻面を突いてる。

「ちょっとした意趣返しだ。ここしばらく心臓に悪い思いばかりさせられてたからな。どうせどんなに騒いでも俺の腕の中なら安全だ」

 それに正直にいえばこうして俺の腕の中で俺にすがるしかないあゆみを見るのもたまには悪くないと思う自分もいたりする。俺もアルディのこと言えねえくらい趣味が悪いのかもしれねえ。

「すごい自信だな」
「こんな森の中で走り回ってる程度ならお前だってそうだろ? ついでにこいつが気絶してる間に話しておきたいこともあったしな」

 そういってバッカスと歩きながら話を続ける。

「なんだ?」
「ホセっつったか?子飼いにされてたやつ」
「ああ。それがどうした?」
「あの後どうなった?」
「どうも何も。いい含めたぜ。北にはこの後見に行くんだしこれ以上馬鹿なことをするなって」
「他に子飼いが混じってる可能性は?」
「ありえない。ホセがどんな目にあったかはみんな知ってる。お前らが北を見に行く約束をしたことも皆理解した」
「そうか」

そこまで話してバッカスが不審そうにこちらを見る。

「何かあったのか?」
「ああ、ナンシーの教会の奴らがやけに詳しく俺とあゆみのことを知ってやがった。それだけじゃなく他の組織からも軍に問い合わせが来てるらしい」
「……ホセからある程度は漏れていた可能性はあるな」

 バッカスが少し考えながら答える。

「それにしては連邦の連中を倒したことまで知られていた」

 途端バッカスが鼻を鳴らした。

「そいつはホセじゃねえな。あいつはあの後一度も砦から出してねえ」
「やはりそうか」

 そうだろうとは思っていた。バッカスたちをやたら信用してるあゆみの前でこんな話をするとまたうるさいからこいつが寝ている間に済ませられてよかった。
 となるとホセやダンカンの他にもあの街から情報を持ち出してるやつがいることになる。まあこれ以上は今のところ情報がなさすぎて追求のしようもないな。

「それでどこに向かってるんだ?」

 バッカスは目的有りげに森の中を進んでいく。

「ああ、森ん中に仮の寝床作ってるからまずそこに行こう。昼間はお前たちが来るかもしれねえから上にいたけど夜はこっちに来てる」

 そういってバッカスが連れてきたのは山の中腹に空いた洞穴だった。中は乾いていて既に枯れ葉で簡単な寝床が作られていた。あゆみを下に寝かせるのも可哀そうなので抱えたまま適当に座る。

「おいバッカス、この辺の小枝は燃やしてもいいか?」
「あん? 構わねえが今火種がねえぞ」
「それは大丈夫だ。俺がつける」

 そういってあゆみから教わったばかりの火魔法で集めた枯れ枝に火を点けた。

「おい、お前いつの間に魔法使える様になったんだよ!?」
「ああ、街にいる間にあゆみからは魔法が伝わる事が分かったんだ」
「まて、お前元は猫だよな? 何で獣のくせに魔法が使えるんだっていってんだ」
「は?」
「あのな、獣人や獣は普通魔法は使えねえんだよ。それが常識だ。元が猫のお前が魔法を使えるのは異常すぎるくらい異常だぞ」
「そうなのか? いや、そういう形で考えた事はなかったな。じゃあもしかしてお前もあゆみからなら魔法が伝わるんじゃねえのか?」
「まさか……」
「後でこいつが起きたら試してみろよ」

 話しながらも俺が点けた火にバッカスが巣の周りに落ちていた枯れ枝を足して火を大きくしている。

「昨日狩ってきた土豚があるが食うか?」
「いや、塩持ってきてないから無理だ。それよりあゆみが起きる前になんか果物か何かこいつの気を紛らわせられるもんないか?」
「ああ、それだったら念のためあゆみように木苺を干してあるぞ」

 そう言ってバッカスが大きな袋いっぱいに入った木苺の乾燥させたものを見せてくれる。

「そりゃ助かる。じゃあそろそろ起こすか」

 パチパチと音を立てる焚火と干した木苺でさっきの恐怖を忘れてくれればいいが。
 俺は水魔法でチョロチョロと手の中に水を溜めて、腕に抱えてるあゆみの顔に軽く掛けてやる。暫くしてうなされる様に唸りながらあゆみが目を覚ました。

「んんんーー、へ、あれ? ここどこ?」
「バッカスの巣だ。ほら火に当たって少し温まれよ」
「ああ、ほんと温かい」
「あゆみ、干し木苺があるぞ、食うか?」
「うわー、久しぶり! 食べる食べる!」

 干し木苺の袋を抱え込んですっかり機嫌を直しているあゆみに俺とバッカスはこっそり目でうなずき合った。
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